日本では観ることのできない水陸両用車の世界 その1 世界は楽しみにあふれている
2020年7月30日
パンサー ウォーターカー 水陸両用車: アンフィカー770、価格
魅惑のフローティングカー、それはヴェネツィアの赤。
世界で最も美しいこの街の一つで、どうすれば注目を浴びるスターになれるだろうか? それは大変難しい課題だ。ドイツの水陸両用車の愛好家が、その困難なことに挑戦した。
木曜の朝、ヴェネツィアの港で日の出を見た直後のこと。3人を乗せた赤い車が港の周りを回っている。あれは泳ぐのか?四本の車輪がついている。デザインはピニンファリーナのものとはちょっと違うな。ドライバーは、セーラーシャツとジーンズを着ている。マテオはしゃがんで船尾の下を覗き込みながら、「これはボートだよね?」「いいえ、1963年製のアンフィカーです」。ドイツエンジニアリングの宝物だ。イタリア人がまだ手漕ぎボートで汗を流していた頃、すでに水上テストをおこなっていたドイツ人エンジニア、ハンス トリッペル(Hanns Trippel)が発明したものだ。
アンフィカーは時速120キロで走行可能
この水上車はベルリンに住むベルント ヴァイズ氏の所有するものだ。ベルリンのそばのヴァン湖の代わりにヴェネツィア。そう、ヴェネツィアだ。アンフィカーで信号機のある街を巡るが、アスファルトはない。水路もたくさんある。ヴェネツィアの大運河、カナルグランデ(Canal Grande)はそんなに深くない。
両方のボルトでドアをロックして、イグニッションキーを回してスターターボタンを押すだけで、エンジンはささやき始め、ゆっくりとアンフィカー770は5平方メートルの板の上に登る。クレーンが慎重に1050キロの水泳車を持ち上げ、水上に降ろす。波はまずタイヤに飛びつき、次にドアに飛びついた。しかし、不思議なことに、ゴム製シールによって、ちゃんと保護されている。亀裂からも水が入ってこない。車は水の上にとどまる。浮く。「ドイツの自動車の歴史上、このような珍しいクルマを塩水の中に投げ込むことは賢明なことではない」と思いつつも、足元のレバーを押して、前進する。ヴェネツィアは快晴だ!片方の腕をウィンドウにぶら下げて、カーボートは、ラグーンの穏やかな朝の光に向かって進んでいく。
緊急事態発令?
この朝の早い時間は、ヴェネツィアの地元住民にとってはもっとも忙しい時間だ。花とビール、洗濯物とワインは、艀(はしけ)に積まれてあわただしく水路に沿って運ばれていく。ビジネスマンでいっぱいの橋と橋との間。ヴェネツィアのラッシュアワーだ。そこに突然、ウォーターカーが出現する。しかしその火の玉のような赤いクルマは水上ではゆっくり進むことしかできない。プカプカと浮かび、ゆっくりと移動する。何人かのスーツケースの男はブリーフケースを落とし、あわててiPhoneを取り出す。カメラ機能にすばやく切り替えることができるように、携帯電話に向かって、「シー、チャオ、チャオ」と叫んでいる人もいる。 超クールな、ゴンドラの漕ぎ手のサングラスが、驚きの表情で鼻先までスルリと滑り落ちる。パン屋と建設労働者たちが手を振る。ヴェネツィアの水上タクシーと高貴な木製のモーターボートは舵を切りながら、挨拶を送ってくる。すべてが素晴らしい写真のためのパーフェクトな光景作りに貢献してくれる。アンフィカー770のゆくところ、人々は振り返り、笑顔で呼びかけ、絶え間のないカメラのシャッター音がする。あたかも大運河に非常事態が発生しているかのようだ。アンジェリーナ ジョリーがつまずいて転んだとしても、誰も彼女に気づかないかもしれない(注:これは映画「ツーリスト」のワンシーンで、ジョニー デップと共演したアンジェリーナ ジョリーにそういういうシーンがある)。
激しい交通渋滞: 水上での最高時速は12キロだが…
アンフィカー770は、渋滞を避けるように、ボートやゴンドラの隙間を求めながら航行する。むろん、水陸両用車は、優れた操作性を備えているわけではないので、それほど簡単ではない。「アンフィカーは完璧な車でも完璧なボートでもありません。それが魅力的な組み合わせです」とオーナーのヴァイズ氏は説明する。なるほど。時速12キロの最高速度の代わりに、ボートは4キロで進む。水上の渋滞が激しすぎるからだ。しかし、その速度にもかかわらず、船尾は非常に高く飛沫を上げている。英国車トライアンフ ヘラルドから借り受けた38馬力の4気筒エンジンの危険性?「アンフィカーのテールフィンはシックなだけでなく、防波堤として機能し、跳ね散る水からエンジンを保護します」とのこと。なるほど。
ベルリーナ(ベルリンに住む人)は、リアルト橋に向かってコースを設定する。
港には、リヒャルト ワーグナーが亡くなった場所としても有名なヴェンドラミン カレルジ宮殿がある。今日ではその近くにカジノも設置されている。そのすぐ後ろのホテルのテラスでは、大きな帽子をかぶったイタリアの貴婦人が、水陸両生類に目を見張り、驚きのあまり手からジャムロールを落としていた。続いてリアルト橋にさしかかる。スターテノール歌手のルチアーノ パヴァロッティの復活を祝うかのように、何十人もの観光客が手を振ったり、写真を撮ったりしている。我らがドイツ人船長は、このようなことに動揺することはない。それよりも、彼は、フィアット一族、アニエリ家が住んでいる場所にはるかに興味を持っている。ああ、グラッシ宮殿か?そこにしばし立ち寄るか?いや、アニエリ家は、5年間、別の場所に住んでいた。それは残念だ。それではファビオ ザーニに会おう。彼はヴェネツィア最速のゴンドリエ(ゴンドラの漕ぎ手)だ。そんな彼と競争したいか?だがその前に残念ながら、すでにサンマルコ広場のドージェ宮殿に到着してしまった。ゴンドラが日本からの観光客を大量に乗せる場所だ。
舵も船外機もないアンフィカー
しかし、ドッキング操作はうまくいかない。アンフィカーには舵も船外機も付いていないので 前輪だけで操舵し、最大35メートルの旋回半径では、狭いポールの間に駐車することは危険な操作となる。右のテールライトの損傷。30ユーロ(約3,750円)。問題なし。ガレージに在庫がちゃんとあるからだ。運転席のドアに木の切り株の跡が残っていても、ヴァイズ船長は気にしなかった。そして港湾警察からも祝福される。運転免許証、モーターボート免許証、港湾局の運転許可証(取材のために例外的に発行された)の提示を求められた。すべての書類の確認のあと、「ベリッシモ(素晴らしい)!」と警察官からもお褒めの言葉をいただいた。 アンフィカー770は安定したスピードのまま、このちょっと変わった市内観光を無事終えた。
テクニカルデータ: アンフィカー(Amphicar)770 | |
エンジン | トライアンフ ヘラルド製エンジン |
生産期間 | 1961~1965年 |
最高出力 | 38馬力@4750rpm |
最高速度(水上) | 12km/h |
平均燃費 | リッターあたり2km |
全長×全幅×全高 | 4330×1565×1520mm |
乾燥重量 | 1050kg |
生産台数 | 200台 |
価値: | 1万~4万ユーロ(約125~500万円) |
Text: Daniela Pemöller
続く。