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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その4

2024年3月19日

たおやかな湖東の暮らし、豊かな時間。
住みたくなってしまう魅惑の長浜。

 近江八幡の街歩きは諦めたので、夕食にさえ間に合えばいいと頭を切り替えた。予定ではそろそろ長浜を出発だったけれど、楽しいのなんのって…うしろ髪引かれまくりでどうにも去りがたい。気がつけば、すっかりこの街に情が移っていたのだった。で、もう少し歩いてみたくなって、黒壁スクエアだけではなく、その周辺に足を伸ばすことにした。
 町おこしで整えられたエリアから一歩外に出てみると、静かで落ち着いた街並みが広がっていた。住宅が軒を並べ、所々にその生活を支える個人商店が顔を見せた。下校時刻だろうか…子どもたちが賑やかに駆けていく。こういう光景に出会うと、街が活きていることを噛み締める。子どもの笑い声が聞こえない街はどこか寂しい。

街のあちこちで水路に出会う。そして「湖国」の文字。長浜の生活が琵琶湖なしでは語れないことを知らされる
味わいのある建物だと思って近寄ってみたら、醸造業の老舗だった

 網目のように広がる道路はお世辞にも広いとは言えず、幹線道路を除けば自動車の往来も少なかった。それがまた穏やかな印象を与え、骨董屋で買った皿や糸巻きが入った袋をぶら下げて、気の向くまま足の向くまま進んでいくのは楽しいったらありゃしない。散歩で人気のエリアなら、東京にも谷根千とか浅草とかいろいろあるけれど、観光客が押し寄せて、いつしか人々の生活の匂いが薄まってしまった。まさに、お散歩の野外テーマパーク。“~っぽい”建物が目について、ケとハレで言えば、ハレ的な空間が多くなったような気がする。しかし、ここにはしっとりした日常の時間が流れていて、旅の私たちがそこにおじゃましている…という感覚。だから、高揚とか興奮というよりも、静かに嬉しさや喜びが湧き上がってくるのである。

明治27年創業の和菓子店。生姜風味の甘い堅ボーロという商品が、観光客にも人気らしい

 しばらく進むと、小さな交差点の角に鶏肉の専門店があって、年季の入った軒下の銅細工の看板に目を奪われた。「鳥宗」と記されている。ウインドウに並ぶ鶏肉は種類が豊富で、焼き鳥などのテイクアウト系惣菜も旨そうだ。…が、交差点の反対側に目を移すと、そこにももう一軒 (笑)。やはり店の外観が個性的で、そちらは明治や大正の薫り漂う洋風の意匠が凝らされており、実に洒脱。牛と豚の専門店で「鳥宗亭」とあった。鳥宗と姉妹店なのかもしれないけれど、店内に並ぶ揚げ物系惣菜のラインナップが圧巻で、こちらに入ることにした。

ハイカラな看板の造作に惹かれた精肉店「鳥宗」

 コロッケやメンチ、トンカツ、串カツなど、15種類ほどの惣菜が、白いパン粉をまとって並んでいる。揚げ置きは見当らず、すべて注文を受けてから揚げるのだろう。ラードだろうか…店内に広がる揚げ油の香りが食欲を誘う。小さい頃、歩き食いは親から厳しく咎められたので、それがトラウマとなってあまり得手ではないのだけれど、この揚げたてを頬張りながらこの街を散歩したら楽しいだろうなぁ…と、品定めをした(笑)。
 店内にはベンチが用意されていて、揚げ物の客はここで待つらしい。コロッケとメンチを頼んでしばし………自転車を横づけして地元の客がやってきた。やはり揚げ物目当てで、店とのやり取りを聞けば、今夜のおかずにするようだ。

交差点の反対側にもセンスが光る装飾。こちらは鳥宗亭で、扱っているのは牛精肉と惣菜

 揚げたての熱々を手に、通りへ戻る。このあたりは、琵琶湖につながる水路があちらこちらでクランクしながら行き交っていて、散歩していると、ほどよい間隔で出くわすことになる。街なかでありながら水は澱んでおらず、周囲に緑もあったりして、その光景が清々しい。兎にも角にも、生活と水が密接な土地柄だ。

こんなのを見たら抗えるはずがない…(笑)
ずらりと並ぶ揚げ物系の惣菜。試しにメンチとコロッケを頼むと、手際よく揚げてくれた

 古い街並みが廃れることなく活きていて、生活の息遣いが伝わり、水が流れ、緑が散在する。こんな街に住んだらどんな暮らしが待っているんだろう…。妄想癖がむくむくと頭をもたげ、しばし長浜の仮想生活に漂ってしまった。
 気がつけば黒壁スクエアの近くに戻っていて、相棒を預けた駐車場は目の前だ。かれこれ2時間の長浜彷徨。この街を堪能するには短すぎる。
 最低でも1泊。いや、3泊、4泊して、暮らすように滞在してみたい。でも、そんなことをしたら、そのまま住んでしまいたくなるだろう。

ちょうど下校の時刻、楽しそうな話声と共に子どもたちの姿が街に広がった
人がすれ違うのがやっと…そんな細道に魅力的な居酒屋が並ぶ

 この街は愉しすぎる。静かで、豊かで、たおやかだけど、それが私のような粗忽者にはとても刺激的で、その深奥にどっぷりと浸かってみたくなる。湖東を代表する歴史と文化の街は、踏み込んだら抜け出せなくなりそうなちょっと危ない魅力を垣間見せたのだった。

街のあちらこちらで水路に出会う

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。

「滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その5」はこちらです

「滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その3」はこちらです