想像を超えた夢のセダン×3台の物語 第1話 ランチア テーマ8.32

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想像を超えた夢のセダン×3台: ランチア テーマ8.32、メルセデスベンツ450 SLE 6.9、アストンマーティン ラゴンダ

ランチア パワード バイ フェラーリ。
ランチアの美しいセダンにフェラーリのV8。ランチア テーマ8.32は、控えめに表現する。テーマ8.32よりもフェラーリV8の目立たない車は歴史上存在しない。しかし、そのメンテナンスの費用は天井知らずだ。

お金を燃やすことはこんなにも美しいことなのだ。
今回、我々は、お金の問題ではない3台のクラシックカーとそのオーナーを紹介する。

ハンス ピーター ヴァンドープは、V8エンジンを搭載したイタリア車に高価な憧れを抱いている。彼はフェラーリのV8エンジンを搭載した唯一の4ドアセダン、ランチア テーマ8.32に心を奪われた。そのモットーは、「ただの、すべての人のためのクルマ(エブリワンカー)ではない」だ。

その無礼な報せは早朝に届いた。
4万キロ時の点検の請求書「3,500以上のドイツマルク(約23万円)!」

誰もハンス ピーター ヴァン ドープに事前に警告していなかった。
彼はディーラーに電話して、何が壊れたのか尋ねた。
「何も壊れていないが、タイミングベルトだけは交換しなくてはいけない」と、ディーラーは答えた。
しかしそのタイミングベルトを交換するには、エンジンを降ろさなければならなかった。
「そして、それは2万キロごとに交換しなければならないんだ!」
そんなフェラーリのエンジンを搭載した唯一の4ドアセダンに心を奪われたイタロフィルのモーターリストの世界へようこそ。

1986年から1992年まで製造されたランチア テーマ8.32。
彼が最初に購入したランチア テーマ8.32はイタリアでの休暇中に盗まれた。
ヴァンドープ(57)は、あきらめきれず、別のテーマ8.32を購入した。
二台目の8.32は32台限定の特別シリーズの15番目、生産期間の終わりに発売されたエクスクルーシブなモデルだった。

冷却水、オイルのチェックは常に必須。ちょっと汚いジョッキさしたユーロ札が泣かせる。

自動車の理不尽さというテーマにおいて、歴代1位の車

エクストラ満載、フェラーリ「ロッソコルサ」ペイントでラッカー仕上げ、新車時に100,000ドイツマルク(約650万円)以上という高額な金額。
「V8エンジンを搭載したイタリア車に憧れていました。でも主流のモデルではないものを」と、キュンツェルザウの薬剤師は言う。
ボディは柔らかすぎるが、車は完全な芸術品だとヴァンドープは言う。
高回転型V8、ポルトローナフラウレザー
「しかしスペアパーツの供給は最悪です。8.32のためのスペアパーツは何もありません」
そこでヴァンドープは予防措置を講じた。
フィアットの中央倉庫が閉鎖されたとき、彼は5,500ドイツマルク(約35万円)で8.32のために予備の新しいエンジンを購入したのだった。
そしてそのエンジンは非常に美しいので、今はまだ温室に大切に飾ってある。
「パーツや修理や車検だけで、今までトータル5万ドイツマルク(約320万円)以上の費用がかかっていました。しかし、それはすべての悪いこととは言えません。私は他にもデトマソ ドーヴィルを24年間所有していますが、そのような車は本当にお金がかかります!」

アフリカンローズウッドに埋め込まれた8つの丸いインスツールメント、全てのシートに分厚い高貴なレザー…。8.32はミンクを内側に備える。ステアリングホイール、ダッシュボード、センターコンソール、ギアノブ、ハンドブレーキレバーに手縫いのレザーを使用している(本当はオーディオの部分を隠すウッドの蓋が付いているはずだが、欠品しているらしいのが残念)。ウッドのキーホルダーの趣味が渋い
フェラーリ+ランチア: フェラーリ308GTBの8気筒エンジンを前輪駆動セダン用に改造するには莫大な費用がかかった。しかし、それは高回転域までレブアップし、レーシングマシンのように聞こえる。ワンダフル。
ヴァンドープの8.32テーマは、8.32の最後のスペシャルシリーズのためだけに特別に用意されたフェラーリペイント、「ロッソコルサ」に輝いている。金色のストライプも8.32だけの魅了的なアイテムだ。
エンツォ フェラーリは個人的にこのクルマが「ランチア フェラーリ」と呼ばれることを禁じた。1986年から1992年までの間にわずか3,973台のテーマ8.32が作られた。この角度から8.32を通常のテーマと識別する特徴は、側面と背面に細い装飾ストライプとエグゾーストパイプ、そして専用のホイール。
8.32を普通のテーマと区別する最大のアイテムがこれ。トランクリッドにはリアスポイラーが内蔵されており、ノブを回すことで、電動で上下することができる。当初は速度に依存した自動作動が計画されていたが、ランチアの技術者はそのコントロールや製造における信頼できるノウハウを得ることができなかった。このアイテムがどれだけ実際に空力に貢献できるかはわからないが、視覚的、あるいは隠しコマンドとしては大変魅力的だ。
目盛りの上で踊るレヴカウンターを見るのが醍醐味。3リッターV8が最大トルク263Nmに達するのは5000rpmで、7000rpm弱で205馬力を発揮する。ウッドが張られたメーターパネルや、各メーターのロゴの色なども当然8.32だけ。
高貴な椅子。手縫いの革張りは、イタリアの高貴なメーカー、ポルトローナフラウ社製のもので、これまた当時3,000ドイツマルク(約20万円)のオプション費用がかかった(ポルトローナフラウのソファーのことを考えれば望外に安いが、この黒いレザーよりもタンの内装のほうが雰囲気は上だと個人的には思う)。
ドアパネルにもローズウッドとレザーを採用。各部のプラスチックがちゃんとしているのは奇跡だが、べたついている可能性は高い。
8.32のテーマは目立たないように見えるが、フェラーリV8がダブルフローシステムから、耳ざわりのいい音を放ったときには、通行人の目は釘付けになる。その音は、お金のことなど忘れてしまうほど幸せな気分にさせてくれる。
エンジンではなく、芸術作品。横向きにマウントされたフェラーリV8 4バルブ、ダブルカムシャフト、終わりのないトルクと魅惑的なサウンド。しかしエンジンベイはぎちぎちで、特に熱対策と整備性は「ない」。

もと自動車少年だったならば、必ず夢のクルマというのがあるはずだ。
何年に一度、街で見かけたり、運転中にかすかにその姿を目撃したりしただけでも、アッとつい言ってしまうような一台。
自分で購入することはできなくとも、必ず夢の車は心の中にある。

夢は夢のままでいいのかもしれない、と思いつつも、いつかは自分で買えるかもしれないとありえない夢想をしてしまうような車。今回から3台に分けて、そんなセダンを紹介したい。

今回のランチア テーマ8.32は、とにかくクルマ好きならその存在に心を奪われた一台、といっても過言ではない。
まずはオリジナルのランチア テーマの美しさが素晴らしい。
 
特に初期モデルの、4ドアセダンの黄金比のように美しいバランスで描かれた、本当に上品なデザイン。世界で一番美しいセダンはテーマだと今でも思う。ジョルジョット ジュージアーロの最高傑作のひとつではないだろうか。
そんなテーマにフェラーリエンジンを積んで、ポルトローナフラウの内装で仕立て、8.32だけのオリジナルボディカラー(これがまた、どの色も素晴らしく魅力的で実に美しい)に、金のストライプを入れられた日には、もう夢の一台にならないわけなどない。
 
普通のランチア テーマでも十分に夢のクルマではあるのだが(当時、ランチア テーマに憧れていた私は、ちょっとだけ形が似ていたFFジェミニ セダンに乗って、その夢に少しでも近づこうとしていたものである)、8.32ともなれば夢の世界がまた一段遠くなる。
そんな8.32ではあるが、10年くらい前に、無理をすれば自分でも買えるかもしれない、と思える価格に落ちていた頃があって、わたしも一瞬悩んだ。
だが8.32の様々なうわさや真実を聞かされていたこともあり、それは夢のまま終わる。購入することはできるが、きちんと維持をすることはできない、というのがその時に断念した理由だが、このまっとうな判断は間違っていなかったと思う。
もし購入してもきちんと整備をして、この車らしく乗ってあげられるだけの資金も、甲斐性もわたしは(今でも)持ち合わせていない。 

今回のレポートにもあるように8.32を維持するというのは、並大抵の努力ではない。メンテナンスも、パーツの確保も、おそらく半端ではないほどの情熱と愛情がなければくじけてしまうだろう。それこそイタリアらしさ、そう潔く思ってこの車との生活を楽しむ、そんな粋なオトコではない僕にとっては、8.32はやはり永遠にたどり着けない標高の高い山のような存在である。
世界でもっとも美しい4ドアセダンにフェラーリエンジン、それは一瞬だけしか見ることのできない儚い夢のような車なのである。

テクニカルデータ: ランチア テーマ8.32
● エンジン: V8、フロント横置き ● 気筒当たりバルブ数/クランクシャフト数: 4/4
● 排気量: 2927cc ● 最高出力: 205PS@6750pm ● 最大トルク: 263Nm@5000rpm ● 駆動方式: 前輪駆動、5速MT ● タイヤ: 205/55 VR 15 ● 全長×全幅×全高: 4590×1752×1435mm ● 燃費: 8.6km/ℓ • 乾燥重量: 1400kg ● 最高速度: 237km/h ● 0-100km/h加速: 6.8秒 ● 燃料タンク容量: 70リットル ● 価格(1991年当時): 103,250ドイツマルク(約665万円)

Text: Jan-Henrik Muche
加筆:大林晃平
Photo: Goetz von Sternenfels