【お金の問題ではない】Are you crazy? 想像を超えた夢のセダン×3台の物語 第2話

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理不尽なクラシックカー×3台: メルセデス ベンツ450 SEL 6.9、ランチア テーマ8.32、アストンマーティン ラゴンダ

世界最高の車。1975年に生まれたメルセデス450 SEL 6.9(W116)は、当時のSクラスワールドの「THEスター」だった。これ以上のメルセデスはあり得ない、と愛好家たちは言う。世紀のクラシックだ。

お金を燃やすことはこんなにも美しいことなのだ。
我々は、お金の問題ではない3台のクラシックカーとそのオーナーを紹介する。
今回は第2話、伝説のメルセデス ベンツ6.9についてだ。

その前に、前回のテーマ8.32の時に書き忘れたが、テーマにフェラーリのV8という組み合わせには及ばないものの、ランチアはテーマの後継モデルであるテージスにも、フェラーリではないが、アルファロメオのV6、多くのアルファファンに愛された、「アルファ6(アルファセイ)」を採用したことは、多くのイタリア車愛好家のよく知るところだ。

夢のセダン×3台の物語 第1話「ランチア テーマ8.32」はこちらをどうぞ。

1975年にメルセデス450 SEL 6.9(W116)が発売されたとき、業界メディアは「世界最高の車」と、ただただ歓喜した。
戦後のダイムラーにはこれ以上のエンジン容量はなく、エンジニアは当時利用可能だったすべての技術をこのトップモデルに埋め込んだ。
ボンネットの下にはパワフルなM100。
エンジン回転域にかかわらず、286馬力のV8はあらゆる状況で十分なパワーを発揮した。

メルセデス450 SEL 6.9の魅力はガレージから始まる。
キーを回すと、M100エンジンが低音のスタッカートに変わる。
排気量6834立方センチメートル、馬力286馬力、トルク550Nm@3000rpmがうなりを上げる。
0から時速100kmまで8秒弱で加速し(45年前の話だ!)、高速道路で6.9の相手をした時の最高速度は時速230kmであったが、 時速260キロまでのスピードメーターが備わっているのでもう少しは出るのかもしれない。

そして巨大なV8がどの回転域と速度域で稼働するかは問題ではない。パワーは常に豊富に用意されていたからだ。
加えて、卓越したドライビングコンフォートを備えていた。
450 SEL 6.9は、ガソリンと圧力オイルで作動するハイドロニューマチックシステムを標準装備している。
4つのガススプリングエレメントは、油圧シリンダーを介してホイールサスペンションに接続されており、約2トンの重量を担っていた。
これにより、6.9は、ホイール後方のプルスイッチで操作する自動レベルコントロールを含む、安定しているのと同じくらいソフトなサスペンションを実現している。
しかし6.9の運転には、ものすごく、お金がかかることは言わずもがなだ!

中でも、エンジンの故障はバッドニュース中のバッドニュースだ。プロによるエンジンのオーバーホールには2万ユーロ(約255万円)以上の費用がかかる。それだけのお金があれば、まともな車を手に入れることができる。ハルトムート ラウターは、比較的少ない出費で幸福感に満ちることのできるW123(W124の前の、ミディアムクラスと呼ばれたメルセデス ベンツ)のドライバーたちを何度うらやましく思ったかわからない、という。

ハルトムート ラウターは、自分の愛するメルセデス ベンツ450 SEL 6.9について、次のような説得力のある主張をしている。「これ以上のメルセデスはありえない!」、と。事実、1975年に6.9はSクラスの世界に燦然と輝く星として登場した。ほぼ7リットルの排気量、560Nmのトルク、286馬力を誇る450 SEL 6.9は、世界最速のシリーズ生産セダンとなった。
W116シリーズの記念碑的な栄冠は、完全なパワーを象徴するものである。「世界最高の車」という称号は、1975年のデビュー時に、著名なモータージャーナリストであったポール・フレールをはじめ、世界中の業界ジャーナリストによって満場一致で与えられたものであった。後のメルセデスでこれ以上の排気量を持つものは他になく、エンジニアたちは、ブランドの持つテクノロジーこのモデルにつぎ込んだ。
現在6.9オーナーのハルトムート ラウターは、フランクフルトの北に在る都市、ヴェツラー出身のビジネスエコノミストでありカーディーラーでもある。1990年代の初め、勉強中にメルセデスV8が欲しくなったという。彼がまだ若かったころは、このジャイアントセダンも手頃な価格だった。あくまでも「その当時」の話だが。「2020年の今日、コンディションの悪い6.9は底なし沼だ」とラウターは語る。普通の450SELよりも車高が低く、タイヤが太いことが判別ポイント。
そのころのヘッドライトの特徴的な洗浄システム。ディップビームを点灯させた状態でフロントガラスワイパーウォッシャーシステムを作動させると自動的に洗浄を始める。この部分の作りにも手抜きなどは一切みあたらない。
大型ライト。W116のテールライトは、比較的繊細な先代モデルであるW108/109に比べて、かなり大きくなっている。メルセデスによれば、リアライトの形状は、スタイリングのためのものではなく、リアライトが泥やホコリで汚れるのを防ぐためのものだという。
今回は映っていないが、トランクリッドの右側に6.9のバッチが標準で装備されるが、この車のように450SELのバッチも、6.9のバッチも、レスオプションで「ない」ものをチョイスすることも可能。車の中には6.9のバッチだけ外して、450SELのふりをする伊達者もいたとか。
サンルーフのないSクラスは、スロットのない郵便受けのようなものだ。新鮮な空気を
取り入れるという贅沢のために、6.9のバイヤーは、基本価格69,930ドイツマルク(約450万円)に加えて、サンルーフのために追加の988ドイツマルク(約65,000円)を支払った。ねじ止めされたサンルーフ開口部の作りの良さが素晴らしい(ただし、前端にデフレクターがないので、空気がドラミングすることは必至)。
希少な215/70 VR 14のクラシックサイズのタイヤは現在、1本あたり500ユーロ(約6,3000円)前後で販売されている。「タイヤを買うときのお金を節約するために、私は15インチフォーマットで特別に再現されたシリーズ用のホイールを4本購入しました。しかし、それらも2000ユーロ(約25万円)を要しました」と、ハルトムート ラウターは言う。手が込んでいるアルミホイールの造形は、この時代のメルセデス ベンツの特徴的ポイント。
このような光景が、W116の信奉者たちを幸せな気分にさせてくれる。6.9は当時すでに標準装備がかなり充実していた。セントラルロック、ベロア張り内装、エアコン、クルーズコントロール、断熱ガラスなどが標準装備されている。オーディオもベッカーなどがついていたものである。
ウッドのインスツールメントがセンターコンソールを飾っているが、ひび割れやすいのが弱点。
魔法のプルスイッチ。エンジン回転中にこのスイッチを引くと、30秒以内に車高が4cm上昇する。通常の運転では、複雑なハイドロニューマチックサスペンションが絶妙なサスペンションの快適性を提供する。ただし、そのメンテナンスもえらく大変で、シトロエンと同じようにたまに出血することがある。
前席にはエグゼクティヴチェアが2脚。6.9はベロア(標準)とレザー(別料金)の2種類から選ぶことができた。写真にあるハルトムート ラウターの6.9と同様の布張りは、特別なリクエストによってのみ利用できた。センターコンソールのふたつの丸いメーターは後付けらしいが、なんのメーターなのだろう。
70年代の重役たちはこんな感じで6.9を走らせることができた。ロングなSELのリアシートにカーテンや読書灯を設置することで、なぜか慌ただしさが静まり静かな雰囲気になる。

歴代のメルセデス ベンツのモデルの中で、一番好きなのはどれかと言われたら、迷うことなく450SEL 6.9と答えると思う。理由はちゃんと答えられそうで、答えられない気もするが、とにかく絶対的な存在感と、メルセデス ベンツらしさ、という意味で6.9は格別な存在なのである。
450SEL 6.9は言うまでもなく、300SEL 6.3に続く、Sクラスの中のスーパーSクラスとして生まれた車で、普通の450SELでは性能的に満足できないような車として生み出された。
と、そもそもそこからして不思議で魅力的なのだが、450SELで満足できない人が世の中にどれほどいて、こんなに高性能な(悪く言えば、バカヂカラの)エンジンを積まなくっちゃいけないのか、普通の人にはまったく理解できない話ではあるのだが、その必要じゃないように感じられる「過剰さ」にこそ、この6.9の魅力はあるのである。
 
この車の延長線上に、W124 の500Eを加えるかどうかは議論の的ではあるが、個人的には500EはSクラスでないことと、6.3や6.9ほどの狂気に満ちていないこと、さらにルックス的に500Eはフェンダーの造形やライトのカットなどで、一目で500Eと判別できるルックスを持ってしまっていることから、若干延長線上からは外れる存在だと思う。
そう、だれにもわからない圧倒的な存在こそが、6.9の妖しい魅力の根源とも言え、外観上はリアトランク右についている6.9バッチを外してしまえば、まったく450SELと見分けがつかない、というところがキモの部分なのである。
この6.9バッチ、本国では取り外した状態で新車を納車してもらえるというオプションもあったのだが、そこまで普通の450SELのふりをするというのは、ものすごい粋でもあり、その反面不気味ともいえる怖い行為でもある。
 
前回のランチア テーマ8.32が、様々な演出で特別さを醸し出しているのとは対照的に、6.9は普通の450SELとの違いを演出しようとしない。むしろ隠そうとさえしているのだが、40年ほど前、街でごくまれに6.9を見かけると、(たとえ前からこちら側に走ってきても)、450SELとの違いを肌で感じるようなオーラを絶対的に醸し出していた。そんなの嘘だ、眉唾だ、と言われるかもしれないし、それが具体的にどこだと聞かれても答えられない。それでも6.3にも6.9にもそんなオーラを確かに感じたのだから仕方ない。
今のSクラスの性能に比較すれば、40年前の6.9は絶対的なパワーも速さも及ばないことは明らかである。だが昔の大物が眼光一発でそこいらのチンピラ雑魚を震え上がらせるような迫力、それこそがこの当時のスーパーSクラスの存在感なのである。
だから6.9は決してビジネスマンのためのアウトバーン超特急、として作られたのではないと思う。ドイツ人の、メルセデス ベンツというメーカーが根源的に持っている、速度や高性能に対する一種の狂気のようなもの、それが形になったのが6.3であり6.9なのである。

Text: Jan-Henrik Muche
加筆:大林晃平
Photo: Goetz von Sternenfels