日本のクラッシックカー コンクールの最高峰!「コンコルソ デレガンツァ ジャパン2026」ボランティア応援記(その1)
2026年4月30日
2026年4月11日(土)と12日(日)の2日間、奈良県奈良市の世界遺産「薬師寺」で開催された「コンコルソ デレガンツァ ジャパン2026」に、CCCJ(THE CLASSIC CAR CLUB OF JAPAN)のボランティアスタッフとして、またエントリーした友人の応援も兼ねて参加してきたので、3回に分けて報告する。今回は(その1)として1日目である。
コンコルソ デレガンツァ ジャパンとは
世界最高峰のクラッシックカーコンクールには、1950年から始まり毎年8月に米国カリフォルニア州のゴルフ場「ペブルビーチ」の18番ホールのフェアウエイで開催される「ペブルビーチ・コンコース・デレガンス」と、1929年から始まり毎年5月にイタリアのコモ湖畔にある高級ホテル「ヴィラ・デステ」で開催される「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」があるが、「コンコルソ デレガンツァ ジャパン」は日本において欧米の最高峰の格式を目指したコンクールである。
日本の本格的なクラッシックカーのコンクールは、2016年から2019年まで京都の世界遺産「二条城」で開催された「コンコルソ デレガンツァ 京都」から始まる。自動車を文化として扱い、日本の伝統的な建築物・庭園との融合や日本独自の「協調」を狙ったイベントであったが、コロナ禍による中断により、6年振りに奈良の世界遺産「薬師寺」に会場を移し2025年に復活。薬師寺ではより国際的なイベントを目指し、特に今年は審査員の大半が外国人で正に世界最高峰を目指したコンクールと言える。
1日目(4月10日(金))出展車両搬入と車検
開催前日の4月10日(金)は、CCCJのボランティアスタッフとして午前中から、受け入れ駐車場の薬師寺南駐車場で出展車両の駐車の誘導を担当。朝からあいにくの雨だったが、朝10時の車両搬入開始に合わせて、薬師寺南駐車場には出展車両を乗せた大小のトランスポーターが続々到着し、クルマを降ろし始める。

今回の出展車両は69台で10のクラスに分類されていた。約半数はトランスポーターの積車で運ばれてきたようだ。言うまでもなく、全ての出展車両は大変貴重なクルマばかりだが、積車の運転手は皆、手慣れた様子でリフトを使い1台1台手際よく降ろしてゆく。積車から降ろした後、ほとんどのクルマは積車の運転手が自走で所定の駐車スペースに移動させるのだが、スポーツカーやレーシングカーのエンジンが掛かり「勇ましい」排気音が聞こえ始めると、そちらの方に視線や身体が引き寄せられてしまい、とても楽しい時間である。あいにくの雨だったので多くの出展車両にはカーカバーが掛けられ、タイミングを見ながら駐車場の隅に設置されたテントの中で車検を受け、また所定の駐車位置に車両が停められていく。


お昼頃2台の出展車両を乗せたグレーのトランスポーターが到着。荷台が開くと上のフロアには1961年ロータスエリートが、下のフロアに1992年IMSA GTP車両のマツダRX-792Pが現れ、たちまち周辺には10人以上の人集りが。よく見るとマツダRX-792Pの前後左右のタイヤとトラックの荷台スペースの間にはそれぞれ2〜3cmの余裕しか無く、まさにギリギリの搭載であった。マツダRX-792Pを下ろす時に、私も含めCCCJスタッフ2名と他の出展車両のオーナーが手伝いに加わった。とにかく最低地上高が数cm位しか無いので積車のスロープをいろんなサイズの枕木を組み合わせ、前後左右のタイヤの下に挟みながら少しずつクルマとタイヤを手で押しながら、左右数cmずつしかない余裕を確認しながら慎重に車両を下げていく。地上に下ろすまで20分は掛かったのではないか。次に指定の駐車枠まで皆でウイングを押しながら移動させたが、ステアリングの切れ角が通常のクルマのよりも大幅に小さいので多くの切り返しが必要であった。運転席に座ってステアリングを操作するトラックの運転手を見ていると、ステアリングが半端なく重い様子で、数回の切り返しだけで汗びっしょりになったのを見て、改めて普通のクルマでは無い事を認識。積車の運転手の方々にも感謝せずにはいられない瞬間であった。

本田宗一郎氏のロータス エリート
その直後、今度は上のフロアからロータス エリートが降ろされ、指定の駐車枠に誘導した時に、積車の運転手が私に話しかけてくれた。「このエリート、昔、本田宗一郎さんが乗っていたクルマですよ」、と。実は私は、ここ数年別件で日本でのロータス エリートの情報を入手していたので、積車の運転手にその情報をお伝えした。「当時日本に正規輸入されたロータス エリートは7台で6台が芙蓉貿易が輸入、最後の1台は東急商事が輸入しました。私の知人(大先輩)が昔芙蓉貿易の社員から直接聞いた話では、日本へのファーストロットは3台で、その内の1台が本田宗一郎のエリートで、そのクルマにはZF製のマニュアルトランスミッションが搭載されていました」と。私は目の前にその本田宗一郎氏のエリートが初めて現れたのが、この日一番の驚きであった。


レクサスLFAの動画撮影
丁度その後、友人のレクサスLFAが雨の中、東京からの自走で薬師寺南駐車場に入ってきた。早速、指定の駐車場枠に誘導し、久々に友人ご夫妻に挨拶させて頂いた。そのLFAは奥様のクルマなのだが、聞くと今回は奥様の名前でエントリーされたそうだ。ご夫妻と立ち話の後、LFAは車検のテントに向かうことになり、奥様が運転席に乗り込んだ。すると近くに居た若者4〜5人がLFAの後ろに集まってきて、よく見ると、皆な座りながらスマホをLFAのマフラーの出口に向けている。LFAのエンジンのクランキング音と初爆の「ブォン!」の音を動画で撮影している様だ。今回見ていた限り、市販車でマフラーにスマホを向けてエンジン音の動画を撮っていたクルマはLFAだけであった。みんな分かっている様で、唯のクルマ好きではなさそうだった。
土砂振りの雨
その後雨は降ったり止んだりしたが、午後3時頃突然雷が鳴り出し稲光が見えた直後、物凄い土砂降りの雨に。すぐに駐車場のアスファルトの上には数cmの水が溜まってしまい、長靴を履いて来なかったことを後悔したが時既に遅し・・・。そして突然西から突風も吹き出し、ちょっとした台風の様な天気に。天気予報は夕方まで1〜2mmの雨だったのでこの瞬間は残念ながら外れてしまった。丁度その悪天候の中、オープン状態で出展車両の1928年ランチャ ラムダが駐車場の入り口に滑り込んで来た。運転しているオーナーは帽子を被っているが完全に雨でずぶ濡れ状態だったので、急いで指定の駐車枠に誘導し、側にいた3〜4人と協力しずぶ濡れになりながら、速やかにカーカバーを掛けることができた。その直後、出展車両のカーカバーが強風で飛びそうなクルマも有ったので、数台のカーカバーを直しながら待機用のテントに逃げ込んだ。この日一番大変だった瞬間であった。

午後4時位になると天気が一変。雨が嘘のように止み、薄日も差してきたと同時に、あちらこちらで積車の運転手が出展車両の荷降ろしを再開。その後多くの車両が指定の駐車枠にほぼ並び終わった。この日の後半はあいにくの天気であったが、多くの貴重な車両を間近で見ることができ、時には迫力の排気音も聞くことができ、終わってみれば楽しい1日であった。この日のボランティア活動は18時過ぎに終了し、ボランティアスタッフ約10人と一緒に薬師寺南駐車場を後にした。
その2に続く。
フォトギャラリー:コンコルソ デレガンツァ ジャパン2026(1日目)







Text & photo: 有賀英雄

