【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その5
2024年4月4日
そして会えた長年の夢…琵琶湖の至宝
近江八幡に着いたのは夕暮れ前だった。結局、予定していた街巡りはできなかったけれど、長浜でのひと時があまりにも楽しく心地よかったので、これっぽっちも後悔はない。そのかわり、翌朝、近江八幡を発つ前に散策の時間をとることにした。城崎温泉に向かうつもりではいたけれど、いつものように行程をきっちり決めているわけではないので、すべては成り行き次第…もう慣れっこである。
この晩は、大阪在住の友人が釣りのたびに訪ねるという焼肉店へ出かけることにした。東京の釣り仲間たちも、琵琶湖に泊まる時にはここで食べるという。ホテルから徒歩で約5分という立地も嬉しい。着いてみると、「カメチク」というその焼肉店には、すでに何人もの客が開店を待っていた。
ここは牧場直営で、扱っているのは近江牛とのこと。次から次に客がやってきて、席が埋まっていく。すごい勢いで、この調子ではすぐに満席だろうから、オーダーは最初にまとめてしまったほうがよさそうだ。とりあえず、タンやカルビなど4種類、キムチなどを頼んでみたが、やはりしばらく待たされることになった。人気店の宿命である。
さて……友人たちも楽しんだ近江牛が現れた。まず、脂が軽い。もちろん、旨みも甘みもあるのだけれど、さらっとしていて脂が舌の上に残らない…しつこさが微塵もないのである。それに合わせてあるのだろうが、タレもあっさりと仕上げられていて、こういう焼肉は初めてだ。食べているのは紛うことなき焼肉なのに、何か別の肉料理を食べているような気がして、いくらでも食べられそうだ。最初のオーダーはほどなく完食し、追加を選ぼうとメニューを開いたのだが、その頃には店内はものすごい混雑で、店員も廊下を足早で行き来する。これでは、頼んでもしばらく届きそうもない。先を急いでいるわけではないけれど、とりあえず、近江牛を味わうことはできたし、このタイミングで店を変えるのも手だと思った。…というのは、ある食いしん坊の友人が絶賛していた寿司店が頭に浮かんだからである。大阪在住の彼は美食家として知られ、世の東西を問わず、飲食に精通している。そんな男がしばしば通う店が、たしかこの街だったと…。そこで、電話をして空席を尋ねると、ディナータイム真っ盛りだというのに、ちょうど2席あるという。なんという幸運。焼肉の後に寿司という流れもどうかと思うけれどこれも縁、せっかく近江八幡にいるのだから、楽しめるものは全部楽しんでおきたい。
その店までは、やはり徒歩で5分ほどだった。寿司店としては大きな建物で、人気のほどが伺える。私の訪問を知った例の友人が大将に電話を入れてくれたようで、名を告げるとカウンターに通され、丁寧な挨拶で迎えられた。友人によれば、滋賀の食材に精通した店で、彼が四季折々にこの店で楽しむ滋賀の味、琵琶湖の幸をSNSで見ていたものだから、期待は膨らむばかり。
そして、渡された品書きを開くと、そこには長年恋慕した魚の名が記されていた。まさか、この夜に会えるとは…。
「イワトコナマズ」。琵琶湖特産のナマズで、その名の通り、底が岩や砂利などの澄んだ水域にしか棲まないといわれ、広大な琵琶湖でも湖北の奥のほうで獲れるらしい。国内淡水魚でも屈指の美味と称されるが、獲れる数があまりにも少なく、料理関係のメディアでも取り上げられることはほとんどない。
昔、取材で奥琵琶湖の漁師の民宿に何度か泊まったが、この魚だけは口にすることができなかった。もちろん、地元の鮮魚店でもコアユやビワマス、ホンモロコなどは見かけるが、イワトコナマズを見たことはない。
それが、さらりと品書きに載っていた。思わず声を上げたら、板前が不思議そうに微笑むので、長年食べたかったことを伝え、「湖北の宿でもなかなか手に入らないと言ってました…」と奥琵琶湖の件を話すと、「よく分かりませんが、出入りの漁師さんが持ってきてくれるんですよね」と、笑った。それが謙遜であることくらい私でも分かる。長年の信頼関係と店の格が為せる技なのだろう。
さて、お目当てのイワトコナマズはお造りで現れた。透明感のある白身で、品のあるさっぱりした涼しい味だが、噛み締めると淡い甘みが滲んできて、なんとも幸せな気分になる。同じく琵琶湖の美味、ビワマスのとろりとした旨みとは対照的だ。
琵琶湖の味をもういくつか楽しみたいと思っていたら、「じょき」を勧められた。もちろん見たことも聞いたこともなかったが、この一帯に伝わるフナ料理の一種で、皮ごと薄造りにしたものだという。アユの背越しのようなものと思っていただければよく、身を切る時に響く音がその名の由来らしい。「生姜などを和えるんですが、漁師さんは山椒で食べます。それも美味しいですよ。どちらにしますか」と板前さん。そりゃ、選べないなぁ………悩みに悩んでいると、「じゃぁ、少しずつ両方お出ししますよ」と、粋な対応。それにしても、フナといえば甘露煮が一般的だが、同じく琵琶湖の名物料理である黄身まぶしにしても、このじょきにしても、生で供されるわけだから、清冽な水で育ったものでなければ食べられたものではない。奥琵琶湖の恵まれた環境に感謝しながら、箸を進めた。
Text&Photo:三浦 修
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。