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【名車シリーズ】80年代生まれのラリーレジェンド ランチア デルタHFインテグラーレ物語

2021年6月16日

速く、速く、そしてもっと速く!

かつてランチア デルタHFインテグラーレは、6年連続で世界選手権を制覇するという快挙を成し遂げた。そして、ディーヴァ(歌姫=ランチア デルタHFインテグラーレ)は、コレクターズカーとしての、そのキャリアをスタートさせたのである。

最強のホットハッチ、ランチア デルタ インテグラーレ

覚えておいでの方も多いだろうが、1980年代にはちょっとしたハイパフォーマンス四輪駆動の流行があった。アウディが単独で始め、「ポルシェ959」、「フォード シエラXR4x4」、「VWラリー ゴルフ」、さらにはシトロエンBX GTi 4×4」までもが、高速ハンドリングの名の下に真似をしたのだ。それらがなければ、今の「スバル インプレッサ ターボ」や「三菱ランサーEvo」は存在しなかっただろう。

そして、ランチアは、1986年に「デルタHFターボ4WD」を発表したが、最初は暫定的なものだった。しかし、その2年後に「インテグラーレ」バージョンが登場すると、伝説が生まれた。4輪駆動のサルーンで、これほど運転が楽しいものはない。それは、もちろん、アウディの「クーペ クワトロ」も含めてだ。

おそらく、多くの人は、ランチアのフィアット以前の栄光の時代をあまり覚えていないだろう。その人たちが覚えているのは1980年代後半の小さな角型ハッチバックだ。1987年から1992年まで6年連続で世界ラリー選手権を獲得し、ホットハッターの世代を熱狂させた「インテグラーレ」は、精密さと緩さの間にある明らかな二律背反を克服している。焦点が合っているが、なんとも不器用なのだ。目の前を走る、やや野暮ったいターボ4気筒が唸り、唸り、唸り、唸りながらも、スリムなエアバッグレスモモホイールによって損なわれることのないフィードバックに満ちた、確実に正確なステアリングで進路を決めることができる。ギアチェンジは、フィアットのゴムのようなものではなく、力強いもので、そして、各コーナーでのグリップはまさに驚異的だ。

しかし、これはアウディのような冷徹なハイパフォーマンスの装置ではない。魂がこもっていて、まるでグリップを使い切る必要がないほどたくさんのグリップがあるように感じられる。道路をさりげなくつかみ、道路に埋没してしまうのではなく、滑るように走る。その結果47:53という恒久的なフロント:リアのトルクスプリットのおかげで、すべての道がラリーのステージのように感じられ、轍(わだち)やバンプを乗り越えてクラッシュする容赦ない乗り心地でもある。しかし、これほどまでに速く走れて、これほどまでに笑顔になれるクルマは他にない。

ハイフライヤー。ランチアはデルタ インテグラーレで世界ラリー選手権を6回制覇している。

ターボがプレッシャーをかければ、ぐんぐん前に出る。そして、すべてのニュートンメーターが推進力となる。同時に、「インテグラーレ」はカーブのあらゆる半径をまっすぐに、そしてスムーズに走るので、経験の浅い人でも不安になることは稀だ。インテグラーレは、ドライバーがステアリングホイールのスエードのリムを掴んでいる限り、それが可能なのだ。ランチアの技術者がありったけの情熱を傾けてチューニングしたシャシーはドライバーの限界を大幅に引き上げる。そして、「インテグラーレ」のブレーキは、走りと同じくらいシャープだ。

それはハードだが、4つのドアで日常的な品質も提供している。しかし、それを日常的に使う人はほとんどいないだろうが。ともあれ、インテグラーレは、幼稚園の送り迎えには適していない。その幼稚園がタイトなコーナーの続くワインディングロードの山道を登った上にあれば別だが・・・。

このように、年間数千km、メンテナンス間隔を守り、常にフルスロットルにしないで走らせれば、楽しさは倍増する。暑い日の走行後には、ターボが快適な温度に冷えるまで、数分間エンジンをアイドリングさせることを忘れてはいけない。

今日では、ほとんどのデルタオーナーがそのことを知っている。あと、そうそう、デルタのエレクトリカルデバイスは耐久性が悪いのが悩み。イタリアでは、それは問題ではない。サビだって大した問題ではない。小さなものだけだ。「デルタ インテグラーレ」には、フロントガラスのフレームやルーフの端など、要注意の典型的なスポットがある。時にはホイールアーチやドアの下側のエッジにもある。

ジョルジェット ジウジアーロが手がけたデルタの角張ったデザインは画期的なものだった。

デルタの歴史

1979年のフランクフルトモーターショー(IAA)で、ランチアは真新しいデルタをレースに送り出した。ジョルジェット ジウジアーロによって描かれた角張ったシートメタルの下には、「フィアット リトモ」の技術とは別のランチアスピリットが息づいており、「デルタ」は「1980年カーオブザイヤー」に選ばれた。1982年には「GT(1.6リッター、105馬力)」が登場し、その1年後には「HFターボ(1.6リッター、131馬力)が発売された。1985年には、デルタS4(限定生産200台)がグループBラリーカーのベースとなるなど、最初のセンセーショナルな出来事があった。1986年には、インテグラーレシリーズの始まりを告げる「デルタHF 4WD(2.0リッター、165馬力)」が登場したが、その時点ではその後のような過激さはなかった。

名前そのものが初めて登場するのは、1987年のデルタ「HFインテグラーレ(185馬力)」である。2年後には「デルタHFインテグラーレ16V(200馬力)」が登場し、1991年に新たなる大きなステップを踏む。1991年に、全面的に改良された「デルタHFインテグラーレ・エボルツィオーネ(デルトーン、ビッグデルタとも呼ばれる)」で、第2期がスタートする。ドイツでは、このモデルには触媒コンバーター付きの8Vと、要望に応じて触媒コンバーターなしの16Vが用意されていた。1993年には触媒コンバーター付きの「16V」が登場。1994年に生産が終了して以来、現在に至るまでカルト的な人気を誇る。

ランチアは、1979年に、ジャーマンゴルフの対抗馬として、イタリアンゴルフのデルタシリーズを発表した。この類似性は偶然の産物ではない。「デルタ」のデザイナーであるジウジアーロは、「ゴルフI」もデザインしていたのだから。
1986年、ランチアは「デルタHF 4WD」を発表し、デルタ初のフルタイム4WDをレースに送り出した。この時すでに、話題の2リッターターボエンジン(165馬力)を搭載していた。
1985年、世界ラリー選手権にはまだワイルドな「グループB」が存在していた。ランチアは、「デルタS4」というレーシングモデルを用意しラリーへ参戦した。アバルトと共同開発したこのモンスターは、製造段階に応じてスーパーチャージャーとターボチャージャーを併用することで、480馬力から600馬力(!)というとてつもない出力を発揮した。
Photo: Hersteller
傾いた横向きの16バルブ4気筒は、特徴的な形状のボンネットに収まっている。

テクニカルデータ: ランチア デルタ インテグラーレ エボ16Vマルティーニ6:
● エンジン: 直列4気筒、ターボ、フロント横置き、2個のオーバーヘッドカムシャフト、タイミングベルト駆動、シリンダーあたり4バルブ、インテークマニホールドインジェクション ● 排気量: 1995cc ● 最高出力: 210PS@5750rpm ● 最大トルク: 298Nm@3500rpm ● 駆動方式: ビスコ製クラッチ付き永久全輪駆動、5速MT ● 足回り: リアにトルセンデフ – ウィッシュボーンとマクファーソンストラットによる前後独立懸架 ● タイヤ: 205/50R15 ● ホイールベース: 2480mm ● 全長x全幅x全高: 3900x1770x1365mm ● 車両重量: 1300kg ● 0-100km/h加速: 5.7秒 ● 最高速度: 220km/h ● 平均燃費: 5km/ℓ – 新車価格(1992年当時):66,000マルク(約450万円)

プラス/マイナス

最大のプラス要素: 信じられないほどのドライビングプレジャー。
最大のマイナス要素: 信じられないほどのドライビングプレジャー。
典型的な痘痕も靨。繰り返すが、これほどまでに速く走れて、これほどまでに笑顔になれるクルマは他にない。 しかし、デルタ インテグラーレは低速ではむしろ刺激が少なく、理性に退屈で応えるという、典型的なスーパースポーツカーの姿勢を見せる。また、チューンドカーやモータースポーツで活躍した車は、オーナーを大いに楽しませてくれる。だが、カジュアルなユーザーにとっては、手に負えないほどのリスクを抱えているのだ。

ランチアは、1950年代からモータースポーツイベントのマスコットとしてジャンピングエレファントを使用している。

市場の状況

一般的な価格水準は高いが、少なくともここ数年の間にさらに高騰している。一段と人気が高まり、走行距離が少なく、歴史のある「インテグラーレ」が次々と市場に出てきている。クラシックカーマーケットの専門家は、「価格が適切であれば、すぐに買い手が見つかる」と断言し、次のようにアドバイスする。「長く販売されている車は、高すぎるか、欠陥があるかのどちらかです」。偽物のスペシャルモデルに警告しながら、彼らはこうも語る。「バーゲンの時代は間違いなく終わった」。

おすすめポイント

「デルタ インテグラーレ」は、まだ大規模なレストアが行われた個体は少ない。しかし、オリジナルの車を手に入れるためには、根気よく探すことが大切だ。日常的に運転をして楽しみたいのであれば、しっかりと整備されたEvoモデルを選ぶことをお薦めする。コレクターの人々は、数あるスペシャルモデルの中から、完成度が高く、ヒストリーが確認できるものを選ぶべき。
しかしいずれも、もはや価格は驚くほど高くなり、新車価格の2倍を付けるものも出てきている。

「ランチア デルタ」のような自動車はもう二度と出てこないだろう。イタリア人以外の誰が、ラリーに参戦するような高性能車にミッソーニの内装を与え、世に送り出すことを考えるのだろう。「ランチア テーマ8.32」もそうだし、「カレイドス」という100種類ものボディカラー(と多くの魅力的な内装の組みあわせパターン)を用意した初期の「ランチア イプシロン」などなど、この時代のランチアというのはイタリア車を、そして世の中を愉しませる自動車を多く発表し、なんとも魅了的な自動車だった。そしてこの「ランチア デルタ」に関しては、日本導入に尽力したガレージ伊太利亜の存在が大きく貢献していることも事実である。ガレージ伊太利亜がなければ日本における「デルタ」人気は実現しなかったであろう。

そんなランチアが現在なんとも寂しい状況なのは、残念でならない。ランチアというブランドそのものにもなんとか継続してほしいし、「デルタ」ほどの高性能で運転して楽しい自動車までは望まないが、ちょっとしたクーペや新時代のシティコミューターがランチアのブランドとして発表されたら…。ついそんな夢想をしてしまう。そういうモデルにこそ新しいハイブリッドシステムやハイテク電子デバイスが搭載されたり、新型「フィアット500」のようなEVであったりしても、イタリアの上流階級の証として高価格で販売するという方向で生き残ることだって考えられよう。品があり高貴なブランドとしてのランチアがどうかこれからも生き残りますように。本当にイタリアらしい高級車は、マセラティでもフェラーリではなく、ランチアなのだから。

Text: Thomas Wirth
加筆: 大林晃平
Photo: Angelika Emmerling