もっともクールなコンセプトカー×62台 Part2

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史上もっともクールなコンセプトカー:未来という古典

「他の惑星からの自動車」
かつて彼らは未来の車だったが、今日ではカーデザインにおける古典となった。これらのコンセプトカーは路上で目立ちたいためではなく、主に自動車ショーのために作られた。 さあ最高にホットなコンセプトカーとの時間の旅へ出かけよう!

プジョー・プロキシマ(1986)
いつでもトランスフォーマーロボットに変身できる。フランスメーカーはドライブユニットを、この未来のスーパースポーツカーのリアアクスルの前に取り付けた。2.8リッターのターボV6だ。

オールズモビル・エアロテック(1987)
1988年にテキサス州の高速テストコースで432km/hを記録した。もっと驚いたのは? 搭載されているエンジンが2リッターの4気筒だということだ。

キャデラック・ボヤージュ(1988)
モダンなキャデラック・ツーリングセダンとしてデザインされた。全長6メートル以上はありそうだ。必要とあらば全輪を駆動する。それ以外の場合、このロードクルーザーは後輪で駆動する。

ビュイック・ワイルドキャット(1988年)
80年代後半、少なくとも米国では、このビュイック・ワイルドキャットのような、広々としたガラスのルーフが、最新の流行だった。少なくとも自動車ショーのターンテーブル上ではそうだった。

アウディ・アヴス・クワトロ(1991)
アウディは、クワトロ・スパイダーのローンチから1か月後の東京モーターショーでこのコンセプトを発表し、センセーションを巻き起こした。また、その名前からもわかるように、このクルマは戦前の速度記録車へのオマージュだ。戦前、ベルリンの自動車道は、世界で最速のレーストラックだった。当時、アウディとメルセデスの優位性は圧倒的であったため、ライバルメーカーはもはや競争する気すら持ち合わせていなかった。1991年のアヴスには、リアに509hpの6リッターW12エンジンがミドマウントされていた。これまた生産化されなかったことが至極残念な(スーパーカーの)1台だ。

メルセデス・ベンツC112(1991)
300SLの再来? 1991年、メルセデスはIAA(フランクフルトモーターショー)でこのC112を披露した。伝説の300 SLのようなガルウィングドアを備えたスーパーカーだが、それ以外にはレトロなところは何もない。シートの後ろに搭載された600 Sクラスの408馬力6リッターV12が6速ギアボックスを介して後輪を駆動する。C112はアクティブボディコントロールを備えた最初のベンツだ。

ルノー・ラクーン(1992)
ラクーン(アライグマ)が、ルノーの作ったこのシャープな乗り物の名前だ。最初はばかげた名前に聞こえるかもしれないが、実際にはこの車に似合った名前だ。極端にオフロード用であるだけでなく、伝説の水陸両用車でもある。フランスのメーカーは、このアライグマが実際に泳ぐことができるかどうかを明かしたことはない。貴重な手作りのワンオフなので、そんなことを試すべきでもない。

BMWジャスト4/2(1995)
純粋に2人用。このロードスターのフライウェイトは、社内デザインコンペで生まれた。エンジンはBMW K1100(バイク)から転用、リアに搭載した。このクルマとオートバイの混合物は、100馬力エンジンで0-100km/hを6秒以下で加速した。

クライスラー・アトランティック(1995)
車のデザインに贅沢さを取り戻したコンセプト・モデルと言える。レトロスタディのスタイルは、タルボラーゴT150C SSや、その名前まで流用しているブガッティ・タイプ57アトランティックなど、戦前の美術品的名車をモチーフにしたものだ。

フォードGT90(1995)
これが、伝説のGT40の後継車の外観だ。GT90のクリエーターたちは自信を持ってこの白獣を「世界最強のスーパーカー」と呼んだ。シートの後ろにある、4基のギャレットターボチャージャーを備えた720馬力12気筒からモンスターパワーが生み出される。最高速度は378 km/hに達する。残念ながら、フォードはこの進歩的なニューエッジデザインのスーパーカーは製造しないことに決めた。 かわりに、レトロなGT40が登場した。

メルセデス・ベンツF300ライフジェット(1997)
これは正真正銘、メルセデス・ベンツだ。半分が車で半分がオートバイ。1997年のIAA(フランクフルトモーターショー)で、メルセデスはF300ですべての人を驚かせた。この3輪デザインスタディは、乗員が驚異的な横方向加速を行えるように設計されている。かつてないほど勇敢で革新的なメルセデスだ。このプロトタイプには、Aクラスの1.6リッターガソリンエンジンが搭載されている。インテリアは、頑丈なメルセデスのリビングルームよりも、飛行機のコックピットを連想させる。そしてインテリアには90年代に人気を博したパステルブルーがふんだんに使われている。

ランチア・グラントゥーリズモ(2002)
それはランチアの将来への展望を提供するはずだった。しかし、生産化は最初から否定された。このデザインスタディのテールライトは、ランチア・デルタやイプシロンのシリーズに活用されている。

レクサス2054(2002)
スティーブン・スピルバーグは、レクサスに未来の車をどのように想像するか尋ねた。その返事が2054と呼ばれるこの赤いコンセプトだった。自動運転車だ。背景を説明しよう。当時、スピルバーグは「マイノリティ・リポート」を撮影していた。これは、トム・クルーズが主役のハリウッドのヒット作だ。この協力関係は双方にとってメリットがあった。むろんスピルバーグはレクサス2054を彼の空想科学映画の自動車の主人公として使用することができたが、一方でレクサスの技術者にとっても、自分たちが、何ができるかをアピールする絶好のチャンスとなった。

ホンダHSC(2003)
HSCはホンダ・スポーツ・コンセプトの略だ。あまりにもつまらないネーミングのこのコンセプト、ホンダ製スポーツカーの伝説的存在である初代NSXの後継者と見なされていた。しかし、実際には、「日本製フェラーリ」のファンは、2代目NSXの登場を2016年まで待たなければならなかった。初代NSXと同様、HSCコンセプトはミッドエンジン仕様で、シート後方に3.5リッターV6を搭載し、6速マニュアルトランスミッションを介して後輪を駆動した。

ランチア・フルビア(2003)
2000年代の初め、我々はまだランチアの復活を信じていた。この愛らしいフルビアは、ドローイングとしてだけでなく、生産化も可能なスタディだったし、事実、生産化へ向けてプロジェクトは進んでいた。この小さいクーペはランチアに少しの光は与え得たであろう。フランクフルトショーでこのフルヴィアのコンセプトに出会ったときに、生産化されたら買おうと思っていたランチアファンは多かった。しかしその後、適当なプラットフォームが見つからず、生産化に至らなかったと知って彼らは大きく落胆する。

アルファロメオ・ヴィスコンティ(2004)
ジウジアーロとアルファロメオの関係には長い歴史がある。2004年、アルファロメオはジュネーブモーターショーで、スロープ状のリアとジウジアーロのデザインを兼ね備えたヴィスコンティ・コンセプトを展示し、大評判となった。405hpの6気筒エンジンが優れたパフォーマンスを提供した。

マイバッハ・エクセレーロ(2005)
タイヤメーカーのダンロップは、2005年、タイヤテスト用にこのバットモービルを購入した。2.7トン、700psのエクセレーロはマイバッハ57Sをベースにしており、この1台が作られたのみだった。

プジョー・ムーヴィー(2005)
プジョーの思想家たちは、ムーヴィーと呼ばれるこの先見性のあるモビリティコンセプトを思いついた時点ですでに、車体の鋼管のピラーにスターウォーズ風のカーシールドを持たせることも想定していた。コンセプトカーの名前はMoovie、そうoが2つだ。まるで金魚鉢とエレベーターの混合物のように見える。

アルファロメオ・ディーヴァ(2006)
女神という名のアルファロメオだ。2006年、アルファロメオは、エスパス・スバッロ・デザインスクールと共同で、伝説的なアルファロメオ33ストラダーレ(1967)へのオマージュとして、このディーヴァを開発した。ミドエンジン・スポーツカーは290hpから290km/hを発揮した。

BMWミッレミリア(2006)
過去からのタイムマシン。BMWはこのミッレミリア・コンセプトで1930年代のレースを祝った。レトロなデザインスタディは、伝説的な328「カムクーペ」のコミック版のように見える。そのクルマは、1940年に1000キロレース(ミッレミリア)を制したバイエルン(BMWの故郷)勝利艦隊の1台だった。2006年に作られたこのワンオフモデルは、M3の6気筒エンジンを搭載、343hpを発揮した。ドライバーは、キャビンの屋根を上げて、乗り込むようになっている。

マツダ“流(ナガレ)”コンセプト(2006)
ボディの外皮は周囲の色を反映している。流はカメレオンを演じ、周辺の環境をなるべく損なわないようにする。このあたりからマツダのニューデザインチャレンジが始まったと言えよう。

ロータス・ホットウィールズ・コンセプト(2007)
オモチャ箱からストリートへ?それは決して簡単なことではなかった。結局、ロータスのデザイナーは、この明るいオレンジ色のスポーツカースタディを実物の1/5スケールでモデルを作成した。アメリカのトイカーブランド、ホットウィールの40周年を記念して作られたモデルだ。すべてがただのジョーク?いやいや、ロータスは否定して以下のように主張した。コンセプトカーは、英国のスポーツカーメーカーの将来のデザイン言語への掲示も与える必要がある、と。

マツダ大気コンセプト(2007)
大気は壮大な研究である“流”コンセプトシリーズの一環として、自然にインスパイアされたスタイリングを披露するためにデザインされた。

BMWジーナ(2008)
ジッパー付きの車。ジーナ(GINA)には、スチールやアルミで作られる従来型のボディは備えておらず、柔軟な繊維でできたスキンで覆われていた。ボディの下の構造も柔軟なものだった。

シトロエンGT(2008)
ゲームの世界からストリートへ。シトロエンによるGTコンセプトは、燃料電池を搭載したスーパースポーツカーのスタディだった。当初はプレイステーション用に作られたものだった。量産の計画が後にあきらかになり、合計6台が1台あたり160万ユーロ(2億円)という価格で製造されるということだったが、1台作られたのみで、いつのまにか沈黙のうちに消え去った。このフランスのランボが予定どおり量産されることはまずないだろう。

メルセデス・ベンツ・バイオーム(2010)
種子から成長し、純粋な酸素を放出し、完全に堆肥化できた。そして宇宙からのバキュームクリーナーのように見えた。カリフォルニアのメルセデス・アドバンスド・デザインスタジオでデザインされたモデルだ。

VWブリ(2011)
ブリ(Bulli)とはブルドッグという意味だ。2001年に、VWはVW T1を21世紀に具現化したモデルとしてこのマイクロバスを発表し、10年後の2011年には、ブリ・コンセプトとして再び登場させた。この万能の才能とすべての自由な地球市民最愛のクルマをVWが生産化しないことが残念でたまらない。

アストンマーティンCC100(2013)
アストンマーティンは、自身の100周年を祝って、伝説の1959年DBR1のオマージュを作成した。1959年、DBR1は、今日までブランドにとって唯一無二となるル・マンの勝利を獲得したのだった。新しいモデルのハートには6リッターV12が収まっている。

ピニンファリーナ・セルジオ(2013)
このオープントップのレーサーは、フェラーリの長年のデザイナーにちなんで命名され、ジュネーブで発表された。フェラーリ458イタリア・スパイダーのテクノロジーは、2人乗りバルケッタのタイトなボディの下に隠れている。シザースドアとスピードボートデザインのエレガントなタルガフレームを備えている。

シボレーFNR(2015)
金属製のトンボ型ウィングに関するスタディは、映画「トランスフォーマー」映画を強く連想させるが、それは自動運転に対するシボレーなりのアイデアだ。自動運転の恩恵で、座席は180度回転し、後部座席の乗客とのコミュニケーションも可能となっている。

モバイル・メルセデス・スタディF015
未来のクルマを運転する。自律的に。これは、ダイムラーのエンジニアが想定し、独自に作り上げたものだ。光沢のあるシルバーの車は、2015年時点で、ダイムラーの開発者たちが2030年の車をどのように見ているかをすでにアウトライン化している。

メルセデス・コンセプトIAA(2015)
EV時代のメルセデスを飾るフェイスだ。覚えておくとよいだろう。ハイブリッド車は80 km/hに達した時点で空力モードに変わる。グリル、フロントバンパー、リップスポイラー、ホイールリムが形を変え、テールエンドを延長させ、ボディを大胆に変形させた“エアロダイナミック・モード”になることで、Cd値を 0.19まで減らす。これは、量産モデルとしてのワールドレコードだ。

Texts: Lukas Hambrecht, Stefan Roßbach, Matthias Brügge
Photos: Werk

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