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【希少なVWバス】VW T1 アウヴェルター カールクス:希少車のレストア 狂気のラグジュアリーVWバス

2026年10月13日

希少なVWバス、思いがけない発見、そして驚異的なレストア―高級仕様のVW T1「アウヴェルター カールクス(Auwärter Carlux)」を巡る、全3幕のドラマである!

ただいま劇場で上演中なのは、風変わりな1台のバスを巡る感動の物語だ。そのバスは誰もが笑顔になる喜びをもたらした後、一度は命を落とし、奇跡的に救い出された。出演者はバスをこよなく愛する7人ほどの男たち、そして鮮やかな色をまとったバスそのものである。

まるで『白雪姫』のような物語であり、見た目も少しそれを思わせる。舞台装置として登場するのは、丘陵地帯、草木に覆われた自動車の墓場、ワークショップ、そして古い織物工場だ。

舞台セット:レストアを担当したウォルター・イェリネク(左)とオーナーのシュテフェン・ハーン。2人の前にあるのは、アウヴェルター製の特製ボディを架装した1959年製VW T1「カールクス」だ。ロイトリンゲン近郊ミッテルシュタットの「アルテ・ヴェーベライ(旧織物工場)」で披露された。現存が確認されているカールクスは3台である。
Photo:Bernd Hanselmann/AUTO BILD

VW T1 アウヴェルター カールクスはいかにして誕生したのか

第1幕。1959年頃、スイスのザンクト・ガレン。バスツアーを運営するシュプレンガー社は、狭い山道を走れるだけのコンパクトな車幅を備えたパノラマバスを探していた――口伝によれば、そういうことになっている。

VW T1 カールクスに関する最古の資料は、1950年代後半にアウヴェルターが描いた図面である。
Photo:Auwärter

ある日、シュトゥットガルト・メーリンゲンにあったエルンスト・アウヴェルター車体・車両製造有限会社に、まさにその条件を満たすVW T1の寸法図が届いた。そこには「VW Luxus-Car(VWラグジュアリーカー)」と記され、アウヴェルターとシュプレンガーの名が記載されていた。

このT1 アウヴェルター カールクスは、当初スイスの旅行会社フリュッキンガーで使用されていた。
Photo:private

アウヴェルターは、この「ラグジュアリーカー」を数台製作。「カールクス」と名づけ、シュプレンガーをはじめとする複数のバス会社に販売した。最大9人を乗せ、34馬力のエンジンで各地を走ったのである。

カールクスは全部で何台製造されたのか?正確な台数はわかっていない。写真で存在を確認できるのは5~6台だ。左上の1台は、おそらくティティゼー=ノイシュタットのフォルツ社が購入したもの。ベルンのディスリ社向けに製作された車両(左下)は、現在ブルーに塗装されている(右上)。そのほか、カルフからマルクスツェルを経てイェリネクのもとへ渡った1台、車内だけが撮影された1台、そして今回レストアされた車両が存在する。映画『ハインチェ―心は旅に出る』(右下)に登場した車両も、このうちの1台だったのだろうか?エルンスト・アウヴェルター本人は、24台が製造されたと語っていた。
Photo:private/Allianz Filmproduktion/Terra Filmkunst/The Bug Box

T1 アウヴェルター カールクスはどこで再発見されたのか

第2幕。2009年、スイスのカウフドルフにあったフランツ・メッサーリの自動車墓場。そこでは1,000台を超えるクラシックカーが朽ち果てようとしていた。その中に、1台のVW T1 アウヴェルター カールクスがあった。

かつてエンジントラブルによってここへ運び込まれた車両は、窓を失い、床下は錆び、屋根は倒木によって押し潰されていた。そして自治体は、この敷地を完全に撤去すると通告していた。

2008年、AUTO BILD KLASSIKの同僚ミヒャエル・シュトルーヴェが、スイスのメッサーリ自動車墓場にあったカールクスを撮影した。屋根の上には木が倒れかかっていた。
Photo:Michael Struve/AUTO BILD KLASSIK

ここで、旧いVWのスペシャリストであるペーター・フリートが登場する。彼はT1の残骸を購入し、保管した。

発見時のT1 カールクスについて、ウォルター・イェリネクは「車内には、ほとんどすべての部品が残っていました。ただし、すべて壊れていました」と語る。
Photo:Michael Struve / AUTO BILD KLASSIK

続いて登場するのが、フリートの友人ウォルター・イェリネクだ。彼もまたカールクスを所有している。2009年に発見したブルーのVWバスで、遊び心から車高を低くしている。彼はVW T1に精通し、これまでに数十台をレストアしてきた。

そして、クラシックカー愛好家であり、イェリネクの顧客でもあるシュテフェン・ハーンが登場する。

「イェリネクさん、そこにあるのは何ですか?」

カールクスの話を耳にしたハーンは、たちまち強い関心を示した。

レストア中のVW T1 アウヴェルター カールクス。修正されたオリジナルのルーフフレームが、ドナーとなったT1の裸のシャシーに載せられている。
Photo:Walter Jelinek

「私の最大の長所は、粘り強さです」と、イェリネクは穏やかに語る。「私は強引に迫るタイプではありません。ただ、定期的に何度でも尋ねることはできます」

レストア全体の成否を左右したのは、ルーフの採光窓を再現できるかどうかだった。製作を担当したのはプレキシヴァイス社である。
Photo:Walter Jelinek

そしてある日、プレキシヴァイスから「製作可能」との返事が届いた。同社でスペシャルプロジェクト部門を率いるエルヴィン・ジーゲンターラーは、次のように説明する。

「彼が持っていた古い窓一式をスキャンし、ガラス繊維強化プラスチック製の型を製作しました」

素材には、ダルムシュタットのレーム社から購入した厚さ5mmのブルーに着色されたアクリルガラス板を使用した。

「150~170度に加熱し、ストレッチフォーミング製法によって型の上で成形しました」

なぜ1台のVW T1が犠牲になったのか

車体上部は比較的良好な状態で残っていたが、下半分は壊滅的だった。ボディを構成していたのは、わずかに残った塗料と茶色い酸化鉄の粒子だけである。どうすればいいのか? ドナー車を探すしかなかった。

イェリネクは、同年式の量産型T1を発見した。アメリカ・ニューメキシコ州の乾燥した環境で保管されていた車両である。

「比較的状態がよく、オリジナル塗装も残っていました。それを完全に分解したのです。今だったら、私は殺されてしまうでしょうね」

シュテフェン・ハーンは、その決断を支持する。

「やるからには、徹底的にやろう」

彼は今、そう語っている。

アウヴェルター独自の装備である、自動的に旋回して出てくるステップの機構も再現された。
Photo:Walter Jelinek

通常のT1が2分割式のサイドドアを備えるのに対し、アウヴェルター カールクスには1枚の大型スイングドアが装備されている。イェリネクの板金職人たちはこれを再現し、その後方に位置するサイドパネルは、イギリスの板金部品メーカー、オートクラフト エンジニアリングが製作した。荷室と運転席のフロアも新たに作り直されている。

それ以外の部分は、1961年にハノーファーで製造されたクラシックカー、すなわちドナーとなったT1から移植された。

「したがって、構造的には正真正銘のVWであり、寄せ集めではありません」とイェリネクは語る。

板金作業だけで、実に3,000時間を要した。

アウヴェルター独自のルーフハッチは、一部をレストアして再使用することができた。
Photo:Walter Jelinek/Markus Luber

インテリアはどのように再現されたのか

キャラメルブラウンのインテリアから、イェリネクは、この車両が通称「マンゴーバス」だったに違いないと判断した。ボディ下部がマンゴーグリーン(L346)、上部がシーガルグレー(L347)という組み合わせである。

「したがって、内装パネルにはビスケットのような模様が必要でした。私たちは一種のワッフルメーカーを使って再現しました。これには相当な粘り強さが必要でした」

本革で覆われた2列目の折りたたみ式シート。ドアロックの跡が表面につかないよう、シートは奥まった位置に収められている。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

このクラシックカーのシートには、もともとビニールレザーが使用されていた。しかし、シュテフェン・ハーンは本革を希望した。そのため、イェリネクと仕事をするレーゲンスブルクの内装職人、マルクス・ミュールバウアーは本革でシートを仕立てた。

カーペットも、おそらく当時より豪華なものになっている。イェリネクは、アウヴェルターが本来装着していたのはラバーマットだったと推測している。アウヴェルターの破産後、すべての資料が失われたとみられるため、いくつかの箇所では推測をもとに作業を進めざるを得なかった。

スペアパーツ探しはどれほど困難だったのか

クロームメッキされたドアミラーはオリジナルではない。フリュッキンガー社の写真を見ると、当時は黒い長方形のミラーが装着されていたことがわかる。

一方、ワイパーについて、イェリネクは再び徹底したこだわりを見せた。

「VW T2b用の部品も使えます。同じものですから。しかし、それでは駄目なのです。これは確か、メルセデス190 SL用だったと思います。何カ月も部品交換会を探し回って、ようやく見つけました」

ゴム製のウェザーストリップも新たに製作された。崩れかけていたベークライト製のリアベンチレーションウインドウ用ノブは、「金属3Dプリンターを使って再現」した。

車内を水平に走る装飾モールは、「ポーランドの廃車置き場にあった1960年代のセトラ製バスから発見した」という。

ドア下部のステップ表面は、今もオリジナルのままである。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

「エンジンのマグネシウム製ケースは腐食して穴が開いていましたが、それでも全体のほぼ90%を再使用することができました」とイェリネクは報告する。

「唯一、悔しいのがトレーラーヒッチです」と彼は続ける。

「年代としては正しいものですが、ウェストファリア製なのです。本当はハーン製にしたいのですが、VW T1用はどこにも見つかりません。与えられた条件の中で、可能な限り完璧に仕上げることが私の目標です」

なぜアウヴェルター カールクスはこのカラーリングになったのか

ボディカラーを決める際には、依頼主の意向が再び必要になった。

シュテフェン・ハーンは次のように語る。

「このバスは、ハーン社から出てきた車両のように見せたかったのです。デザインを決めていく作業は刺激的でした。ダークブルーは当社のコーポレートカラーで、そこにアイボリーを組み合わせると完璧に調和します」

ピンストライプアーティストのニール・メリアードがロンドンから訪れ、安定した手さばきで車体にラインを描いた。
Photo:Walter Jelinek

イェリネクは、ロンドンから塗装界のレジェンド、ニール・メリアードを招いた。

イェリネクは振り返る。

「ニール、ペインターのクリス、同僚のマルクス、そして私は、最も美しく見えるデザインを探して2日間を費やしました。夜通しの作業では、大量のコーヒーと強い酒が必要でした。ハーン氏もWhatsAppを通じて参加していました」

太いブルーのストライプは塗装によるもの。一方、細いライン、ハーンのロゴ、文字はメリアードが手作業で描いた。

ブルーのストライプがベージュゴールドの手描きラインで縁取られているだけではない。スチールホイールにもピンストライプが施された。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

最終幕。2023年、ロイトリンゲン・ミッテルシュタットの旧織物工場。クラシックカーとヤングタイマーの整備・販売を手がけるハーン クラシックは、1876年に建てられたこの建物に拠点を移していた。

ここで、我々はVW T1 アウヴェルター カールクスを撮影した。車両は完全にレストアされ、走行可能であり、すべての機能が正常に作動する。

ハッピーエンドだ。これで幕を下ろすことができる。

カエルの視点のように低い位置から見上げると、カールクスの屋根がほぼ全面ガラスで構成されていることがわかる。標準仕様のサンババスですら、これにはかなわない。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

しかし、待ってほしい。まだ、もうひとつサプライズがある。

AUTO BILD KLASSIKの編集部審査員は、ウォルター・イェリネクとシュテフェン・ハーンに、2023年の「レストア・オブ・ザ・イヤー」として「ゴールデン クラシック」を授与した。

こうして最後の拍手までもが、このドラマの一部となった。幕!

レストアを終えたVW T1 アウヴェルター カールクスに、最後の拍手とカーテンコールが送られる。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

レストアラーと彼の会社

ウォルター・イェリネクほど独創性と完璧主義をもってレストアに取り組み、同時にこれほど華やかなカスタムカーを作り上げる人物は、ほかにほとんどいない。

ウォルター・イェリネクは、1994年からプロとして旧いVWのレストアを手がけている。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

17歳のとき、祖父から1979年製のVWビートルを譲り受け、バハ・バグのようなカスタムビートルに夢中になった。グラーフェンヴェーアに駐留していた米軍兵士から、アメリカのVW専門誌や、自動車部品・チューニング用品を扱うJCホイットニーのカタログをもらった。ドイツの『Street Mag』などの雑誌も、イェリネクの関心をさらにかき立てた。

1989~1990年には、借りた作業場で、廃車置き場から500マルクで手に入れた1965年製ビートルを再生した。

カスタムカーを作れば作るほど、その名はシーンに広まっていった。依頼が増えたことで、イェリネクは建築学の勉強を中断。1994年、ティルシェンロイト近郊のファルケンベルクで自身の会社を設立した。2001年には、オーバープファルツ地方のヴァイデンへ移転している。

「リンデンツリー」。イェリネクの会社「The Bug Box」は、1961年製T1を可能な限りオリジナルのまま残しながらチューニングした。ヨーロッパで最初期の「ラットロッド」の1台である。
Photo:Walter Jelinek

T1 サンバの製作過程を紹介したテレビ局Kabel Einsの番組(2009年)や、タミヤ「サンドスコーチャー」の実物大レプリカ(2010年)によって、彼の会社「The Bug Box」は広く知られるようになった。

タミヤ サンドスコーチャー。ラジコンカーを1分の1スケールで再現した実物大レプリカだ。
Photo:Walter Jelinek Archive

2016年、イェリネクは会社の規模を縮小し、南フランスへ移住した。自ら作業する代わりに、自動車の売買、レストアプロジェクトやコレクションの管理に集中するようになった。

しかし2020年、彼はヴァイデンへ戻った。現在は外部のスペシャリストたちの協力を得ながら、個人コレクターのためにカールクスのような特別な車両をレストアしている。その作業については「auwaertercarlux.blogspot.com」で紹介している。

オーナーと彼の会社

レストアを依頼したシュテフェン・ハーンは、シュトゥットガルトとその周辺で36拠点の自動車販売店を展開するハーン グループを経営している。

ハーン グループの共同オーナー、シュテフェン・ハーンは4代目の経営者であり、VW T1 アウヴェルター カールクスの所有者である。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

シュテフェン・ハーンの曽祖父、エルンスト・ハーン(1882~1950年)は、ダイムラーで整備士としての訓練を受け、1919年にカンシュタットで「自動車修理工場」を設立した。その後、間もなく中古車販売も始めている。

エルンスト・ハーンが1919年に設立した自動車修理工場は、後のハーン グループへと発展した。
Photo:Hahn Group Archive

エルンスト・ハーンの息子フリッツ(1908~1961年)は、フェルディナント・ポルシェのもとで働いていた1932年、トーションバー式サスペンションを設計した。

1934年以降、父親の会社はポルシェの許可を得て、このサスペンションを採用したトレーラーを製造した。「エルンスト・ハーン自動車販売・車両製造」と名乗るようになった同社は、1934年から1938年までの間に売上高を12倍に伸ばした。

フリッツ・ハーン(右)は、フェルディナント・ポルシェ(左)の設計事務所で働いていた。
Photo:Hahn Group Archive

1948年、ハーンはドイツ国内で最初にフォルクスワーゲンの総代理店となった8社のうちの1社となり、1950年にはポルシェも取り扱うようになった。

フリッツ・ハーンの後は、妻のヘレーネ・ハーン(1909~1987年)、その息子オットー・ハーン(1945~2010年)が会社を引き継いだ。2008年にはシュテフェン・ハーンが代表社員に就任し、グループ全体の責任を担うことになった。この頃までに、同社はアウディ、セアト、シュコダも取り扱うようになっていた。

現在では、自動車やキャンピングカーのレンタル、保険サービスも提供している。従業員数は約1,800人、年間売上高は約8億5,000万ユーロ(約1,500億円)に達する。

最大9人の乗員が、周囲はもちろん、特に頭上に広がる壮観な眺めを楽しむことができる。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

VW T1 アウヴェルター カールクス:主要諸元
エンジン: 水平対向4気筒、リア縦置き、センターカムシャフト(平歯車駆動)、ソレックス28 PICTダウンドラフトキャブレター
排気量: 1,192cc
最高出力: 25kW(34馬力)/3,600rpm
最大トルク: 82.4Nm/2,000rpm
最高速度: 95km/h
駆動系: 4速MT、後輪駆動
ブレーキ: 前輪油圧ドラム式
タイヤ: 6.40×15
全長/全幅/全高: 4,220/1,750/2,050mm
車両重量: 1,200kg
当時の新車価格(1961年): 不明

エンジンルーム左側には、レストアされたエバースペッヒャー製ヒーターが収められている。
Photo:Bernd Hanselmann / AUTO BILD

次に完成する壮大なレストアは、いったいどのようなものになるのだろうか? feedback@autobild.deまで、ぜひ情報をお寄せいただきたい!

Text:Frank B. Meyer

編集部より
このVW T1 アウヴェルター カールクスは、単に希少なクラシックVWというだけではない。狭い山道を走るための小型パノラマバスという発想、アウヴェルターによる特殊な車体、そして最大9人が空を見上げながら旅を楽しめる開放的な室内――そのすべてが、1950年代末ならではの夢に満ちている。

レストアに3,000時間もの板金作業を費やし、採光窓から内装パネルの模様、小さなノブに至るまで再現した執念も圧倒的だ。一方、希少な同年式T1をドナーとして解体した判断については、クラシックカー愛好家の間で意見が分かれるかもしれない。それでも、朽ち果てる寸前だったカールクスが再び走り出し、その唯一無二の姿を後世に残せるようになったことは、大きな意味を持つ。

自動車のレストアとは、きれいに修復するだけの作業ではない。失われた歴史を調べ、職人の技術と情熱によって、1台の物語そのものを現代へよみがえらせる仕事なのである。アウトビルトジャパン(Auto Bild Japan)