1. ホーム
  2. 面白ネタ&ストーリー
  3. 「マイバッハ 62 S ランドレー」試乗記 生産ライン撤去後に完成した「最後のマイバッハ」をめぐる信じられないような物語

「マイバッハ 62 S ランドレー」試乗記 生産ライン撤去後に完成した「最後のマイバッハ」をめぐる信じられないような物語

2026年9月19日

すでに生産ラインが撤去されていたにもかかわらず、この唯一無二のマイバッハ 62 Sランドレーは完成にこぎ着けた。「最後の真のマイバッハ」にまつわる驚くべき物語を紹介する。

本来、このマイバッハは存在しないはずだった。しかし現在、メルセデスのスペシャリストであるメカトロニック(Mechatronik)が、唯一無二の「マイバッハ 62 S ランドレー(Maybach 62 S Landaulet)」を販売している。これは、最後に製造されたマイバッハにまつわる驚くべき物語である。

おそらく最も特別なマイバッハを詳しく見ていく前に、まずはその復活の歴史を振り返ってみよう。2002年、メルセデスは、世界で最も豪華、ひいては最も高価なリムジンを製造するという野心的な目標を掲げ、伝説的なブランドを復活させた。「57」と「62」の開発には、約10億ユーロ(約1,850億円)が投じられたといわれている。

マイバッハプロジェクトは失敗に終わった

計画では、年間1,000~1,500台を販売する予定だった。だが、この野心的な試みは見事なまでの失敗に終わった。結局、2002年から2012年までに製造・販売された車両は、3,500台にも満たなかった。

最大の問題は明らかだった。Sクラス(W220)によく似た外観を持ち、しかもベースは先代のSクラスであるW140という高級セダンに、約40万ユーロ(約7,400万円、マイバッハ57)や46万ユーロ(約8,510万円、マイバッハ62)を支払おうとする顧客はほとんどいなかったのである。より高性能なSモデルや、ツェッペリン(Zeppelin)、ランドレー(Landaulet)といった特別仕様車も、この状況を変えることはできなかった。

生産は予定より早く終了

当初、生産は2014年モデルに合わせて2013年末に終了する予定だった。しかし受注が振るわず、責任者たちはマイバッハという壮大なプロジェクトを1年前倒しで終えることを決定した。

ところが、これによって予想外の問題が発生した。当時マイバッハ最大の顧客だった人物が、2012年9月14日金曜日、極めて特別な車両を注文していたからである。スイス人のその顧客は、ひとつの時代を締めくくる車として、右ハンドル仕様の「マイバッハ 62 Sランドレー」を希望した。

ランドレーは顧客からの特別注文でのみ製造

その背景を説明しよう。伝説的な「メルセデス・ベンツ 600 プルマン ランドレー」にならい、マイバッハは2008年から62 Sにランドレー仕様を設定していた。

価格が100万ユーロ(約1億8,500万円)を超えるこの特別なセミオープンモデルは、顧客から明確な注文があった場合にのみ製造された。生産された「マイバッハ 62 Sランドレー」は合計わずか22台とみられ、そのうちフェイスリフト後のモデルは4台しか存在しない。

ここには何ひとつ不足がない。装備リストは、もはや常識の範囲を超えるほど長い。

さまざまな資料では、生産台数を21台とする記述も多い。なぜなら、ここで紹介する車両がカウントされていないからだ。この特別なランドレーの注文が入った時点では、車両がまだ完成していないにもかかわらず、生産ラインの撤去作業がすでに始まっていた。

そこで採られたのが、実に現実的な解決策だった。隣で生産ラインの解体が進むなか、専用に設けられた作業スペースで、このマイバッハを手作業によって完成させたのである。

最後に製造されたマイバッハは2013年に納車

そして2013年2月18日月曜日、ついにその日が訪れた。最後に製造された「真のマイバッハ」が、オーナーのもとへ納車されたのである。

ただし、この唯一無二の車両が実際に走らされることはなかった。オーナーのプライベートコレクションに展示されただけで、その後2021年にメカトロニックを通じて日本へ販売された。

走行距離はわずか2,300km弱

それから5年、走行距離わずか2,300km弱で、さまざまな意味で唯一無二のランドレーは再びメカトロニックへ戻ってきた。「マイバッハ 62 S」をじっくり観察するには、まさに絶好の機会である。

重要なのは長さだ。全長6.17mのマイバッハ62 Sは、現行メルセデス・マイバッハS 680よりも実に69cm長い。

この車をひと言で表現するなら、「退廃的」という言葉がふさわしい。全長は巨大な6.17m、ホイールベースも3.83mに達する。しかし、このマイバッハを特別な存在にしているのは、細部に宿る数々のディテールである。

唯一無二の特別装備

フロントフェンダーに設けられた旗竿ホルダーや、ツェッペリン用の左右分割式エキゾーストパイプといったディテールは、よく観察しなければ気づかない。

クロームグリルの背後には、顧客からの明確な要望によって取り付けられた青色灯も隠されている。さらに、工場出荷時に施されたエンジンのパワーアップも外観からは確認できない。このランドレーが搭載する6.0リッターV12ツインターボエンジン(M275)は、標準仕様の612馬力ではなく630馬力を発生する。

威信を象徴するエンジン。すべてのマイバッハと同様、この唯一無二の車両も当然ながらV12エンジンを搭載する。この個体では、工場出荷時に最高出力が612馬力から630馬力へ引き上げられた。

唯一の右ハンドル仕様ランドレー

最大の特徴は、何といっても右ハンドルである。スイスで過ごした後、この車が日本へ販売された理由もそこにある。

初代オーナーは、この車が唯一の右ハンドル仕様「マイバッハ 62 Sランドレー」であることを証明するため、エンジンルーム内のラジエーターサポートに「One & only RHD」と刻まれたプレートを取り付けさせた。

ここで、購入を考えている人にアドバイスしておこう。「マイバッハ 62 Sランドレー」を購入するなら、ショーファーの身長はできれば1.80m未満が望ましい。固定式のサイドウォールがあるため、身長1.83mの私には運転席がすでに窮屈だからだ。

前席のスペースが限られていることを除けば、このマイバッハの素材選びと組み立て品質は見事であり、今日の多くの車ではなかなか味わえないレベルに達している。

とはいえ、もちろん本当の特等席は後部座席だ。というわけで、私もDJキャレドになった気分を味わってみることにしよう。巨大なドアを開けると、これ以上ないほど退廃的なインテリアが姿を現す。ランドレーを象徴するボディカラー「アンティグアホワイト(Antigua White)」に合わせ、室内は上品なベージュで彩られている。

唯一無二。初代オーナーは、右ハンドル仕様のマイバッハ 62 Sランドレーが、この1台だけの存在となるよう念を押した。

装備リストはあまりにも長い

マイバッハが充実した装備を誇るのは当然だが、この個体には本当に何ひとつ不足がない。

銀製のシャンパングラス?もちろんある。冷蔵庫?ある。追加の銀製カップ?ある。2つのモニターを備えたDVDプレーヤー?当然だ。高級なペーパーウェイトのように見える格納式バニティミラー?それもある。

もうおわかりだろう。このリストはいくらでも続けられるが、さすがにきりがない。この個体だけの特別装備として、ダッシュボードには3つ目のモニターも追加されており、前席の間に設置されたカメラと接続されている。

しかし、この「ランドレー」をほかのすべてのマイバッハと決定的に異なる存在にしているのは、唯一無二の開放感だ。巨大なファブリックルーフは電動で開閉し、後部座席の後方へ格納される。

すっきりとした美しい外観に仕上げるため、マイバッハのロゴが入った複数分割式のレザートノカバーも装着できる。ただし、これは間違いなくショーファーに任せるべき作業だ。遮光カーテンを閉めれば、青空の下にいながら最大限のプライバシーが確保される。

比類なき空間。カーテンを閉めれば、後席の乗員は青空の下で最大限のプライバシーを享受できる。

世界に1台のマイバッハ、その価格は?

もちろん、この唯一無二の空間には相応の価格が付けられている。メカトロニックが提示する価格は、税込み232万500ユーロ(約4億2,929万円)だ。

残念ながら、DJキャレド(DJ Khaled)はすでにランドレーを所有している。

結論:
ランドレー仕様のマイバッハは、その退廃的な豪華さにおいて並ぶものがない。この個体が唯一の右ハンドル仕様であることは、とりわけコレクターの関心を引くだろう。価格は途方もなく高く思えるかもしれないが、ほかの数少ないランドレーも決して安くはない。

Text: Jan Götze
Photo: Jan Götze / AUTO BILD