メルセデス・ベンツの最高デザイン責任者であるゴーデン ワグネル(Gorden Wagener)が退任
2026年2月3日
30年間に亘り活躍したメルセデス・ベンツの最高デザイン責任者ゴーデン ワグネル(Gorden Wagener)は、彼自身の希望とメルセデス・ベンツの合意で、2026年1月31日に退任した。そこで、「センシュアル ピュリティ(Sensual Purity:官能的純粋)」を確立し、現代のメルセデス・ベンツの全モデル(乗用車、バンなど)のデザインを統括した彼の功績を振り返ってみよう。
ゴーデン ワグネル(Gorden Wagener)は1968年9月生まれのドイツ・ベルリン出身で、ベルリン工科大学の工業デザインを学び、1997年にメルセデス・ベンツに入社した。そして、彼は初代CLS/C219をデザインした有名なペーター ファイファー(Peter Pfeiffer)の後任としてメルセデス・ベンツのデザインを担当した。
ゴーデン ワグネルは、メルセデス・ベンツの140年の歴史において、30年間に亘り、そのデザイン言語と「ハウスのスタイル(Stil des Hauses)」を形作った。つまり、彼独自のメルセデス・ベンツのデザインスタイルを形成した。彼は国際的に名声を得たデザインチームと共に、世界の自動車業界に永続的な影響を与えたポートフォリオを遺すことになった。

彼の退任で、勇気・創造性、そしてデザイン言語の抜本的な近代化を特徴とする時代の幕を閉じた。すでに、ゴーデン ワグネルの後任には2月1日付けで、前AMGデザイン責任者であるドイツ出身のバスティアン バウディ(Bastian Baudy)が就任した。
ゴーデン ワグネルは1997年に入社後、数々の画期的な製品のデザインを担当した。彼の初期の最も重要な作品の一つが、メルセデス・ベンツSLRマクラーレンのデザイン。このスーパースポーツカーによって、ゴーデン ワグネルは1990年代後半という早い時期に、技術的パフォーマンスと時代を超越した美しさを融合させたアイコンを創造する手腕を発揮した。
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39歳で業界最年少のデザインチーフに就任したゴーデン ワグネルは、メルセデス・ベンツのデザインを根本から再定義した。2016年からは、新設されたチーフデザインオフィサーの役職において、メルセデス・ベンツ、メルセデスAMG、メルセデス・マイバッハ、Gクラス、そしてスマートのデザインを一貫して開発した。ゴーデン ワグネルは、「センシュアル ピュリティ(Sensual Purity:官能的純粋)」というデザイン哲学で独特の美学を確立し、メルセデス・ベンツブランドの若返りに大きく貢献したのである。

従来のデザインと違う要因
まず、ゴーデン ワグネルが生まれた土地柄であるベルリンに注目したい。メルセデス・ベンツの本社があるドイツ南西に位置するシュトゥットガルトは、ドイツ工業の中心でエンジニア文化の技術第一主義であり、土地柄からしても装飾より機能性を重視したデザインであった。一方、ゴーデン ワグネルの出身地であるベルリンは芸術/アバンギャルド/モード/音楽/建築が混在する都市で、理論よりも感性/美を重視する土地柄である。つまり、そこで育ったゴーデン ワグネルはメルセデス・ベンツのデザインに感性/美を持ち込んだのである。
筆者は、1963年の230 SL(W113)愛称「パゴダ」のハードトップの内側に湾曲したルーフが、アジアの寺院建築を想起させる特徴的なデザインはフランス出身ポール ブラックが、ドイツのゆるぎないテクノロジーにフランスのエスプリをデザインにプラスしたことを思い出した。
ゴーデン ワグネルの実績
ゴーデン ワグネルは創造的で先見の明のあるリーダーシップを発揮し、デザインプロセスを見直した。完璧なプロポーション、存在感、彫刻的なフォルムを実現するための中心的なツールとして、クレイモデルを用いたデザインに重点を置いた。

Sクラスシリーズ(W/V222)やAクラスシリーズ(W176)などのモデルは、重要なマイルストーンとなり、デザインを通してメルセデス・ベンツのブランドイメージを強化する重要な原動力となった。この段階で、彼は世界で最も長い歴史を持つ自動車ブランドの若返りに成功したのである。

ゴーデン ワグネルは、パフォーマンスカーおよびスポーツカー分野のチーフデザイナーとしても永続的な影響を与えた。メルセデスAMG GT(C190)は、妥協のないパフォーマンスと象徴的なデザインを実現し、スポーツカーブランドを新しい次元へと導いた。メルセデスAMG SL(R232)は伝説の現代的解釈であり、伝統と未来の架け橋となった。

彼は独自の美的感覚を駆使し、エレガンス、感情に訴えかける魅力、そして技術的リーダーシップを体現するアイコンを生み出した。彼の作品は既にメルセデス・ベンツのDNAの一部となり、時代を超えて受け継がれていくであろう。だからこそ、彼はメルセデス・ベンツの歴史のみならず、自動車の歴史においても傑出したデザイナーの一人なのだ。
彼のデザイン力
ゴーデン ワグネルは自動車業界をはるかに超え、ヘリコプター、豪華ヨット、ドバイとマイアミのアパートメントや建築プロジェクトの家具やインテリアをデザインし、ブランド独自のライフスタイルのあらゆる側面をリードするブランドの志を確固たるものにした。同時に、展示会への出展やコーポレートアイデンティティ、ショールームやブランドセンターに至るまで、ブランドと顧客とのあらゆる接点を包括的にデザインした。

2025年発売され、高い人気を博した新型CLAを筆頭に、メルセデス・ベンツは一貫して次世代の顧客に焦点を当てている。ハイテクな美学、スポーティなプロポーション、彫刻的な美しさは象徴的なデザインの進化を表している。

同じく発売されて大成功を収めた新型電気自動車GLCは、象徴的なグリルを再解釈し、電気時代のメルセデス・ベンツの顔を定義づけ、デザイン哲学に沿って伝統と未来を融合させた。
新しい一連のコンセプトカーとして、2023年6月に北米デザインセンターで発表した「Vision One-Eleven (ビジョン ワンイレブン)はその名が示す通り、伝説的な実験試作車・C111へのオマージュである。


2025年5月には「コンセプトAMG GT XX」を発表し、続いて10月の上海ファッションウィークでは「ビジョン アイコニック」という意欲作を発表。これは、自動車デザインの黄金時代のモデル1963年の600リムジン(W100)へのオマージュであり、時代を超越したエレガンスと純粋なブランドエッセンスを表している。流れるようなライン、アールデコの影響、そして300 SLなどの伝説的なリアデザインのアイコンにより、未来への感情的なステートメントとしての美しさを具現化した。

「CLA」から「ビジョン アイコニック」までの5台は、彼のすべての作品にシームレスにフィットすると同時に、メルセデス・ベンツの最高デザイン責任者としての彼の役割の創造的な完結を示すものであるといえる。つまり、ゴーデン ワグネルは、メルセデス・ベンツに確固たる足跡を残し、そして未来を切り開いたデザインも残した。
彼のシグネチャーは、今後長きにわたり、未来の製品に反映され続けるであろう。特に、ドイツのジンデルフィンゲンと世界中のデザインスタジオで彼が長年かけて築き上げてきた優秀なチームに深く刻まれていくだろう。

最後に、メルセデス・ベンツ・グループAG取締役会会長 オラ ケレニウスは次のように述べている。
「ゴーデン ワグネルは、その先見性のあるデザイン哲学によって、メルセデス・ベンツのブランドのアイデンティティを形作ってきました。長年にわたり、革新的な製品が世界中で独自の美学と同義となるよう、決定的な貢献を果たしてきました。彼の創造性と自動車デザインの未来に対する感覚は、メルセデス・ベンツを永続的に豊かにしてきました。ゴーデンの献身、卓越した仕事、そして永続的な影響力に感謝し、今後のご多幸をお祈りいたします。」
TEXT:妻谷裕二
Photo:Mercedes-Benz Media
【筆者の紹介】
妻谷裕二(Hiroji Tsumatani)
1949年生まれ。幼少の頃から車に興味を持ち、1972年ヤナセに入社以来、40年間に亘り販売促進・営業管理・教育訓練に従事。特に輸入販売促進企画やセールスの経験を生かし、メーカーに基づいた日本版カタログや販売教育資料等を制作。また、メルセデス・ベンツよもやま話全88話の執筆と安全性の独自講演会も実施。趣味はクラシックカーとプラモデル。現在は大阪日独協会会員。

