これが現代で最も高価なメルセデス「メルセデス CLK GTR ストリートバージョン」の走りだ!
2026年1月26日
メルセデス・ベンツ CLK GTR ストリートバージョン(Mercedes-Benz CLK GTR Street Version):現代で最も高価なメルセデスの走り。かつては300万ドイツマルク(1999年当時のレートで約2億2,500万円)以上もした、今ではさらに価値が高まっているメルセデスCLK GTRのロードバージョンは、自動車界のユニコーンだ。我々は15年間完全に姿を消していた、現代で最も高価なメルセデスに乗ることが許された。その魅力についてレポートしよう!
小さなドアを閉め、深く息を吸う。この瞬間を、私は何年も待ち望んでいた。私のお気に入りの車を挙げるなら、「メルセデスCLK GTR」は間違いなくトップ3に入るだろう。
そして今日は、極めて希少かつ極めて高価な公道仕様の1台をドライブする機会を得た。ただし、それは”ただ”の「CLK GTR」ではない。工場出荷時からダークブルーメタリックで塗装された、唯一のクーペなのである。
まず初めに、この車に関しては、客観的な評価基準は一切無視し、感情に任せて評価することをお断りしておこう。その前に、「CLK GTR」の特別さを理解するために、その歴史について少し説明しよう。
CLK GTRの誕生の経緯
このレーシングカーの公道仕様が誕生したのは、1997年に新たに設立されたFIA GT選手権(旧称BPRグローバルGTシリーズ)の規則で、公道走行可能なモデルを合計25台製造することが義務付けられていたためだ。「CLK GTR」が1997年シーズンから「GT1」クラスに出場できるように、メルセデス・ベンツは、公道仕様の提出を後日に回す特別認可を取得した。
こうして、「HWA」のスペシャリストたちと緊密に連携し、わずか128日という記録的な短期間でレーシングカーが設計されたのだった。開発期間が短かったにもかかわらず、「CLK GTR」はデビューシーズンでタイトルを獲得し、1998年にはライバルを圧倒した。
公道仕様は1998年末から1999年半ばにかけて(6台のロードスターは2002年以降)納車された。実際のところ、公道走行を可能にするための改修は必要最低限にとどめられていた。製造された20台のクーペは、「HWA」がレーシングデカールを剥がしただけのようにも見えるほどだ。
この個体がユニークな理由
少なくとも、シルバーの車両についてはそう言える。20台のクーペのうち、工場出荷時にシルバー以外の塗装が施されていたのは3台だけだった。赤と黒の個体に、もう1台、別の色のクーペがある。ナンバー19/25、ダークブルーメタリックで納車されたこの車両は、長年にわたり、最も謎めいた「CLK GTR」の一台だった。

長い間、この車に関する写真はごくわずかしか存在せず、それらはすべて2006年の同じ日に、スーパースポーツカーラリーで撮影されたものだった。その後、「CLK GTR」は10年以上も表舞台から姿を消した。15年後、メカトロニック(Mechatronik)のメルセデス専門家の手によって再び姿を現し、それ以来、厳選されたイベントで展示されている。
現在に戻ろう。今日はそのようなイベントがある日ではなく、ごく普通の火曜日だが、この火曜日は私の記憶に永遠に刻まれるだろう。プレイデルスハイムの工業団地にある、目立たない倉庫のドアが開き、「CLK GTR」の前に立ったとき、私は鳥肌が立った。15歳の頃、2006年に撮った写真を両親のパソコンに保存し、何度も何度も見返していたことが思い起こされた。
乗り込むには練習が必要
それから20年近く経った今、私はまさにこの車の前に立っている。この車は、その生涯の大半をアジアのコレクションで過ごした後、メカトロニックによって故郷に戻ってきたのだった。この瞬間を実感しようとしていると、「乗ってみて、すべて説明するよ」という言葉が私の思考を中断した。
私の隣には、当時、「HWA」で「メルセデスCLK GTR」の開発に携わり、現在はメカトロニックで「CLK GTR」に関するあらゆる業務(メンテナンスや修理など)を担当しているヤヌシュ(Janusz)氏が立っている。世界中の顧客が彼のいるシュトゥットガルト近郊プレイデルスハイムへとクルマを送り届けてくる。

乗り込みは、言うほど簡単ではない。でも、初めて試みる前に、クイックリリースでハンドルを外せることを教えてもらった。だから、ハンドルを外して、両足をフットスペースに入れて、サイドシルに座って、頭をぶつけないように気をつけて、体を滑り込ませて、再びステアリングを装着する。そうして、気が付けば「メルセデスCLK GTR」のドライバーズシートに収まっている。
コクピットに漂うタクシー的魅力
室内は、不思議なほどスペクタクルでありながら同時にストイックでもある。私は説教壇のようなコクピットに座り、モノコックに固定されたバケットシートから、まるで「W124」から流用されたかのような計器類を見下ろしている。もっとも、「W124」のスピードメーターが340km/hまで刻まれていることはないし、AMGや19/25リミテッドエディションのバッジが付くこともない。それでも、30km/hと50km/hのマーキング、そしてオレンジ色の針は、紛れもないタクシー的風情を放っている。
左手にあるライトスイッチや、センターコンソールのエアコン操作系もまた、場違いに思える存在だ。時代を感じさせるベッカー トラフィック プロも健在である。
CLK GTRは何台生産されたのか?
ヤヌシュ氏は、「CLK GTR」にまったく同一の個体はほぼ存在しないと説明する。「HWA」は当時入手可能な部品を使って製造しており、その結果、公道仕様はすべて細部において微妙な違いを持っているのだ。私の視線は、無骨なギアセレクターの前に取り付けられたプレートへと移る。これは、現在流行しているシフトバイワイヤの先駆けと捉えることもできる。そこには「AMG CLK GTR 19/25 Limited Edition」と刻まれている。25という数字は、FIAが規定した製作台数を指している。
では、実際に何台のCLK GTR公道仕様が製作されたのか。その答えはいまなお謎に包まれている。多くの資料ではクーペ20台とロードスター6台とされているが、少なくともさらに2台のプロトタイプが存在することは確認されている。

26台、28台、あるいは25台しか生産されなかった「CLK GTR」は、現代において最も希少なメルセデスであり、そしておそらく最も価値の高い存在であることに変わりはない。1998年の発表当時、このクーペのドイツでの価格は、付加価値税込みで3,074,000ドイツマルク(1999年当時のレートで約2億3,000万円)だった。当時、「CLK GTR」は世界最高額の量産車だった。しかし、それは今日の価値とは比べ物にならない。
その価値は?1,000万ユーロ(約18億5千万円)以上だ!
「CLK GTR」は、数年間は多くのコレクターの注目をあまり集めていなかったが、現在ではその価値が認められている。2023年、米国ではロードスターが950万ユーロ(約17億5,750万円)相当で落札された。ダークブルーメタリックの唯一の「CLK GTR」は、8桁(数十億円)の価値があるだろ。そして、今日、私がその車を運転できるのだ。これ以上の名誉はない。私に寄せられた信頼の大きさは、計り知れない。
震える手で、ほとんど安っぽく見えるプラスチック製のフリップキーをイグニッションに差し込む。しかし、「CLK GTR」で最初の数メートルは、V12のパワーではなく、純粋な人力で走る。この車は、ホールから押し出されてくるのだ。次は、油圧を上げる作業だ。何度かアクセルを踏んだ後、決定的な瞬間が訪れる。背中の後ろにある巨大なV12エンジンを始動すると、私は驚いた。アイドリング状態では、12気筒エンジンは驚くほど静かだ。助手席に座っているヤヌシュ氏に尋ねると、それは巨大なマフラーのおかげだと説明してくれた。

約600馬力の6リッターV12エンジンを搭載したレースバージョンとは異なり、公道仕様はさらに高い出力を誇った。「M297」という名称の6,898ccの自然吸気エンジンは、6,500rpmで612馬力、5,250rpmで731Nmの出力を発揮する。ただし、これは”標準的な”「CLK GTR」に当てはまる数値に過ぎない。そして、特別なメルセデスおよびAMGモデルを一手に扱うメカトロニックにおいて、”標準”という言葉はほとんど意味を持たない。
5台のみ存在するCLK GTRスーパースポーツの1台
シャシー番号19/25の「CLK GTR」は、スーパースポーツ仕様へと改装されたとされる推定5台のうちの1台だ。この仕様では、チタン製コンロッドやドライサンプ潤滑などの専用ハードウエアを備えた12気筒エンジンの排気量が7.3リッターへと拡大されている。「HWA」の性能データによれば、「CLK GTR スーパースポーツ」は後輪に664馬力、786Nmのトルクを解き放つとされる。0–100km/h加速は3.5秒、0–200km/h加速は9.5秒だ。
これらは控えめな数値だと、ヤヌシュは言う。もっとも、そもそも数値は二の次である。第一に、私は公道で「CLK GTR」を運転している。第二に、オドメーターが示す走行距離は、わずか446kmに過ぎない。25年以上で446km、年間平均走行距離に換算すると18kmにも満たない計算だ。
最初の数メートル
数字に気を取られる間もなく、出発の時が来る。クラッチを踏み込んだ瞬間、問題に気付く。この手のクルマで足元が狭いことは覚悟していたが、実際には露出したステアリングコラムに足をぶつけてしまった。いかにもレーシングカーらしく、シートもペダルも調整機構はない。当時、これらの車両は明確にオーナーの体格に合わせて仕立てられていたのだ。そして、この「CLK GTR」の初代オーナーは身長180cmを超えていなかったらしい。何度か試すうちに、どうにか着座位置には慣れてきた。さあ行こう—と思った矢先、最初の数メートルでエンスト。実に気まずい。
これはごく普通のことだというヤヌシュの言葉に、少し救われる。とはいえ、立ち止まっている暇はない。次の試練が待ち構えているからだ。それは、ほんの小さな縁石である。多くのクルマでは取るに足らない段差も、「CLK GTR」にとっては越え難い障害となり得る。近年ではGT3ですらオプションで備えるフロントリフトなど、このクルマには存在しない。なにしろ、ベースはレーシングカーだ。最低地上高100mmは、機械的にしか増やせない。そこで、前方のVクラスから2人が飛び出し、カーボン製スプリッターを擦らないよう誘導してくれる。無事クリアだ。

まだ公道を1メートルも走っていないというのに、すでに汗だくである。最初の、そして当然の結論はこうだ。「メルセデスCLK GTR」は日常の足ではない。少しずつクラッチの感覚をつかみ、発進も安定してくる。いったん走り出してしまえば、私とF1世界王者ランド ノリスほど共通点のない「普通のCLK」と同様に—つまり、ほとんど似ていないにもかかわらず—「CLK GTR」は驚くほど紳士的に振る舞う。少なくとも、最初のシフトチェンジまでは。というのも、「CLK GTR」でもっとも特徴的なのは、そのトランスミッション、正確にはその操作方法だからだ。
シーケンシャルギアボックス
シーケンシャル6速ギアボックスは、エンジン後方に横置きで搭載されている。最大の特徴は、ドグ式のストレートカットギアで、シンクロ機構を持たない点だ。発進時は、右側のパドルシフターを強く引いて1速を選択し、タコメーター内の表示が「1」になることで確認する。そこからゆっくりクラッチをつなぐと、約1440kgの「CLK GTR」が動き出す。ここまでは特別ではない—常に耳をつんざくようなギアノイズさえなければ。キャビン内では、V12の音がほとんど聞こえないほど、唸りと歯打ち音が響き渡る。
公道に出て、次のシフトアップのタイミングが来る。ここで、意識の切り替えが必要になる。右のパドルで3速へシフトするが、それでもクラッチを踏まなければならない。この時代のレーシングカーでは当たり前の操作も、公道車としては極めて異質だ。シフトを重ねるごとに、操作は上達していく。どうやら、フルスロットルでもクラッチを使わずにシフトアップできるらしいが、通常のシフト操作ですら強烈に機械的なので、今日は試さないことにした。
もうひとつ注意点がある。完全停止する前に、必ずクラッチを切ること。トランスミッション保護のためだ。信号待ちで周囲のドライバーの反応を眺めていると、この光景がどれほど非現実的かを実感する。火曜日の昼間、ありふれたクルマに囲まれて、1000万ユーロ(約18億5千万円)以上の価値を持つ「メルセデスCLK GTR(しかもダークブルー・メタリックの唯一の個体)」が信号待ちをしているのだ。クルマ好きとして、ここにもう一人自分がいればと思わずにはいられない瞬間である。

信号が青に変わり、クラッチを踏み、右のパドルを引き、穏やかに走り出す。高速道路へ合流し、初めて少しアクセルを踏み込む機会が訪れる。ここで初めて、アクセルペダルのストロークが異様に長いことに気付く。そう思った次の瞬間、巨大なV12が回転を上げ、圧倒的な力で前へと押し出す。エンジンは回してこそ本領を発揮する。少なくとも664馬力、786Nmという数値は、全長4.86mの「CLK GTR」を軽々と加速させる。ローラ(Lola)と共同開発されたCFRPモノコックのおかげで、車重はわずか1440kgしかない。
高速道路には速度制限がある。残念だ。ヤヌシュ氏によれば「CLK GTR」は高速域でこそ真価を発揮するという。その方が、周囲のドライバーが驚いて予測不能な動きをしないという利点もある。とはいえ、停止時には重かったステアリングが、速度の上昇とともに次第にダイレクトになっていくのがはっきりと分かる。
CLK GTRはリフトシステムを備える
シャシーは基本的にレースカーと同一だ。前後ともダブルウイッシュボーン式サスペンションを採用し、コンプレッションとリバウンドを独立調整できるダンパーが組み合わされる。セットアップは非常に硬いが、クルマの性格には合致している。さらにCLK GTRにはもうひとつの切り札がある。油圧式リフトシステムだ。レースではタイヤ交換用として使われ、公道仕様では、停車時にタイヤにフラットスポットができるのを防ぐ目的などで用いられる。

緊張がほぐれ、ようやく体験そのものに集中できるようになる。メルセデスらしいエアバッグカバー付きのスエード製ステアリングを握り、フェンダー上に取り付けられたドアミラーを視界の端に捉え、正面にはスリーポインテッドスターが見える。その瞬間、15歳のヤン ガッツェ(Jan Götze)が、パソコンの前でこのクルマの写真を食い入るように見ていた記憶がよみがえる。そして今、まさにそのクルマに自分が座っている。この瞬間は、誰にも奪うことのできないものだ。
走行距離は500kmにも満たない
撮影を終え、「CLK GTR」を無傷のまま返却する。コクピットから体を引き剥がす前に、少しの間その場に留まり、すべての印象を心に刻もうとする。そこで目に入ったのがオドメーターだ。表示は492km。つまり今日だけで、総走行距離の1割以上(46km)を走ったことになる。小さなドアを閉め、特徴的な4灯フェイスを持つフロントを見つめ、深く息を吐く。
結論:
正直なところ、公道走行可能なレーシングカーは運転が苦痛だろうと思っていた。しかし厳密に言えば、「CLK GTR」は驚くほど運転しやすい車だ——少なくとも、市街地をノロノロ走らない限りにおいては。
「メルセデスCLK GTRは、まさに人生で一度は体験すべきクルマだ」私はこの意見を変えない。
このドライブは、長年の夢を現実のものにしてくれた。メカトロニック(Mechatronik)には、この比類なき体験に心から感謝したい。
Text: Jan Götze
Photo: Keno Zache

