1. ホーム
  2. このクルマなんぼするの?
  3. 【このセナのNSXなんぼ?】多くの人にはただの旧いホンダでも、F1ファンにとってはまさに宝物だ!アイルトン セナのホンダNSXがオークションに!

【このセナのNSXなんぼ?】多くの人にはただの旧いホンダでも、F1ファンにとってはまさに宝物だ!アイルトン セナのホンダNSXがオークションに!

2026年9月26日

アイルトン セナ(Ayrton Senna)のホンダNSXがオークションに出品される!100万ユーロ(約1億9千万円)近くで取引される「旧いホンダ」。他の誰かにとってはただの旧いホンダでも、F1ファンにとってそれは聖遺物のような存在だ!アイルトン セナがプライベートで愛用していた赤いNSXが、いま再び姿を現す。

ジーンズとシャツ姿のセナが、手に庭用ホースを持ち、目の前には一台の赤いホンダNSXが停まっている・・・。自動車コレクターなら誰もが息をのむような、そんなワンシーンがある。豪華なガレージも、マイクロファイバークロスを手にした専属メカニックもいない。F1で3度の世界輝く絶対王者が、ただ淡々と自分の愛車を洗っているだけの光景だ。

それから35年以上の歳月が流れた今、このNSXにはもう少し慎重に接したほうがいいかもしれない。RMサザビーズが、10月31日にロンドンでこの赤いNSXを競売にかけるにあたり、専門家たちは50万~80万ポンド(およそ1億1千万~1億7,600万円)という予想落札価格を掲げているからだ。

旧いホンダ車としては破格の大金だが、そこには揺るぎない理由がある。ガーデンホースを手にしていたこの伝説のF1レーサーは、広告用の撮影でポーズをとっていたわけではない。彼はこの車を文字通り足として使い倒していた。買い物に出かけ、仕事へと向かい、1991年にはまさにこのNSXに乗り込んでエストリルでのポルトガルグランプリへと乗り付けている。サーキットに到着したセナは赤いホンダNSXから、赤と白のマクラーレン・ホンダ MP4/6へと乗り換え、F1マシンを3番グリッドに並べ、決勝では2位表彰台を獲得した。

ホンダがセナに贈った「日常」のひとコマ

当時、セナとホンダの絆は、マクラーレンのリアに搭載されたパワーユニットという枠をはるかに超越していた。ホンダのエンジンを武器に、このブラジル人天才ドライバーはすでに2度のワールドチャンピオンに輝き、1991年も3度目のタイトルへ向けてひた走っていた。そして日本のメーカーは、その圧倒的な貢献に対する感謝を、単なる社交辞令で済ませるようなことはしなかった。ホンダはスーパースターのために、私用として3台のNSXを提供したのだ。

アイルトン セナは1991年、ポルトガルGPの行われるエストリルサーキットに、このホンダNSXに乗ってやってきた。

そのうち2台は黒。そして3台目が、黒いルーフをまとった「フォーミュラ レッド」の一台であり、シャーシ番号は「T000233」だった。

ポルトガルホンダ(Honda Automobile de Portugal)が輸入を手がけ、1991年3月22日に、「SX-25-59」のナンバープレートが交付された。NSXはリスボンに保管され、セナがポルトガルを訪れるたびに彼の元へと引き渡された。アルガルヴェ地方のキンタ ド ラーゴに邸宅を構えていた彼にとって、ポルトガルへの逗留は日常の一部だったのだ。

もっとも、彼は自分の愛車を博物館の展示品のように大切に保管するつもりなど毛頭なかったらしい。ドキュメンタリー映画、『Ayrton Senna: Racing Is in My Blood』のワンシーンでは、セナがクラッチをあえて滑らせ、後輪から白煙を豪快に立ち上らせている姿が残されている。現代であれば、これほどの歴史的価値を持つ個体に飛び石傷がついただけでコレクターたちは大パニックを起こすだろう。しかし当時は、あくまで「走る歓び」を味わうためのスポーツカーに過ぎなかったのだ。

すべてのNSXに宿る、セナの魂

「ホンダNSX」が、今日に至るまでセナと最も強く結びつく市販車であり続けるのには、もうひとつの決定的な理由がある。彼はただステアリングを握っていただけではない。その開発と熟成のプロセスに深く関与していたのだ。

開発陣は、F1の頂点に君臨するセナをテストドライバーとして起用した。彼は新しいミッドシップスポーツカーを限界領域まで追い込み、その走行挙動についてエンジニアたちへ容赦のないフィードバックを与えた。とりわけボディ剛性に関しては「まだ改善の余地がある」と指摘し、ホンダはその言葉に真摯に耳を傾けて仕様をブラッシュアップした。だからこそ、初期型NSXのすべてには、セナの魂がわずかなりとも宿っているのだ。

アイルトン セナが自らホンダNSXを洗車している希少な画像。今日、まさにこの車が最大80万ポンド(約1億7,600万円)で取引されようとしている。

90年代初頭、この車は圧倒的な異彩を放っていた。信頼性の高い小型車や実用セダンで知られていたホンダが、突如としてフェラーリの牙城に迫り、スポーツカーの真髄を見せつけようとした。アルミ製モノコックボディ、ミッドシップに横置きされた高回転型V6エンジン、そして当時のイタリア製高級スポーツカーを古臭く見せつけるほどの圧倒的な日常の使い勝手。それはまさに革命だった。

シャシーナンバー: T000233。

中古車から「レリック(聖遺物)」へ

しかも、このNSXはもはやただの個体ではない。1994年、イモラでセナが悲劇的な事故に倒れた後、シャーシナンバー、「T000233」の「第二の人生」が幕を開けた。

ポルトガルの公文書によれば、1995年2月にリスボンの「Laboa Etablissement」で登録され、その後はホンダ正規ディーラー「ニポモーター(Nipomotor)」の管理下に置かれた。2009年にはファロのオーナーの手に渡り、2013年にロバート マクファガン(Robert McFagan)の所有となってイギリスへと渡る。2016年には英国での公道登録が完了した。

2019年、その旅は運命の地、イモラへと回帰する。セナの事故から25年、彼の愛車だったNSXは、その名と永遠に結びついているサーキットへと戻ってきた。2024年には日本へと一時帰国を果たし、そして今、再びヨーロッパの舞台へと舞い戻る。

旧いホンダに80万ポンド(約1億7,600万円)近くの価格が・・・

残された問いはひとつ。10月31日、コレクターたちはこのNSXにどれほどの「セナ プレミアム」を支払うのか。RMサザビーズが予測する最大80万ポンド(約1億7,600万円)という数字の先に待っているのは、1991年製の赤いホンダNSXだ。後継モデルたちがとっくにクラシックカーの仲間入りを果たし、隣に並ぶであろうピカピカの高級車たちほど「完璧」ではないかもしれない車。

だが、このNSXにとって「完璧すぎないこと」こそが最大の勲章なのだ。過去の生活が刻んだ小さな傷跡こそが、アイルトン セナという伝説の男が確かにこの車と時間を共にした証だからだ。かつて彼はジーンズとシャツ姿で家の前に立ち、庭用ホースの蛇口をひねって、愛おしそうに自分のホンダを洗い流していた – その記憶のすべてを乗せて。

フォトギャラリー: アイルトン セナのホンダNSX

Text: Bianca Garloff
Photo: RM Sotheby’s