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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その3

2024年3月6日

歴史が薫る長浜の新しくて旧い街並み。
縮緬工場の糸巻きをワインホルダーに…

 長浜を訪ねるのは初めてだった。前職では数えきれないほど琵琶湖に出かけたし、堅田ではイベントも開催した。その延長で長浜でのイベント開催を打診されたこともあったけれど、いろいろな事情で叶うことはなく、短時間の滞在さえ記憶にない。もちろん、地名としての長浜は知っていたが、それ以上の興味も湧かなかったのである。

 約1時間のドライブで北陸道を降りると、夕方近くの時間帯ということもあってか、なかなかの渋滞だった。目的地へは3㎞近くありそうなので、この調子だと近江八幡の街歩きはますます遠のいていく。助手席の言い出しっぺにブツブツと文句を言いながらのドライブ…しかし、その後、心から感謝することになるのだから旅は一寸先は闇、いや光明だ。

 黒壁スクエアが古い街並みを活かした、ガラス文化をテーマにした観光エリアであることは、スマホの検索で理解していた。しかし、地方で目にする取ってつけたような舞台セット然の観光スポットだろうと期待薄…いや、むしろ微かな嫌悪感さえ抱いて、ステアリングを握っていたのである。

 その一角に入ると道幅が狭くなり、お目当ての駐車場にもなかなかたどり着かない。ますます、イライラが募る。平日だというのに道往く人は多く、ほとんどが観光客のようだ。ようやくクルマから降りて、観光マップを眺めながら歩き始めると、やはり、小ぎれいに整備されたテーマパークの匂いがする街並みに迎えられた。

黒壁スクエアは、各地で目にする古い街並みの再生プロジェクトそのものだが、表面だけの浮わついた感じがなく、街が活き活きとしていたのが印象的だった

 そこは、真新しいおしゃれな店舗と歴史を感じさせる建物がモザイクのように入り組んでいて、女性雑誌の旅行記事にでも出てきそうな雰囲気をそこかしこで感じる。しかし、しばらく歩くと、いつの間にか穏やかな心持ちになっている自分に気づき、戸惑った。

 この手の街によくある、ポップなクレープ店と古い酒屋がまったく馴染まずに隣り合っているような不自然さがないのである。アジア雑貨店が妙な音楽を流しながら、老舗温泉旅館の向かいに陣取っている…というような珍妙さもない。たしかにモザイクなのだが、異物感が希薄で、しっくりと溶け合っているというか、支え合っている一体感を醸し出しているのである。

 妙に構えて、眉間にシワを寄せて乗り込んだけれど、杞憂に過ぎなかった。むしろ、その自然なモザイク感が妙な楽しさと居心地のよさを呼んでいて、気がつけばすっかり惹き込まれていた。

 黒壁スクエアは、かつて北陸と京阪神を繋いだ北国街道に沿って広がっている。主な店舗は25軒ほど。今風のギャラリーもあればカフェもある…セレクトショップも、手作り雑貨もあるけれど、近江牛や湖産魚、焼き鯖そうめんといった地元色が濃い店々に静かに寄り添っている。

時おり、往時の街の様子や街道にまつわる歴史を知らせる立て札に出会う

 城下町長浜は秀吉の時代、楽市楽座で大きく発展したという。明治維新後、全国で3番目に鉄道が敷かれた史実からも、その隆盛ぶりが分かる。しかし、多くの基幹都市と同様、郊外型の大規模商業施設が進出すると、この商店街は勢いを奪われていった。そこで1980年代末に行政と民間の有志によって、街の再生プロジェクトが始まった。

 この手の話は、外部から来た大手デベロッパーやコンサル主導でコンセプトがどうの、マーケティング的視点がどうしたの…という図式がすぐ浮かぶが、この街で育ち暮らす人々が中心となって、地元の行政と手を取り合い…というところからスタートした構図らしい。浮わついた雰囲気があまり感じられないのは、そんな背景の賜物なのかもしれない。

長浜の曳山まつりは、豊臣秀吉の時代に遡るという

 観光客ばかりだと思っていた人通りだが、よく見れば普段使いの買い物袋を持ったリ、自転車を押したりという地元の人々も多い。八百屋や鮮魚店、惣菜店がずらりと並んでいるというわけではないので、夕餉の買い物ではないのかもしれないが、生活で行き来する街として機能していることが分かる。

 ふと、一軒の古道具店が目に入った。店の外にまで陶磁器や漆器を並べ、店内にもかなりの品数が見える。この街で、陶磁器を手に取るつもりはなかったけれど、店内半額という貼り紙と、オーナーとおぼしき年配女性の笑顔に惹かれ、足を踏み入れてしまった。聞けば、月内で商いを閉じるので在庫を処分しているのだという。

 良心的な値付けだったので、漆器と磁器をいくつか手に入れた。こういう買い物ができるのもクルマ旅の魅力。電車や飛行機ではこの先長いというのに、持ち重りがしたり、ボリュームのある物は手が伸びない。

古道具屋の軒先で…明治時代に、紡績工場で使われていた糸巻きだという。この一帯が紡績や紡織で栄えていたことを想わせる

 店を出ようとした時、足元に妙な木組みが積まれていた。「ワインホルダーにいいですよ」と、件の女性が微笑む。この一帯は浜縮緬やビロードの生産が盛んだったようで、この木組は縮緬工場で使われていた糸巻きだという。ひとつひとつ傷や汚れが異なり、霞んだ墨やマジックの書き込みが見える。その数字や文字は、糸の太さや素材の表示なのだろうか…いい風情に目が止まった。まさに、土地の歴史と文化がにじみ出る逸品。長浜のような街でなければ出会うことはないだろう。ひと目惚れでふたつ購入した。

 その先の一軒は、アユやコアユ、ホンモロコ、鮒ずしなど滋賀の淡水魚の専門店。目の前の琵琶湖の恵みが誇らしげに並んでいる。ホンモロコは琵琶湖を代表する美味なので、甘露煮を買うことに…。クルマにはクーラーボックスが載っているから、保冷材を交換しながら旅をすれば、手土産に使えそうだ。

鯖街道と琵琶湖の恵み。宿の夜食に買っていこうか…

 その頃にはすっかり長浜の街歩きが楽しくなっていて、その魅力にどっぷりと浸かっていたのだった。

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。

「滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その4」はこちらです

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