なんだか歯がゆい 日産エクストレイル エクストリーマーX e-4ORCEのエンジンは技術の結晶なのに
2025年8月4日

日産自動車の乗用車ラインナップの代表的な車種に乗って試す本企画の最終回は4代目「日産 エクストレイル(X-TRAIL)」。先代から3列目シートがついてますます使い勝手が良くなった一方で「技術の日産」を地で行くVCエンジンが宝の持ち腐れになっていることを杞憂する大林晃平であった。
今年一番の酷暑の中、エアコンをキンキンに効かせながらエクストレイルは静かに走る。ここ数週間、毎日日産のクルマに乗せていただいているが、エアコンの効きが本当に素晴らしい。まったくこれほど酷な気候になると、エアコンは必須の安全装備だし生命維持装置ともいえる。
そしてエアコンの性能や壊れない性能というのは、走ったり曲がったり止まる機能と同じ舞台にある立派な性能であり、世界に誇ることのできる分野であると僕は常に思う。日産車の空調の性能は世界的にも第一級だと思う。
エクストレイルに搭載された可変圧縮比のエンジン(VCターボ)、それがどれほどのモノでどれだけの努力と技術の結晶なのかは、あまりに長くなってしまうので今回は触れることができないが、一言でいえば高効率を追求しピストンとコンロッドの間にリンクを設けて圧縮比を変化させるという、本当に他のクルマでは見かけないエンジンである。

特にこの量産エンジン初となる可変マルチリンク機構部分などは、高度な技術をこれでもかと投入することで可能となった部分でもある。そして実際にこのエンジンはそれほどの複雑な機構を持ち、常に圧縮比を変えながら動作しているとは信じがたいほど滑らかに回る。
だからこそこのVCエンジンはエクストレイルに搭載して発売が開始された後、様々な評価と批判を受けた。なぜならば日本市場においては発電のみに用いられることになっているため、せっかくの素晴らしいエンジンなのに直接駆動力として使われることなく、ひたすら裏方で影の存在として電気を生み出すためだけに用いられることになってしまったからである……。

批判は大いにわかる。なにせ日産の技術と魂がこもった、この可変圧縮比の3気筒ターボエンジンは、日本以外のいくつかの国では、これ単体で搭載され、直接駆動力を伝える用い方をされているからで、せっかくの素晴らしいエンジンが厚木の山奥の地道な研究で生まれながら(たぶん)、なぜか日本市場では味わえないという実に残念な状態なのだ。
おそらく日本ではe-Powerという技術を全面展開させることが必須、というのがVCエンジンの直接駆動車を日本市場に導入していない理由なのではないか、と推測してしまうが、とにかくこんな素晴らしいエンジンをこの国において味わえないことがなんとも歯がゆい。そしてそれはエクストレイルが、一台の自動車として大変良くできているからこそ余計に感じてしまうジレンマでもある。
最新型エクストレイルはこのクラスのSUVとしては扱いやすく適当なサイズを持ち、どのような状況下でも静かにそして十分以上に速く快適な一台だった。日産が誇るグローバル商品として、世界の市場で十分勝負できる性能と内容を持った一台であることは間違えない。


不満点を挙げ連ねることが実に難しいほど、すべての面でバランスがとれたSUVだ。路面状況によっては低速域でややショックなどが荒く感じられる時もあったが、それでも決して不快というものではない。個人的に、一週間毎日接して感じた小さな不満点は、日産車に共通する小さめのハザードスイッチだけだった。
今回試乗したエクストリーマーXというグレードは「S」「X」「G」という3グレードの中間のグレード「X」の特別仕様車で、その車両本体価格は4,623,300円。これにブリリアントホワイトパールとスーパーブラックの2トーンカラー(93,500円)とNissanConnectナビゲーションシステム・ETC2.0などのセットオプション(283,800円)、日産オリジナルドライブレコーダー(93,562円)、ウインドウ撥水(13,255円)、フロアカーペット(40,020円) の合計金額5,147,437円の車であった。
なお2輪駆動と4輪駆動が用意されるエクストレイルの中で、このエクストリーマーXは4輪駆動モデル(e-4ORCE)のみとなる。また、この中間グレード「X」だけにはエクストリーマーも含め3列シートが用意されているのでスペース的にはミニマムな空間だが、緊急事態など多くの人を乗せるのが必要となる場合には実に便利であることは言うまでもない。この部分にもぬかりはまったくない。

可変圧縮比のエンジンが生み出す144 PS/250Nmsのパワーで発電されたエネルギーはフロント204PS/330Nm、リヤ136PS/195Nmのモーターを駆動するが、e-4ORCEと名付けられたシステムは本当に緻密な制御を行い、運転者の気持ちをそぐような挙動などは一切ない。
乗っていて不自然な感じはまったくないし、ひたすらスムーズな走行感覚は新鮮で魅力的な部分でもある。だから個人的にe-Powerの機構そのものはまったく否定しないし、大いなる可能性をまだまだ持っていると信じている。
今回も様々なシチュエーションで試乗したが高速領域やワインディングロードでも気持ちよく快適であり、実際には直接右足とエンジンがつながっていることなどあり得ない得ないにもかかわらず、エンジンの回転感が気持ちよいほどであった。燃費もトータルでは16km/lほどではあったが、酷暑の中1890㎏の車重のクルマ容赦なく乗ったことを考えれば十分な数値なのではないかと思う。
だが繰り返しになるが、だからこそこの名機ともいえるエンジンを「ちゃんと」日本の路上で堪能してみたい、とやはり思った次第である。言葉足らずで申し訳ないのだが、なんだか今のままではとってももったいない、まだまだ今以上に魅力も実力もあるのに、それが十分に顧客に伝わっていないのがなんとももったいない。
そして、エクストレイルに乗りながら感じた歯がゆさは、他の日産のクルマに乗りながらも感じたことである。本来日産の持っている技術や実力が、特に日本の市場においては十分発揮されていないのではないだろうか。研究所でひたすら地道に開発したり、工場で真剣車に車を作っている方々のエネルギー、街の販売店で販売し整備している人の熱意、そんなかけがえのない貴重な部分が今も存在しているからこそ余計に歯がゆい。
・せっかく日本で生まれた技術を、生まれ故郷で存分に味わえないジレンマ。
・いつの間にか車種が激減し、どことなく寂しさを感じるラインナップ。
・日産のBEV車種では充電コードさえも(しかもけっこう高額な)オプション装備にしてしまうような販売方法……。
そんな自動車そのものの性能以外の部分にこそ、あの寂しくつらい工場閉鎖のニュースの原因の一端があるのではないだろうか。

セレナの記事の冒頭にも記したが、僕は自動車を開発し、自動車を生産し、自動車を一生懸命に販売している人たちが大好きだ。だれ一人として適当に自動車を開発したり生産していないからこそ、すばらしい信頼性と性能が保たれていると信じている。そんな一生懸命な裏方の人たちがどうすることもできないところに、現況の理由があるとしたらあまりに悲しすぎる。
ひたすら裏方で誰にも悟られないまま、複雑なリンク機構によって圧縮比を絶えず変え、滑らかに回りながら電気だけを生み出すエクストレイルのエンジンに接しながら、そんななんとも歯がゆい気持ちを抱いた。
Text&Photo:大林晃平