【あの日に帰りたい】 名車、珍車、スーパーカー&実用車 1960年代のクルマ124選 前編
2021年8月29日


大林晃平: あくまでも正統派の、絵にかいたブリティッシュ2シーター。正統派のデザインで、「カニ目」かこの「スプリジェット」かって、言われたら、こっちを選択する人が多いのもうなずける。言ってみれば、「マツダロー ドスター」の起源をたどれば、こういう魅了的な2シーターが英国にあったからこそ、である。なお、「オースチン ヒーレー スプライト」は、「MGミジェット」の兄弟車ではあるが、いわゆる「格」としては、MGのほうが上、ということになっている。

大林晃平: 抱腹絶倒であるが、とにかく古典的でクラシカルな「ヒーレー」を愛する人が多いのも事実。写真は最近写されたものだが、この一台は、ツートンカラーも実にいい感じ。ドライバーの頭はフロントスクリーンからはみ出ているが、座高の高い人はこうなるので、気にしてはいけない。

大林晃平: 「フィアット500」をベースに作られた、言ってみれば裕福なオーナー向けの粋な小型車。色も内装もお洒落で、こういう自動車が50年以上も昔にあったことは、その時代のヨーロッパの裕福で成熟した社会を連想させる。後ろ開きのドアも優雅で素敵だ。そんな「ビアンキーナ」には写真の「トラスフォルマビレ」という、クーペオープンモデルの他に、セダンとワゴン(ジャルディニエラ)などのバリエーションもあった。

大林晃平: どことなく、「ミツビシ コルト」とか、「ダイハツ コンパーノ」あたりを髣髴とさせるデザインだが、本家はこっち。うしろに写っているようなファミリーのマイカーとしても好適だったであろう。どこにもとげとげしい部分がないデザインは、今の自動車が見習うべき点。デザインを含む開発を担当したのは、もちろん、「チンクエチェント(500)」の生みの親、ダンテ ジアコーザである。

大林晃平: 日本でも一時期大人気だった「A112」。その登場も50年も昔となった。日本ではエンスージャスト向けの楽しい小型車として有名だったが、漫画『ドクタースランプ』で、ものり巻きせんべい博士の愛車として登場。漫画の中で、アラレちゃんを乗せて走っていた姿を記憶している方も多いことだろう。

大林晃平: 「ロールスロイス シルバーシャドウ」のクローンが、当時のベントレーであった(2ドアオープンの「ロールスロイス コーニッシュ」のベントレー版も「コンチネンタル」としてちゃんと存在した)。こういう時代は長く続き、ちゃんとした新生ベントレーオリジナルモデルの登場は、この後の「ベントレー ターボR」の成功以降の話、なのである。ちなみに写真は初期モデルで、この後フロントの「エアダクトなし・スポイラー付き」の後期モデルに発展するのは、「シャドウ」と同じ流れである。

大林晃平: 「501」は直列6気筒エンジンを持つのに対し、「502」はV8気筒エンジンを持つ。ボディバリエーションには写真の観音開き型4ドアセダンの他に、2ドアクーペもあったが、いずれも燃料タンクの設計など、安全にも配慮したものであった。写真のうしろに写っている文化住宅は、きっと当時の最先端だったのだろう。

大林晃平: BMWの新時代を担ったこのモデルは、内容的にも革命的な部分が多く、性能も大変優れていたし、ジョヴァンニ ミケロッティがデザインしたスタイルも時代を先取りしていたといえよう。今見ると、トレッドがなんとも狭く感じられるが、これでも当時としてはワイドな方だったのだ。

大林晃平: なんともシンプル、しかしクリーンで、これぞBMW、ともいうべきバウハウス調デザイン。もしこれがEVとして、このまま出ても、決して古びて見えないだろう。この2灯ライトも、表情が柔らかくてとてもいいし、カラーリングもやさしい(控えめな)ものが当時のBMWには多い。

大林晃平: 上級モデルの表情は、一転大人びたものとなるが、それでも全体的なデザインはクリーンでシンプル。キドニーグリルの大きさも上品で、繊細である。空気取り入れ抗がバンパー上に多数開いているのに注意。フェンダーに一つだけついたミラーは、この位置で正常である。「633」などを彷彿させるCピラー形状に注意。

大林晃平: どことなくメルセデス・ベンツを思わせるデザインのボルクヴァルトは、メルセデス・ベンツと同じ、ドイツ生まれで、メルセデス・ベンツ工場のある、ブレーメンに本社を構えていたが、残念ながら1961年に経営破綻した(2015年には中国資本下で、メーカー名は復活している)。

大林晃平: 「みにくいアヒルの子」と言えば、このクルマのこと。特に写真の初期モデルは簡素、質実剛健、そして独創の塊で、ワイパーさえスピードメーターケーブルで駆動するという徹底ぶり(だから、クルマが止まっている時は、ワイパーブレードは動かない)。テールランプも、この初期モデルだと、なんとも頼りない大きさで、バックランプもないが、当時の耐乏型ヨーロッパ車はこういうものだった。

大林晃平: フランス人にしかできないデザイン。特にリアの逆クリフカットになったCピラー部分など、今のデザイナーには絶対にできないだろう(ちなみに、こういう形状だと自動洗車機には入らないので、オーナー予備軍は注意してほしい)。ボデイサイドのプレスの入り方も前衛的なら、写真に写っていない、フロントグリルものすごく個性的。美しいかどうかは、見る人の審美眼に任せたい。

大林晃平: 「ダイアン」といっても、ダイアン キートンではない。一言でいえば、「シトロエン2CV」をデラックスにした仕様。フェンダー一体型のライトや、同色トップが魅力的かというと、かえって普通の「2CV」のほうが、清く格好いいことは言うまでもなく、結局あまり長く存在せずに消えてしまった。写真のようにフランス人女性3人と、デルセイのスーツケースを3つは楽に載せることはできる。

大林晃平: かつてパリのグランパレで発表された時、偉大な自動車ジャーナリスト・F1パイロット・ルマンウィナーであった、故ポールフレール氏は、DSを見たとたんに「宇宙から来た車だ」、と思ったという。そしてそれから60年以上が経過しても、その言葉は今でも通じる。これほど時代を先取りし、永遠に未来に向けて走り続ける自動車はもう2度と出てこないだろう。ハイドロニューマティック、半透明のルーフ、操作が大変難しいセミオートマチックトランスミッション、丸いボールのようなブレーキペダル・・・、文字通り、個性と特記すべきパーツの塊のような自動車である。

大林晃平: 日本ではカローラVSサニー戦争、そしてそこからブルーバードVSコロナ戦争、クラウンVSセドリック・グロリア戦争へと、ステップアップした日産とトヨタのがっぷり四つ試合。なんだかいまになって思えば良い時代だった。今見ると、きっと軽自動車のように小さいが、当時は庶民にとって夢のマイカーだったのである。

大林晃平: 片山 豊氏の努力と情熱で生まれた、「ズィーカー」。このクルマがあったからこそ、日本車はアメリカで認知されたといっても過言ではない。今でも熱狂的な愛好家も多く、日産はそういう意味からも、「ダットサン」というブランドをもっと大切にするべきだ。

大林晃平: 「マングスタ」の中身はアメリカンV8だが、デザインはジョルジョット ジウジアーロ。合計401台が製造されたというが、日本にも輸入された。当時小学生だった私は、小学校の近所にあるシーサイドモータースで見かけたことがあったが、迫力はなかなかのものだった(しかし、認知度はいまいちで、他の同級生に知っている者は少なかった)。

大林晃平: ファセル ヴェガを愛していた女性がいた。雰囲気も佇まいもこの車に本当にぴったりで、ファセル ヴェガの名前を聞くたびに、その人のことだけ思い出してしまう。ノーブルで、崇高な雰囲気を持ちながらもどこか妖艶、そんなファセルは乗り手を激しく選ぶ車だと思う。誰でもが似合わうわけではない、オーナーを限定する自動車、今の世の中にこういった雰囲気のクルマはない。そしてファセルの成り立ちを理解したものだけが許される世界なのだろう。

大林晃平: 「GTO」も登場から60年、といってもまったく古さを感じさせないのか、それとももっと古いクルマと思っていたのか、人によって印象は異なる。昨今では、「世界一落札価格の高い自動車の定番」で、ホンダジェット3機分くらいのお金が必要だ。写真のクルマにはミラーがついていないが、この当時の「GTO」では「よくあること」であって、「これが正しい姿」で、気にしてはいけない(そもそも手作りなので、ディテールの処理やサイズなどは一台一台異なっているという)。

大林晃平: そのキャラクターでたくさんの人に愛されたモータージャーナリストであった、故川上 完さんがいうところの「もっとも美しいフェラーリ」。よりエレガントではあるが、レーシーな魅力では「250」に軍配があがる。いずれにせよ、今では十億円以上は当たり前、の高価格車。芸術品レベルとしての存在である。

大林晃平: 圧倒的に支持する人も多い「デイトナ」。レプリカも多数生まれ、そのうちの一台は、映画『マイアミバイス』で活躍していた。かつてカーペンターズのLPジャケットにも登場したが、あれはカレンの兄の、リチャード カーペンターの愛車であった。

大林晃平: その名も「超速い」フェラーリ。当時の280km/hというのは、まさにマッハクラスで、100km/hがやっとだった日本車には異次元の世界だったであろうから、その名前も伊達ではない。36台しか生産されていないため、めったに市場には出てこないが、「250」よりは、ちょっと安いくらいが相場だ。
Text: Lars Busemann
加筆: 大林晃平
Photo: autobild.de