【ベッラ マッキナ!】黄金期 写真で楽しむ70年代のイタ車 アルファ、フェラーリ、フィアット、ランチア、ランボ、マセなど63台 前編

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70年代のクルマたち: イタリア車編。ベッラ マッキナ(Bella macchina)=素敵なクルマ。
苦悩と情熱の間: 70年代のイタリア車は心を躍らせるが、その気まぐれな性質は多くの絶望ももたらした。70年代のイタリア車を写真とともに辿る。

レース、エレガンス、情熱、欲望、気質・・・、それがイタリア車の象徴だ。アルファロメオ、マセラティ、フェラーリ・・・。カリスマ的なフォルム、俊敏なドライビングダイナミクス、スポーティな心臓。”クオーレ スポルティーボ(Cuore Sportivo)=スポーティな心”を備えた自動車の芸術品だ。小さなクルマであっても、その魅力は最大級だ。それは「フィアット500(1957-1975)」が証明している。「フィアット500」は数え切れないほどの女性の心を打ち砕いたが、同時に熟練した男性たちを絶望の淵に立たせた: 特に1970年代は、イタリアの多くのメーカーが品質に問題を抱えていた。実用的でコンパクトなボディを持つ「アルファスッド」は、独創的なデザインで時代を先取りしていたが、生産状況は壊滅的であった。

アルファスッド: 専用工場で完全新設計された車だ。アルファロメオのためではなく、政治のためであった。正確には、労働組合である。労働組合は、ヨーロッパで最も近代的な自動車工場の生産を何週間も停止させるほど、経済活動を破壊したのだ。13年間で700回を超えるストライキが行われた! その結果、イタリアのいつも青空とは限らない空の下で、ボディシェルは塗装されないまま放置され、やがて表面が侵されてしまった。ディーラーに届く前に、すでに錆びているアルファスッドもあった。錆の蔓延を抑えるために、試行錯誤が行われた。空洞は発泡スチロールで埋められ、結露水を貯め、さらに錆を促進させた。

魅力的なフォルム、高回転型エンジン、そしてカリスマ性・・・。イタリア車はスポーティな心のためにつくられていたのだ。

以下、フォトギャラリーとともに、70年代のイタリア車のすべてをどうぞ!
前編: アルファロメオ、アウトビアンキ、デ トマソ、ディーノ、フェラーリ、フィアット

プラスチック製のラジエーターグリルで滑らかに仕上げられたこのモデルシリーズは、以後、アルファ ジュリア ヌオヴァ スーパーと呼ばれ、1974年に最後のモデルサイクルを迎えた。当時からアルフィスティは、ジュリアのキャラクターがプラスチックによって歪められていると不満を持っていた。16年間、57万台以上を生産した後、1978年に生産を終了した。
Photo: U. Sonntag
1970年代初頭、スポーツマンの心を持った広々としたサルーンを探しているなら、アルファロメオ2000ベルリーナ(1971-1977)を避けて通ることはできないだろう。2000ベルリーナの角張ったボンネットの下には、鍛え抜かれたスポーツマンの心臓があった。133馬力のパワーが、「フォルツァ イタリア(がんばれイタリア)」と燃えるような咆哮を響かせる!
Photo: Uli Sonntag
1970年には、フロントフェンダーの特徴的な折り目を含め、「ベルトーネ」も滑らかになった。アルファロメオ ジュリエッタ 2000 GTヴェローチェ(1971-1976)は、131馬力の2 リッター4気筒エンジンを搭載した最も強力な生産型ベルトーネだった。
Photo: Werk
批判されることもあった先代の丸いテールが切り捨てられたため、2代目はファストバックと呼ばれた。クリスピーなファストバック スパイダー(1969-1982年)は、究極のスパイダー クラシックと見なされていた。アルファロメオ2000スパイダー ヴェローチェ(131馬力)と2つのカムシャフトを備えたカリスマ的な4気筒(1971-1974年)が最上位モデルだった。
Photo: Werk
1969年、アルファロメオ ジュニア ザガートに、多くの自動車ファンは、その未来的なデザインに驚かされた。滑らかな表面、低いウエストライン、広いガラス面積により、ジュニア ザガートは、かなりスポーティでカッコよく見えた。1973年までに約1,500台しか製造されなかった。
Photo: Werk
V8を搭載した最初の生産型アルファ: アルファ ロメオ モントリオール(1970-1977)。モントリオールはティーポ33からV8 を引き継いだものの、スーパースポーツカーではなかった。2.6リッターV8エンジンは、200馬力に抑えられたが、ジュリアのシャシーはすぐに物理的な限界に達した。
Photo: Werk
革新的なアルファスッドは、ゴルフIのほぼ3年前の1971年に登場した。専用工場から完全に再設計された車。これほどコンパクトな外形寸法でこれほどのスペースを提供した車はそれまで存在しなかった。アルファスッドは4ドアと400リットルのトランクを備え、わずか3.90 メートルのハッチバックで、大人4人が乗車できる並外れたスペースを提供した。
Photo: Werk
時代を先取り: 新しいアルファロメオ ジュリエッタ(1977-1985)は、伝説的な先代モデルの名前を使用したが、老朽化したジュリアに取って代わった。後部が高く、前部が平らで、ウエストラインが上がっているくさび形のデザインは非常に進歩的だった。
Photo: Werk
純血種のスポーツカー技術は、アルファロメオ アルフェッタのやや保守的なボディワークの下に隠されていた。ギアボックスがリアアクスルにフランジ付けされたトランスアクスル設計により、完璧な重量バランスが確保された。アルフェッタは、素晴らしい走行性能を得て人々に感銘を与えた。
Photo: Werk
ファッショナブルなデザイン: アルファロメオ アルフェッタGT(1974-1980)は、くさび形のボディとアルフェッタ セダンの繊細な技術要素で人々を魅了した。トランスアクスルデザインとドディオン式リアアクスルにより、アルフェッタGTV はコーナーを軽快に駆け抜けた。より強力な2リッターエンジンを搭載したアルフェッタGTには、略語GTV(VeloceのV=高速)が付けられた。
Photo: Werk
遅れて来たフラッグシップ: アルファ6はもともと1970年代初頭に登場する予定だったが、石油危機により発売が1979年に延期された。エンジンは新開発の2.5リットルV6で、このあとGTVや164などに使われることとなる。トランスアクスルは採用されなかった。初期の6つのデロルト製キャブレターには、何世代にもわたるマスターメカニックが絶望していた。
Photo: Werk
1969年からミニと競合した全長3.22mのアウトビアンキA112。横置きエンジン、前輪駆動に加え、大型のテールゲートと折り畳み式のリアシートが特徴だった。約130万台が生産された後、1986年に生産終了となった。
Photo: Werk
ジウジアーロは1966年、デ トマソ マングスタで初期の傑作の一つを作り上げた。110cmのフラットなマングスタには、305馬力のフォードV8が搭載されていた。ミッドエンジンでありながら、その走行特性はニュートラルとは言い難いものだった。フロントはあまりに軽く、ウェットコンディションではほとんど操縦不能だった。
Photo: Hersteller
デ トマソが最初に成功したのは、1970年から1994年まで生産されたパンテーラである。先代のマングスタに比べ、ねじれ剛性が大幅に向上し、最高出力330馬力のフォードV8を搭載してフェラーリ級の性能を発揮しながら、価格は半分で済んだ。デ トマソの最多生産台数である7,165台が生産された。
Photo: Werk
前衛的なスポーツサルーン: デ トマソ ドーヴィルは、1970年にパンテーラと同時に発売された。パンテーラと同様、ドーヴィルもフォード製の5.8リッターV8を搭載し、当初は270馬力を発揮した。61,300マルク(約453万円)と、メルセデス300 SEL 6.3の2倍も高価だったこのレーシーなサルーンは、1986年まで320台しか生産されなかった。
Photo: privat / AutoBild
デ トマソの永遠の人気車種、ロンシャン。しかし、エネルギー危機、排気ガス規制の強化、そして何よりも悲惨な出来栄えにより、大きな成功を収めることはできなかった。その結果、18年間で414台しか生産されなかった。
Photo: Werk

フェラーリ246GTに続く