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【クラシックな商用バン】カルト的な人気を誇るクラシックバン63台を希少な画像でご紹介!

2026年4月24日

このイタリア車は、商業用・工業用輸送車、バス、救急車、行政車両として使用された。1954年に発売された小型輸送車アルファロメオ アウトトゥット(Autotutto=All-purpose。「万能」の意)は、その多目的性により、数十年にわたりその地位を維持した。シートの間には、有名なアルファ ダブルノッカーの750型エンジンが搭載されていた。30年間で、アルファ バスは約35,000台が生産された。
Photo: S. Beckefeldt
まだ比較的知られていないイタリア車:フィアット238(Fiat 238)は、バン、ステーションワゴン、フラットベッド、ダブルキャビン付きフラットベッド、ミニバス、ラグジュアリーバス、キャンピングカー、スクールバス、救急車として販売された。これは、商用車アイコンであるフィアット デュカトの前身モデルだ。
Photo: Hersteller
シボレーGシリーズ(Chevrolet G-Series)は、まさにアメリカの象徴的な存在だ。写真のようなキャンパーとして、職人用のバンとして、または夕方のテレビシリーズ「The A Team」の自動車のヒーローとして、その存在感は圧倒的だ。3種類のホイールベースと、最大7.4リットルの排気量を持つエンジンが用意されていた。
Photo: Thomas Ruddies
農家、職人、サーファーの万能ツールとして1960年から愛されてきたのがシボレー Cシリーズだ。1971年から1993年まで、ここで紹介する3代目モデルが生産された。短い荷台から傾き式荷台、4リッター直列6気筒エンジンから245馬力のパワフルなV8エンジンまで、多様な仕様が選択可能だった。
Photo: Marcus Gloger
乗用車が不人気な一方で、商用車は人気が高い。噂によれば、アメリカの電話会社の技術者はグリーンブライアー(シボレー コルヴェア(Chevrolet Corvair)の商用車バージョン)を好んでいた。この車は荷台に側面のドアを備えており、重い電話ケーブルのロールを降ろす作業を容易にしていた。グリーンブライアーはキャンパーとしても販売されていた。
Photo: Daniel Byrne
フォードFシリーズ(Ford F-Series)は、まさに成功の代名詞だ。1948年に生産を開始以来、30年以上にわたりアメリカの販売ランキングで首位を維持し、世界でも最も多く生産された車両のランキングで2位に位置している。
Photo:Work
1960年代初頭、大型で威圧的なフルサイズの人気が落ちてコンパクトカーの需要が高まった。フォードはフォードファルコン(Ford Falcon)を投入した。配送用途のニーズを持つ顧客には、このバン仕様が用意されていた。
Photo:Work
フォルクスワーゲンがT1で米国市場を席巻すると、米国メーカーも追随した。そこでフォードは、フォルクスワーゲンのT1をモデルにエコノライン(Econoline)を開発し、Eシリーズの初代モデルを発売した。写真は高級装備を備えたエコノライン ファルコン カスタム バン(Econoline Falcon Custom Van)。
Photo:Work
第2世代のダッジ ラム(Dodge Ram)は、迫力のあるラジエーターグリルと、選択可能な8リッターV10エンジンで注目を集めた。3種類のボディタイプと重量クラスが用意されていた。
Photo:Work
クライスラーは、シボレーG20とフォードEシリーズに対抗するダッジ ラム ワゴンを開発。ホイールベースは最大3.2m。エンジンは希望に応じて6リッターの排気量を誇る。
Photo:Work
1956年から1965年にかけて、FC(”Forward Control”)は、当初はウィリス・オーバーランド(Willys-Overland)、その後はカイザー・ジープ(Kaiser-Jeep)によって製造された。技術的にはジープCJ-5をベースとしており、標準仕様はフラットベッド(平荷台)だった。ただし、要望に応じてフル装備の消防車仕様を注文することも可能であった。
Photo:Work
ミスター ビーンのファンなら、あのユニークな三輪車、リライアント ロビン(Reliant Robin)が配送車バージョンとして製造されたことを知っているだろ。結局、あの明るい青色のマイクロバンは、ビーンの最大のライバルのような存在だ。この小さなイギリス車は、最大出力39馬力だった。
Photo: Werk
1960年代、イギリス・ケント州フォークストンに拠点を置くマーティン ウォルター社(Martin Walter)は、Bedford CAバンをキャンピングカーへと改装した。その結果誕生したのが「ベッドフォード ドーモビル(Bedford Dormobile)」である。作家のアンソニー バージェス(Anthony Burgess)(代表作に『時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)』など)は、自身のドーモビル(Dormobile)について「英国工学の驚異だが、典型的な英国の職人仕事によってひどく損なわれている……」と評している。
Photo: Sven Krieger
救急車、郵便車、消防車、または女王の公式車両など:ランドローバーは数多くの商用車のベースとして採用され、その多くは現在も現役で走行している。メーカーの発表によると、出荷されたランドローバーの70%が現在も走行中だ。
Photo: Werk
1973年、オペル ブリッツ(Opel Blitz)の生産終了の約20か月前に、リュッセルスハイムに本拠を置く同社は、英国の姉妹ブランド、ボクスホール(Vauxhall)が手がけるベッドフォード製バンをラインナップに追加した。オペル ベッドフォード ブリッツ(Opel Bedford Blitz)はドイツでトランスポーターとして人気を博し、キャンピングカー仕様も用意されていた。
Photo:Christian Herb
1952年、ボルボはPV445(デュエット)の生産を開始した。当然ながら、広々としたハッチバックは個人ユーザーだけでなく、商業用途にも人気を博した。デュエット スカープヴァーン(スウェーデン語で「箱型トレーラー」)は、スウェーデン放送局などでも使用された。兄弟車の「バケットボルボ」とは、フレーム構造と後輪のギア比が異なる点が特徴だった。
ボルボのステーションワゴンが持つ伝説的な信頼性を、特別な要件と両立させることは、スウェーデンの特殊車両部門にとって当然の課題だった。そのため、タクシーや警察車両に加え、救急車も次々と開発された。更には、霊柩車まで。
Photo: Werk
過酷な地形での輸送や移動は、シュタイア プフ ピンツガウアー(Steyr-Puch Pinzgauer)にとって朝飯前だ。オーストリア連邦軍のために開発され、特に耐久性に優れた牛の品種にちなんで名付けられたピンツガウアーは、現在も兵士を戦地に輸送したり、救助隊員を事故現場に運ぶ役割を果たしている。
Photo: Robert Lukas / Werk
ドイツの過酷な作業用車両メルセデス ウニモグ(Mercedes’ Unimog)は現在もその地位を確立している。この多目的作業車は、ほぼあらゆる地形を走破するだけでなく、世界中を駆け巡り、林業、農業、道路整備などにおけるあらゆる作業をこなす。
Photo: Markus Heimbach
耐久性を誇る商用車: 3代目トヨタ ハイラックスは、錆だけがその寿命を縮めた。イギリス自動車番組「トップギア」の過酷な破壊実験(爆破を含む)をすべて生き延びたこの日本車は、現在のモデルも南米のダカールラリーで成功を収めている。
Photo: Auto Bild Alexander Reinhardt
三菱 L300(1983~1994年型)は、四輪駆動仕様、バス仕様、ダンプカー仕様など、さまざまなバリエーションが用意されていた。すべてのモデルにはステアリングホイールシフトが標準装備されていた。
Photo: Werk
興味深い歴史的な輸送車両の一つに、DKWシュネラスター(F89 L)がある。1949年から「シュネラスター(Schnellaster)」はすぐに人気を博した。購入者は、多様な車体構造と低い荷台を評価した。しかし、要求が高まるにつれ、販売は減少した:荷重容量が不足し、快適性が不十分だったためだ。そのため、1962年に生産が終了した。
Photo: Werk
そして間もなく後継モデルが登場した。スペインのイモサ(Imosa)が手がけたDKW F 1000 Lは、スタイリッシュで近代的なモデルだったが、フラットベッドトラックはドイツの品質基準にも市場にも適合しなかった。ドイツに導入されたF 1000 L イモサトラックは、わずか約700台にとどまったとされている。
Photo: Werk
LTによって、ロイド(Lloyd)は実質的にコンパクトMPVというカテゴリーを生み出した。すべては1952年、13馬力のエンジンを搭載し、6人乗り、ピックアップ、パネルバンといった仕様が用意されたLT 500から始まった。1955年には、排気量600ccの2気筒4ストロークエンジンから19馬力を発生するLT 600が登場。最高速度は80km/hに達した。
Photo:Sunday
1953年から1961年にかけて生産されたゴリアテ エクスプレス(Goliath Express)は、販売面では成功しなかった。VWバスよりも速く、安全で、デザインも洗練されていたものの、その技術、とりわけ直噴式の2ストロークエンジンは扱いが難しいと見なされていた。
Photo:Uli Sonntag
ハンザ1100(Hansa 1100)は同じ企業グループから誕生したモデルである。このミドルクラス車は4気筒4ストロークエンジンを搭載し、当初はゴリアテGP1100として登場したが、1958年7月にハンザ1100へと改名された。当時のメディアからは高い評価を受けており、この個体は『AUTO BILD KLASSIK』の編集者が所有している。
Photo:Sven Krieger
郵便局員は数年間、ゴッゴモビルTL(Goggomobil TL)(1957~1965)も運転していた – それ以外ではほとんど誰も乗らなかった。TLはスクーターと1トントラックの間の隙間を埋めた。約2,000台製造されたこの輸送車は、主に郵便受けの回収業務に使用されていた。
Photo: Museum für Kommuniukation Frankfurt/Main
数年後、その役割を引き継いだのはVWビートルだった。助手席と後部座席のないこの車は、郵便受けから郵便受けへと這うように移動し、手紙や小包を収集していた。
Photo: Wolfgang R. Reimann
1950年代、小規模事業者にとって人気があったのは、特に手頃な価格が魅力のテンポ ハンシート(Tempo Hanseat)だった。1956年までにハンブルクで37,000台が生産された。その後、インドのメーカーであるバジャージ(Bajaj)がライセンスを取得し、2000年までほぼ変更を加えずに生産を継続した。
Photo: Michael von Kloth
ハンシートの上位モデルは「テンポ マタドール(Tempo Matador)」と呼ばれた。トランスミッションがエンジンの前方に配置されていたため、当初フォルクスワーゲン製エンジンを搭載していたこの車にはラジエーターグリルが不要だった。ヘブミュラー(Hebmüller)は、このマタドールを初期のキャンピングカーの理想形へと仕立て上げた。
Photo: Theo Klein
1963年、テンポはIAA(国際モーターショー)で、ウィーキング、ラピード、マタドールIに代わる後継モデルとしてマタドールEを発表した。しかし1965年には早くも、テンポのオーナーであったオスカー・ヴィダルが残る50%の株式をラインシュタール・グループに売却。翌1966年には、テンポのエンブレムは完全に姿を消すこととなった。
Photo: Werk
当初、細身のグートブロート・アトラス(Gutbrod Atlas)は、競合製品がなかったため、よく売れた。しかし、状況はすぐに変わり、コストが高騰し利益が低下したため、1954年に生産開始からわずか5年で製造が中止された。
Photo: Werk
192立方センチメートルの排気量、単気筒、6馬力の出力: フラモ(Framo)LTP 200の仕様は、一見すると貧弱に見える。しかし、1935年から1937年まで製造されたこの三輪車は、信頼性の高い性能を発揮した。
Photo: Angelika Emmerling / AUTO BILD

Text: Lars Hänsch-Petersen and Frank B. Meyer