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伝説のエンジン マクラーレンF1用BMW V12ストーリー

2020年4月17日

生産型マクラーレンF1のパワー BMW S70 / 2 V12エンジン(1993)

今日まで、マクラーレンF1は、自然吸気エンジンを搭載した最速の量産車だ。
もう二度と生産されないような、この90年代の伝説的なスーパースポーツカーのエンジンを解説しよう。

➤ はじめに
➤ 基本構造
➤ シリンダーヘッド
➤ 冷却と潤滑
➤ 空気供給とサイズ
➤ モーターの使用

はじめに: 心臓部分はBMWからもたらされた

自然吸気エンジンを搭載した車で、1993年のマクラーレンF1よりも速いモデルは登場していない。当時の記録を塗り替えたスーパースポーツカーであり、その性能とともに、その存在は輝き続けている。
中央にドライバーシート、左右に助手席を1つずつ後方にオフセットしたかたちの特徴的なシートアレンジとカーボンモノコックボディに加えて、F1は主にそのエンジンで有名になった。
90年代のスーパースポーツカーのリアには12気筒の自然吸気エンジンが配置されており、市販された生産型F1は、四半世紀以上前の1993年当時、すでに627馬力を発揮していた。

BMWモータースポーツ部門がマクラーレンのために特別に開発したエンジンは、基本的にはイギリス人によるその場しのぎの解決策だった。
もともとパワーユニットはその頃マクラーレンと近い関係にあったホンダから来るはずだった。そしてマクラーレンF1の生みの親であるゴードン マーレー自身が日本にまで足を運び、直接ホンダに交渉した。しかし、日本のメーカーが少量生産のためのパワーユニット開発を望まなかったため、ミュンヘンの自動車メーカーに開発を依頼したというのが経緯だ。
その結果、BMWのストリートモデルには決してない、マクラーレン専用に開発されたS70/2エンジンが誕生したのだった。
以下、伝説の12気筒エンジンの技術を解説しよう。

基本構造: 6.1リッターV12

S70/2のエンジンはV型12気筒で、排気量は6064ccだ。これは、もちろん1バンクあたり6本のピストンがその仕事をすることを意味する。
このエンジンは全くの新規開発で、シリンダー間隔は当時のシリーズV12(M70)と共通の91ミリしかないものである。
F1-V12のシリンダー角は60度、ボアは86ミリ。
ピストンのシリンダー内ストロークは87mmで、S70/2はロングストロークエンジンとなっている。
圧縮比は10.5:1で、最高出力は627馬力、最大トルクは600Nmとなった。
ロングストロークであるため、1500rpm時点ですでに350Nmのトルクを発揮していた。
そしてこのエンジンによって最高速度は391km/hを記録した!
クランクケースはアルミ合金製で、ピストンは「ニカシル」コーティングが施されたシリンダー内で作動した。その頭文字は、コーティング、ニッケル、カーバイド、シリコンで成り立つコンポーネントをあらわす。要するにピストンの動きを滑らかにするコーティングということだ。

48個のバルブは、エンジンのシリンダーヘッドで稼働する。エンジンブロックはワンピースで構成されている。
©BMW AG

シリンダーヘッド: 独自のスロットルバルブを備え持つ各シリンダー

マクラーレンF1のパワーユニットは、ターボを装備せず自然に換気され、空気そのものを吸い込む。
当時責任者だった、チーフエンジニアのポール ロッシュは、エンジンの鋭いレスポンスを可能にする12本の個別のスロットルバルブを投入した。
ちなみに伝説のV12は、天才エンジニアに敬意を表して、「ロッシュエンジン」と呼ばれている。
このV12エンジン、S70/2は、シリンダーバンクごとに2本のカムシャフトがバルブ制御を引き継ぎ、BMWでおなじみのバノスシステム(BMW製可変バルブタイミングシステム)を介して吸気側を調整できるようになっている。
各シリンダーには2本のバルブから新鮮な空気が供給され、さらに2本のバルブが排気ガスを排出する。
そして、各気筒に2基のインジェクターを備えたダイレクトインジェクションシステムが、燃焼室に燃料を供給する。

冷却と潤滑: S70/2に2台のウォーターポンプ

高性能エンジンには、当然、十分な冷却も必要とされる。
BMWモータースポーツ部門では、シリンダーバンクごとに1本のウォーターポンプでこれを実現している(つまりウォーターポンプを二個装備する)。これにより、常に適切な冷却を実現している。
ボンネットを保護し、放熱性を高めるために、カーボンフードの内側にはゴールドのコーティングが施されている。
オイルシステムには、ドライサンプ潤滑を採用。レーストラックで使用される高性能エンジンでは一般的な方式で、エンジン内の適所に常に十分なオイルが供給されるようになっている。
4本の吸引ポンプが潤滑油をオイルタンクに送り込み、そこから圧力ポンプを介して分配される。
S70/2エンジンのオイルシステムは、合計6リットルの5W40仕様オイルを保持、循環させるようにできている。

空気の供給と大きさ: マグネシウムが重量を制限内に保つ

BMWが開発したエンジンは、吸気は巨大なカーボン製エアボックスを介して燃焼室に到達する。
これが12気筒エンジンの特徴だ。
にもかかわらず、このパワーユニットは比較的コンパクトな設計となっている。排気量が6.1リッターにもかかわらず、当時の3.5リッターF1エンジンのサイズと比較してもそれほど大きくはない。BMWはエンジン重量を274kgと発表している。
オイルパン、オイルポンプハウジング、バノスハウジング、バルブカバーにマグネシウムを多用することで、エンジンの重量を制限内に抑えていたのだ。

BMWのエンジンで特に特徴的なのは、パワフルなエアクリーナーボックスだ。 ©BMW AG

エンジンの用途: S70/2 ロード&レーストラック

ベースモデルのF1に加えて、伝説のロッシュエンジンは、派生モデルであるLM、GT、およびルマン用のレーシングマシン、GTRにも使用されたが、ここでは、ここではすでに独自に改造したエンジンID S70 / 3を投入している。
パフォーマンスは、すべてのバージョンでわずかに異なる。
ベースモデルのF1はすでに627馬力のパワーが備わっていた。
GTRとLMは、伝えられるところによれば、680馬力までパワーアップされたユニットを搭載していたという。
このパワーユニットは、GTRの1995年のルマン24時間レースでの総合優勝に貢献した。

S70/3をベースに、このエンジンはさらに改造されてBMWのレーシングカー用パワーユニットとしてもデビューした。
BMW V12 LMRでは、このエンジンは再びフランスのレーストラックへの参戦が許可され、ここではコードP75が付けられた。
マクラーレンF1のS70/2は、BMW 850CSiのV12(S70B56)と混同されること
も多いが、排気量やバルブ数は根本的に異なる。
英国車は、「自然吸気エンジンを搭載した世界最速の市販車」としての称号を今日も保持し続けている。

このS70/3は、ルマン24時間レース用のマシン、F1 GTRに使用されたパワーユニット。マクラーレンは1995年にそのレースで総合優勝を果たした。 ©BMW AG

Text: Andreas Huber
Photo: BMW AG