【このクルマなんぼ?】デビューから30年 2021年にオールドタイマーの仲間入りをする20台「パート2」
2021年1月13日
2021年にドイツでクラシックカーの証となる「Hプレート」をゲットするクルマ20台とは? そのうちの何台が日本車? それでは30年前の自動車の世界に、しばしタイムスリップしてみよう!
ドイツで1991年に登録された車を所有する人々にとっては、2021年は特別な年となる。彼らのガレージの宝物が30年前のものになる年だからこそ、自動車文化財のHナンバープレート(節税効果のある名誉あるナンバープレート)を手に入れるチャンスなのだ。そんな30年前とは、いったいどんな車があったのか、ちょっと懐かしく振り返ってみよう!
クラシックカーを歴史的な文化財として大切にするドイツでは、デビューしてから30年経ったモデルは、クラシックカー(オールドタイマー)として扱われ、Hプレート(H-plates)が与えられる。ドイツでは、Hプレートを取得し、クラシックカー扱いされるモデルは、その希少性と年間の走行距離が少ないこともあって、税的に優遇されていると同時に、クラシックカーを何台所有していても、ちゃんと登録さえすれば、Hプレート(07ナンバー)1枚で、それらすべてを使用できるという規則の恩恵も受けられることができる。さすがは素晴らしい自動車の歴史と文化を持つ、ドイツならではの合理的で温情に満ちた素晴らしいシステムだ。
今回、2021年にデビュー30周年を祝い、新たにオールドタイマーの仲間入りをし、Hプレートを取得するのは、1991年にデビューしたVWゴルフ カントリー、ホンダNSX、マツダMX-5(ユーノス ロードスター)、ニッサン プリメーラ、メルセデスベンツ 190 E 2.5-16 エボリューションII、ランボルギーニ ディアブロといったカルトなモデルを含む19台だ。
このような、1991年に製造された車の多くは、温かみのあるガレージに置かれたままではなく、今も道路を元気に走っている。
結局のところ、技術的に成熟した車は90年代前半に製造されたもので、簡単な電子機器の制御が可能で、その技術がスペアパーツで供給されていることが多いからだ。
最初の登録が30年以上前の車両を複数所有している人は、07ナンバーによる登録も検討できるようになっているのがいかにも実利的なドイツらしい。
パサート ヴァリアントVR6が希少になった
その19台には、VWパサート(B3)ヴァリアントも含まれている。
1991年に、VWが新開発した高性能VR6エンジンが初めて装着されたのが、家族用ステーションワゴンだったパサートのヴァリアントだった。
当初は、2.8リッターVR6エンジンは、家族の足として、スピーディーで快適な走りを提供していた。
しかし、徐々にレア(希少)な存在となり、趣味グルマとして人気を博し始め、その人気はどんどん高まっていった。
現在、パサートVR6ヴァリアントの価格は、コンディション2で7,100ユーロ(約90万円)、コンディション3で3,800ユーロ(約48万円)となっている。
今や見ることのできなくなった狭角V6ではあるが、この時代には革命的なエンジンで、VWゴルフにも搭載され、高性能でGTIとは路線の異なるラグジュアリーさを持ったVR6として発売されていたのがなんとも懐かしい。
電気自動車としてのプジョー106
シトロエンはZXで、コンパクトな大量生産モデルがテクノロジーの担い手にもなり得ることを示した。
ZXの技術的な革新は、セルフステアリング式リアアクスルだった。
時代をはるかに先取りした小型プジョー106も、電気駆動を搭載して、市場に登場した。
そして1991年、アウディ100アバントは、BMWやメルセデスに対抗するというアウディの野心を支え、そして彼らの計画は成功した。
アウディ100はアバントとしても素晴らしい売れ行きを見せ、インゴルシュタットを拠点とするメーカーは、市場でプレミアムブランドとしての地位を確立したのだった。
ポルシェ968はトランスアクスル時代のラストモデル
一方で、メルセデスは、角張ったW140ファットライナーで、Sクラスの新時代を切り開いた(一方で、大きく成長してしまったことにドイツ国内でも批判も多かった)。
第二次湾岸戦争や燃料不足の時代には、2.25トンもあるこの船は時代遅れのように思えたからである。
その一方で、近代的なアシスタンスシステムや質の高い仕上がりには称賛の声が寄せられた。
マツダは、柔らかく流れるような121(日本名 レビュー)で、マツダはオーガニックカーデザインがどのように機能するかを世に示した。
そしてアウディは数十年ぶりに80シリーズにコンバーチブルを投入した。
戦後初のアウディのコンバーチブルは、おなじみの2.3リッター5気筒エンジンを搭載して販売された。
さらに、翌年には初の6気筒モデルが発売された。
そして、先代モデルであるポルシェ944 S2のエンジンとシャシーを再び改良した968は、ポルシェのトランスアクスル時代の最後の1台となったのだった。
ちょうど30年前とはざっと振りかえるとそんな年で、多くの素晴らしいクルマが市場デビューした。そしてそれらのクルマは2021年にHプレートを取得する。
以下、30年前のクールなクルマたちをフォトギャラリーとともにエンジョイしてください。
【2021年に30歳を迎えるオールドタイマーとその価格】
VWゴルフ カントリー:
スポーツ多目的車(Sport Utility Vehicles=SUV)がドイツ市場を席捲するずっと以前に、フォルクスワーゲンはすでにそのモデルレンジ内にオフロードのモデルを開発し、市場投入していた。全輪駆動、リフトアップされたボディと保護バーを備えたゴルフは「ゴルフ カントリー」とネーミングされた。だが、98馬力で台地を掘り進むだけで、ディファレンシャルロックがないという事実は、ゴルフ カントリーの希少性を考慮に入れても、今日のコレクターにとってはあまり人気のない1台となっている。
コンディション2の価格: 11,300ユーロ(約143万円)。
コンディション3: 6,800ユーロ(約86万円)。
※実は日本にも正規輸入されていたゴルフ カントリー、SUV全盛、そしてキャンプなどアウトドア大人気の現在、街で見かけてもちょっとした人気者になれそうだ。導入当時はエアコンがつかないことが一番の問題点ではあったが、それよりもこんな「カンガルーバー」がメーカー純正で発売されていたことビックリだ。この部分だけはフォルクスワーゲンらしくない。
Photo: Sven Krieger / AUTO BILD
VW T4:
1990年に導入されたVWトランスポーターの第4世代は、フロントエンジンと前輪駆動のワンボックスカーで、実用性も高く、ドイツでは高い人気を誇り今でも多くの人々から探し求められている。
価格例:
コンディション2のVW T4 2.4D: 5,900ユーロ(約75万円)
コンディション3: 3,400ユーロ(約43万円)
※フォルクスワーゲン ヴァナゴンと呼ばれることもあるVWの実用ワンボックスカー。RRだったモデルよりも圧倒的にエアコンヒーター性能が良く、さらに高速安定性も文句なしだった。今見ても少しも古臭くないデザインだし、性能的には(とくに燃費はあまり良くない)劣るものの、きちんとメンテナンスすれば、まだまだ実用性の高い1台であろうと思われる。本来フォルクスワーゲンというのは、そういう自動車であるべきなのだ。
Photo: Roman Raetzke / Auto Bild
ボルボ940:
最後の本物のボルボ? 多くのボルボファンがこの940と答えることだろう! なぜなら、940と960は、1994年に960がフェイスリフトされるまで、明確なエッジを備えた真のキャラクターモデルだからだ。そして、彼らは後輪駆動の最後のボルボでもある。4気筒と6気筒モデルは、1998年までモデルレンジ内に残った。後期モデルはS90/V90として…。
価格例:
コンディション2のボルボ960 3.0 24V: 10,500ユーロ(約133万円)
コンディション3: 4,900ユーロ(約62万円)
※たしかに今のボルボから考えると質実剛健で実用一本勝負のボルボといえばこれ(あるいは、240)で、北欧のシンプルで飾らないクリーンさと優れたパッケージングを兼ね備えたボディ、これぞボルボだ。乗ってみればかなり柔らかく、見た目ほどの剛性感はないが、安楽だったことは確か。シートヒーターもヘッドライトワイパーも、まだまだ珍重されていた時代であった。
Photo: Christian Bittmann
ニッサン プリメーラP10:
プリメーラは、日産が欧州市場専用に開発し、生産した最初のモデルだった。ノッチバックやハッチバック付きセダン(5ドア)と、日産がトラベラーと呼んでいたステーションワゴンもラインナップされた。とても出来の好いクルマでヨーロッパでも高く評価された。
※今でもこのP10プリメーラを日産の名車として評価する人は多い。実際、ヨーロッパの同クラスの車とガチで比較できる走行性能とパッケージングを持ち始めたのは、このころの日産車からではなかっただろうか。決して派手な装備を備えているわけではないが、とにかく骨太で基本重視、そんなまっとうなセダンだった。四輪駆動もラインナップされたが、これも高い性能を持ち、高評価だった。そしてこの頃を境に、世界中の自動車メーカーは徐々に、付加価値を持った自動車を生み出すように方向転換していくのであった…。
Photo: Werk
ルノー クリオ(日本名ルーテシア):
ギリシャ神話では、「クリオ」は英雄的な叙事詩のミューズであり、ルノー クリオのサクセスストーリーもまた叙事詩そのものだった。美しく、快適で、経済的で、完成度の高さ、それが小型車セグメントの勝ち組モデル「クリオ」の特徴だった。1983年からはプジョー205がリードしていたセグメントだ。
価格例:
ルノークリオ16Vのコンディション2: 7,700ユーロ(約97万円)
コンディション3: 4,800ユーロ(約60万円)
※わが国ではスポーツモデルのウイリアムズなどが集中的にもてはやされていたが、普通のモデルもバランスよく、まさに「乗って快適なルノー」だった。登場した時には、「ダイハツ シャレードみたい」などと憎まれ口もたたかれたものの、乗ってみればウルトラソフトなシートと相まって安楽そのもの。サンク譲りのバカラ仕様などもあり、十分フランス車の魅力満載だった。
Photo: Werk
マツダMX-5(日本名ユーノス ロードスター):
1990年5月からマツダMX-5は欧州でも販売開始された。クラシックなブリティッシュロードスターの生まれ変わりだが、信頼性が高く、しっかりとした作りだった。そして、誰もが考えもしなかったことが起こった。1989年に登場したカリフォルニア向けに設計されたMX-5(115馬力)は、1990年から欧州でも大ベストセラーとなったのだった。しかし、その防錆対策は十分ではなかったためボディには若干リペアが必要な個体もある。
コンディション2の価格: 7,000ユーロ(約88万円)
コンディション3の価格: 3,900ユーロ(約49万円)
※マツダMX-5が作った世界、それは当のマツダが予想していた以上に大きく強く熱狂的なものになった。今でもこのNAロードスターを愛する人は多いし、この後のNBもNCも、もちろん現行のNDも世界中で愛用されている。
気軽に買える価格のオープン2シーター、そんな車はこのロードスターの登場までは夢のような話だったし(メルセデスベンツSLとか、MGくらいのものだった)、それが実用的な信頼性まで持っていること、それこそが日本車として世界に誇れる所以なのである。
Photo: Werk
フォード エスコート(第5世代):
1990年の夏の終わりから、エスコートの新しいモデルが導入された。第5世代エスコートには、まったく新しいボディとシャシー、および電動燃料噴射と調整された触媒コンバーターを備えたCVHエンジンが搭載されていて、人気の高いモデルだった。写真はそのコンバーチブルバージョン。
※残念ながら日本には導入されなかったが、ヨーロッパでよれよれ状態のまま、つっかけサンダルのように汚れたまま愛用されているのをみると、クルマってそういう道具だよなぁ、と痛感してしまう。本来ハンドリングだとかNVHだとか、そういうものを細く追い求めるのはごく一部の自動車マニアだけでいいのである。
Photo: Werk
BMW 3シリーズ(E36):
BMWの大成功をおさめたモデルE36は、セダン、クーペ、コンバーチブル、ステーションワゴン、コンパクトとして提供された。また、Z3の技術的なベースにもなった。中古の値段は安価で定着している。
価格例:
コンディション2の318iセダン: 3,500ユーロ(約44万円)
条件3での価格: 1,900ユーロ(約24万円)
※BMW3シリーズの代表で大成功モデルはこのE36 (と一つ前のE30)だろう。かなり斬新なデザインのボディは、もちろん5ナンバーサイズで扱いやすさ満点。写真の無塗装バンパーに表される通り、実用的で俊敏な小型車だった。今でもたまにE36のアルピナなどを見かけると、ちょっといいなぁ、と思ってしまう。
Picture: Ulli Sonntag
アウディ100 C4:
このモデルシリーズは、1968年から使用されていたアウディでの「100」指定の時代の終わりを告げた。A6と呼ばれる改良版は1994年から発売された。1986年モデルの前身のC3同様、C4は完全に亜鉛メッキされたボディではあるものの、とても優れた仕上がりとなっている。
価格例:
アウディ1002.8Eのコンディション2: 8,900ユーロ(約113万円)
コンディション3: 4,900ユーロ(約62万円)
※なんとも穏やかでクリーンでドイツ車らしい、いい感じ満載のアウディ。100は今で言うA6の前身だが、サイズは現行A4並み。もちろんクアトロもあるが、細かいトラブルは多いので、維持にはそれなりの覚悟が必要。というよりも、もはやこの頃の良い個体を探すことが困難かと思われる。
Photo: AUDI AG corporate archive
レクサスLS 400:
レクサスは1989年にアメリカでセンセーションを巻き起こした。1990年にトヨタは欧州でもLS400とともに、高貴な「レクサスブランド」を導入した。高級セダンは、メルセデスベンツやジャガー、BMWといった老舗の競争メーカーが恐れおののくほど、短期間に成功を収めた。
コンディション2の価格: 10,700ユーロ(約135万円)
コンディション3: 5,400ユーロ(約68万円)
※源流対策をスローガンに、トヨタが精魂込めて作ったウルトラサイレントセダン。なめらかさと静かさは今乗っても感銘を受けるほど。この静かさとなめらかさを、まっすぐに追及して今のレクサスを作っていたならば…。そう思うと無念でならない。もはやわが国では初期のLS400は見つけるのが困難な、超レアな1台だ。
Photo: Sven Krieger
メルセデスベンツ190E 2.5-16 エボリューションII:
1990年3月、メルセデスベンツ190E 2.5-16エボリューションIIは、ジュネーブモーターショーでワールドプレミアし、多くの人々から祝福された。モータースポーツのホモロゲーションモデルとして、先代モデル同様、502台限定で生産された。その強力な4バルブ4気筒は、2463ccの排気量から235馬力を発揮した。
コレクターの中でも、メルセデスW201シリーズのトップバージョンはカルトな1台であり、1990年に製造されたEvo II(235馬力)の価格を押し上げている。
コンディション2の価格: 200,000ユーロ(約2,540万円)
コンディション3でも: 125,000ユーロ(約1,587万円)
※今やコレクションアイテムになってしまったエボⅡだが、一時期はそこそこの値段まで下落?して、日本では売られていたこともあった。エンジンやミッションなどはまだ修理可能な状況だが、最も手に入りにくいのはボディパーツで、この部分を破損してしまうとリペアはものすごく大変(直らないかもしれない)なので、でっぱったホイールアーチなどを電信柱などには絶対ぶつけないように。
Photo: Mechatronik GmbH
メルセデスベンツ200 CE(C124):
1990年6月から、イタリア市場向けのW124シリーズクーペは2.0リッターの燃料噴射エンジンで生産された。触媒コンバーターがない場合、ユニットは122馬力、触媒コンバーター付きで118馬力を発揮した。
※正式にはクーペなので、コードネームはC124となるが、わが国には300CEを皮切りに、300CE-24も輸入された。初期モデルでもサッコプレートがつくことと、ステアリングホイールが若干小さいのが、W124(セダン)との大きな違いだった。この写真ではわからないが、SEC譲りのフロントシート用の電動シートベルトアームが装備されていた。
Photo: Daimler AG
メルセデスベンツ250 TDエステート:
メルセデスベンツ250 TDエステートも、1990年6月からイタリア市場専用に生産された。ターボチャージャー付きのディーゼルエンジンは126馬力を発揮した。ドイツに再輸入すればHナンバープレートを取得できる。
※残念ながら日本には250TDは輸入されなかったが、W124のワゴン(つまりS124)は30年後の現在も人気が高く、愛用している人も多い。写真のルーフバーはメルセデスベンツ純正だが、この頃はこの部分にすっぽりと装備される純正トランクもオプションで用意された。なおホイール形状からもわかるように、この写真は中期モデル(これ以降は8穴アルミホイールになる)。
Photo: Daimler AG
メルセデスベンツ500E:
1990年10月、W124シリーズのトップモデルである500Eがパリモーターショーで発表された。外観からは、フロントフェンダーの造形と、ライトのカッティングとフォグランプ形状から、愛好家だけが高性能セダンだと認識できた。スポーティに調整されたシャシーと326馬力の強力でトルクのある5.0リッターV8エンジンを備えたハイパフォーマンスセダンは、世界中の街で、控えめだが圧倒的な存在感で人気を博した。
※日本でも500SL並みの価格で発売され、本当の愛好家だけが選ぶ一台だったが、その後も人気は沸騰し、現在でもW124の500Eは人気が高く、過走行のモデルでも高値で取引されている。
Photo: Daimler AG
ホンダNSX:
1989年、ホンダは1990年から発売されるスポーツカーNSX(New Sportscar eXperimental)と、そのテクノロジーキャリアのワールドプレミアをおこなった。NSXの最終的ファインチューニングにはアイルトン セナも関わった。現在でも274馬力の日本製マシンはエキゾチックなままだ。
コンディション2の価格: 57,000ユーロ(約723万円)
コンディション3: 43,500 euros(約552万円)
※NSXと言えばやはりこの車だろう、というのが2021年の正直な気持ちである。ホンダが世界のスーパーカーを相手に、オールアルミボディのスーパーカーで勝負に出る! しかもエアコンが効いて、ATもあって、信頼性抜群、という日本ならではの素晴らしい魅力を持って、である。残念ながら当時はV6エンジンや、ゴルフバックが詰める実用性を指摘され(ひどい話である)、スポーツカーとしては中途半端というレッテルさえ貼られてしまうこともあったが、絶対にそんなことはない。30年後の今のスーパーカー市場をみればわかるように、NSXの描いた道こそスーパーカーの正常進化の世界だと言えるのではないだろうか。
だから30年後の現在、世界的にNSXの価格が高値安定なのは、当たり前のことだ。
Photo: Werk
オペル カリブラ:
その素晴らしいCd値(0.26)で、エアハルト シュネルのデザインしたカリブラは、1989年に空気力学の世界チャンピオンになった。日本のスポーツクーペに対するオペルからの答えは、1990年6月に市場デビューした。
コンディション2のオペル カリブラ2.0i 16V 4×4: 8,800ユーロ(約111万円)
コンディション3: 3,800ユーロ(約48万円)
※当時、カリブラのデザインは多くのデザイナーから賞賛され、実際にその美しさは街で見かけても、他のクーペと比較してなにも見劣りしないものだった。今でもシンプルでクリーンなグリーンハウスのデザインなど、完成度がかなり高いものだと思う。だが今カリブラのことを覚えている人が少ないのは…、残念ながらそれがオペルだったから、ということに思えてならない。空力的にも世界最高で、デザインも美しいのにもはや底値の評価…。自動車とは、一面ではなんとも残酷で儚い消費財なのである。
Photo: Olaf Tamm / AUTO BILD
ランボルギーニ ディアブロ:
1990年のスポーツカーの王者はランボルギーニ ディアブロだった。その5.7リッターV12は、最初は325km/hまで、その後は335km/hまで加速し、世界最速の量産モデルとなった。
※ランボルギーニ ディアブロも生まれてから30年、ですか…。感慨深いものがある。オペル カリブラとは対照的に、こちらはこれからも末永く記憶され、コレクターズアイテムとして君臨するのだろう、と思う。
個人的にはディアブロよりも、圧倒的にその前身モデルであったカウンタックのほうこそスーパーカーの中のスーパーカーとして未来永劫に記憶される存在だとは思うが、ディアブロも言うまでもなく、破天荒なスーパーカーとして、ランボルギーニ史に名を残す一台であることは間違いない。
ちなみに日本では2021年の今、大体ディアブロ購入には2,000万円~3,000万円が必要となる。そして驚くべきことにNSX Rもほとんど同じ金額が必要である。
【このクルマなんぼ?】 デビューから30年 2021年にオールドタイマーの仲間入りをする20台「パート1」はこちらをどうぞ。
Text: Matthias Techau, Marcel Nobis
加筆:大林晃平
Photo: Autoleitner