【JAIA試乗会】ルノー・ルーテシア vs プジョー208 あの頃が帰ってきた!
2026年3月1日
今のクルマには味がない。そう嘆く人に乗ってほしい、しっかり味のある2台。
サム・アルトマンが、AIとアートについてこんな話をしていた。
「どんなに美しいアート作品でも、AIが単独で創ったものとわかったら、人々はそこに価値を認めません。しかしストーリーや情熱を持った人間が、優れたツールとしてAIを使って生み出した作品ならば、話は全く違うでしょう。背後に人間の存在がなければ、誰も作品のことなど気にかけないのです(編集部にて意訳)」
インド工科大学デリー校のYouTubeチャンネルにて、2026年2月20日に公開された動画からの引用である。サム・アルトマンが同校を訪問した際に、学生との質疑応答でAIとアートの関係についてコメントしたものだ。我々はアート作品そのものに価値を感じている訳ではなく、作品を通して見えてくる作り手のユニークな物語や深い情念に価値を見出していることを、AIアートが図らずも浮かび上がらせたのが現在の状況であろう。サム・アルトマンはそのことをよく理解しているのだ。
この話を聞いて、クルマも全く同じだと思った。
新興国のBEVが大きく販売台数を伸ばす一方で、我々クルマ好きの大半はそこに特段の興味を持てないでいる。人の心を打つ、ストーリーや情熱を持った作り手の存在をクルマの背後に感じないからだ。移動手段としては値段相応に便利な商品であっても、それはAIアートのように空虚な汎用品でしかない。
そんなクルマもどきが続々と増える現代において、ここで取り上げるルノー・ルーテシアとプジョー208のように、独自の個性を持つクルマは真に貴重な存在である。
この2台は、ルノーがルノーらしかった時代、プジョーがプジョーらしかったあの頃が帰ってきたと思える、嬉しい乗り味を持っている。時代が変わり、会社の経営形態も変わり、社員が世代交代しても、伝統の担い手となる人たちがルノーやプジョーに残っていることが伝わってきたのである。

ルノー:盤石の安定感
今回試乗したルーテシアは、2025年10月に日本に導入された「エスプリ アルピーヌ フルハイブリッド E-TECH」というグレード。1.6L 4気筒エンジンに駆動モーター、スターター&ジェネレーターを組み合わせ、低速域ではモーター、中速域ではモーターとエンジン、高速域ではエンジン主体で走る仕掛けになっている。燃費は25.4km/L(WLTCモード燃費)。2026年2月時点で、日本に正規輸入されるルーテシアはこのグレードのみである。
アルピーヌの名前が付いていることから、往年の名車サンク・アルピーヌを連想し、ルノー・スポールに代わる研ぎ澄まされたホットハッチではないかと期待してしまうが、このグレードについては、例えばVWゴルフGTIのような全方位に性能が高い優等生的な性格に仕上げられている。

そのような基本情報が頭に入っていたので、率直に言って、あまり期待をせずに走り始めたのであった。
だが、山坂道に入っていくつかのコーナーを回り、路面の荒れた箇所を駆け抜け、アップダウンをこなすと、ものの数分でルーテシアに全幅の信頼を寄せている自分に気がついた。フロアの剛性感が比較的高く、挙動が穏やかかつ一貫性があり、そしてタイヤの接地感が伝わってくる。全長4m、全幅1.7mのBセグメントのハッチバックなのに、貧弱な安物感はなく、盤石の安定感と懐の深さを感じさせる骨太な乗り味である。日本では法が許さないが、欧州の郊外の一般道を高いスピードを維持したまま一気に走り抜けるような使い方で真価を発揮するクルマだと思った。
ドイツ車と異なるのは、サスペンションが硬い訳ではないのに、速度を上げても不思議と安定感があることだ。快適性と安定性を高い水準で両立させた、実にルノーらしい乗り味である。それがわかると運転が楽しくて仕方なく、このクルマでぜひ遠出をしてみたいと願わずにいられなかった。

この日はルーテシアだけでなくアルカナにも試乗できたが、シャシーの味付けは同じ方向性であり、ルノーには他社にない独自の走りのフィーリングがあることを再確認した。設計者やテストドライバーが「ルノーらしい走りとはこういうものだ」という確固たるイメージを持ってクルマ作りをしていることの証明だろう。伝統のレシピはしっかり受け継がれているのだ。
399万円(税込)という価格は決して安くはないけれど、近頃のクルマには個性や味がないと嘆いて高価なネオクラシックカーに手を出す人が多いことを考えると、この価格も許容範囲ではないかと思った。ルーテシアは単なる実用車ではなく、趣味的な愛着を持って楽しめるクルマ好きの相棒である。

プジョー:駆け抜ける爽快感
さて、プジョー208GTハイブリッドである。
日本に導入される208のパワートレーンは大きく3種類に分けられる。すなわち、1.2L 直列3気筒ターボの標準車、1.2L 直列3気筒ターボにモーターを組み合わせたマイルドハイブリッド、そしてBEVの3種類である。今回の試乗車はマイルドハイブリッド。1230kgの車重は標準車より70kgほど重いが、15kW/51Nmのモーターの恩恵で、WLTCモード燃費で標準車の17.9km/Lに対して22.4km/Lと向上している。価格は399万円(税込)。

現行型208は日本への導入当初から高い評価を得てきたクルマだが、山坂道を走り始めてすぐに、前評判通りの素晴らしい出来栄えであることがわかった。
単に乗り心地がいいとか、ボディの剛性感が高いというだけでなく「いま自分はプジョーを運転しているんだ」と感じられるハンドリングが本当に気持ちいい。自然な手応えのステアリングをきると、しっとりロールをしつつ、軽やかに鼻先がインを向く。ロールをしつつも内輪の接地感が伝わってくるのがプジョー流の味付けである。コーナーが連続する道は幸せそのもの。208を運転したら、きっと誰もが笑顔になるだろう。
しなやかなサスペンションは、路面が荒れた箇所を何事もなかったように通過させてしまう。操縦性と乗り心地の双方に妥協がなく、運転がとにかく楽しい。思わず心を撃ち抜かれてしまうクルマである。

高い安定感を武器にどんどんペースを上げていけるルノー・ルーテシアに対して、軽快なハンドリングでコーナーを夢中で駆け抜けていけるプジョー208。この2台にはそんなキャラクターの違いがある。これは往年のルノーとプジョーの個性そのものである。ルノーと同様に、プジョーにも昔の味を引き継ぐ作り手がいるのだ。
かつてプジョー306を愛車にしていた筆者としては、ルノーに惹かれつつ、208に乗って、もう一度プジョーが欲しいという気持ちも出てきてしまい、この2台には甲乙つけがたい魅力があると思った。
ただし、シートだけはプジョーが明確に自分の好みだった。腰の上の部分を優しく包み込んでくれる208のシートは、数千万円の高級車も含めて、ここ数年に乗ったクルマの中でナンバーワンによかった。このシートに身を預けて、どこか遠くへ旅立ってみたいと思った。
笹目二朗さんのこと
プジョーでの遠出という文脈で、笹目二朗さんのことを思い出した。日産自動車でテストドライバーを務めた後に、自動車雑誌CG(カーグラフィック)の記者に転じ、多くのクルマのテスト記事を書いた笹目さんは、かつてレンタカーのプジョー207でイギリス本島の最南端から最北端まで旅をしていたのだ。
そのエピソードをまとめた本が「緑の英国・アイルランドのクルマ旅」(枻出版社・2008年)である。ページをめくると、奥様を助手席に乗せて走った1万キロの記録が笹目さんらしい静かな筆致で綴られている。一日に数百キロを走り、地元のスーパーで買った新鮮な食材で手作りしたサンドウィッチを食べ、走り疲れたら木陰にプジョーを停めて昼寝をし、日が暮れたら近くの街で宿を探してベッドに入る。宿が見つからないときは車中泊もする。そんな旅の記録である。あくせくと名所旧跡を巡るような観光旅行でなく、日常を暮らすように旅をするのが笹目さんご夫妻のスタイル。街から街へと走り、車窓の景色が変わるのを楽しむ。そんな自動車旅行である。

笹目さんのような自動車旅行をしてみたくて、2024年の秋にイギリスの田舎をレンタカーで巡った。一日の走行距離は多くても300キロ程度であり、600キロを走ることも珍しくない笹目さんにはとても及ばないけれど、絵葉書のような風景の中をのんびり走ったり、見知らぬ街を通り過ぎたり、飛び込みで地元のパブに入って昼食を取ったりと、本を読んで憧れていた通りの日々を過ごすことができた。夜はベッドに入り、笹目さんの本を読みながら就寝するのが一日のルーティンだった。

笹目二朗さん。自動車メーカーのテストドライバーとしての厳正な評価と、ひとりのクルマ好きとしての温かな視点が合わさった原稿が好きだった。フェラーリ512BBiとF355の原稿は何度も読み返した。
Photo:小林 稔
今回、ルーテシアや208に乗りながら、笹目さんだったらこの2台でどんな旅に出掛けるだろうかと思いを巡らせてしまった。
ご存知の方もおられると思うが、昨年の秋に笹目さんはお亡くなりになっている。奥様とクルマで出掛けた旅先の温泉で、静かに息を引き取られたのだという。ひとりの読者として、御冥福をお祈りするとともに、天に召した笹目さんが別の世界でも自動車旅行を楽しんでおられることを願ってやまない。フランス車がお好きな笹目さんのことだから、きっとルーテシアや208で美しい景色の中を旅しているのではないかと思う。
Text and photo: アウトビルトジャパン(AUTO BILD JAPAN)

