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【ひねもすのたりワゴン生活】9日間、2000㎞のぐうたらワゴン旅 その15

2022年4月2日

夢のような9日間。2000㎞のエピローグ

 鞆の浦を巡り、瀬戸内の旅は幕を閉じた。で、東京へ戻る前にもう1度神戸に向かい、そこで一泊してゆっくり休むことにした。
 東京へは新名神高速道路を経て、新東名を走ろうと決めていたが、帰途は気楽なものである。時間の制限もないから、無事に帰ることだけを心掛ければいい。考えることと言ったら、どこのサービスエリアで休憩するか…くらいのもの……のはずだった。
 琵琶湖の近く、草津ジャンクションを過ぎたあたりで、そろそろトイレ休憩でもしようかと思った時のことだ。道路標識の「信楽」の二文字が目に入った。焼き物の里だ。
 ちょうど、NHKの朝の連続テレビ小説で信楽の女性陶芸家、神山清子さんをモデルにした「スカーレット」というドラマを放映していたので、少し興味が湧いた。「朝ドラでやってるし、ちょっと降りてみるか」なんて軽いノリで話がまとまり、インターチェンジを出ることに…。またまた、思いつきで予定変更、いや新プランにアップグレードである(笑)。
 もちろん初訪問で、なんの下調べもしていないから、右も左も分からないし、どこへ行ったらいいかもノーアイデア。しかし、信楽は期待を裏切らない陶芸の町だった。

これが焼き物の里か……穏やかな風景に溜息が出た

 幹線道路の至るところに、窯元や直売所の案内が立ち、大きな陶器や巨大なタヌキの置物が道端を飾る。私のような門外漢でさえ高揚するのだから、焼き物好きならたまらないだろう。目に入った直売所を2,3ヵ所寄ってみたが、結局何も買わずに終わった。あらかじめ信楽訪問が決まっていれば、“こんな陶器があったら”、とか“この窯に行ってみたい”とか、心づもりもできただろうが、ほんの1時間前まで、一路東京を目指してステアリングを握っていたわけだから、パッと目の前に陶器の山が現れても、目移りするばかりである。
 で、信楽の歴史や文化が分かるような施設はないものか?と、スマホで検索すると……。
 「滋賀県立陶芸の森」があって、そこには陶芸館という展示施設があるらしい。せっかく信楽に来たのだから、ちょっと見ていくか…と、またまた軽い気持ちで向かったのだが、そこでビッグサプライズが待っているとは思いもしなかった。

どこに行っても、タヌキ、タヌキ、タヌキ…。信楽と書いて、タヌキと振り仮名をつけたいくらい

 陶芸の森は思ったより広大で、陶芸に関する総合施設&公園といった風情だ。その高台にある陶芸館はドーム型の屋根を二つ突き出した印象的な建物。近づくと企画展の案内が目に入った。「土と炎がつくる景 信楽の薪釜に挑んだ女流作家 」。そして、「神山清子」の名が…。朝ドラの主人公だ。そう、インターチェンジを降りるきっかけになったドラマの主人公の企画展が開かれていたのである。
 毎朝NHKに信楽が登場し、全国で視聴されるわけだから、それに合わせたイベントを企画するのは当たり前な話ではあるのだけれど、こっちにすれば幸運以外の何ものでもない。思いつきで高速を降りて、思いつきで検索し、思いつきで訪ねてみたら、当の本人の企画展が待っていたのである。我ながら強運…いや幸運。これだから、ぐうたら旅はやめられない。

まさか、こんな展開が…。信じられない幸運

 そんな陶芸の森のひとときを終えると、小腹が空いてきた。幹線道路には飲食店が何軒かあったが、日が悪いのか暖簾を下ろしているところばかり。駅の方に行けば何かあるのではないかと、信楽駅を目指す。…と、その手前で「信楽陶芸村」という看板が目に入った。観光客向けの施設であることは明らかだったけれど、駐車場が入りやすかったので、これまたちょい寄りすることに。で、直売所や窯の歴史などの展示を見て回っていると、「のぼり窯カフェ」と書いてある。なんのこっちゃ?
 それは、紛うことなき「のぼり窯」だった。80年前に作られ、使われていたのぼり窯に、テーブルやチェアを運び込んで、照明を施してある。どうやら、煙などの環境問題で使われなくなった窯を転用しているようだ。信楽らしい斬新なアイデアに驚いたが、入ってみるとひんやりと涼しくて、落ち着いた空間だった。

のぼり窯カフェ……。お見事!
ひんやりしたカフェスペース。焼けて艶の出た壁が美しい

 結局、駅の周りにも目ぼしい店はなく、高速でどこかサービスエリアにでも入るか…と、再びインターチェンジに向かう。すると、その手前で目に入った看板に心惹かれた。
 「釜炊近江米 銀俵」とある。ということは、信楽焼きの窯でたくのだろうし、信楽の器で供されるはずだ。旅を締めくくるのにこんなふさわしい飯はない。
 聞けば、信楽産米にこだわっているとのこと。やはり信楽焼きの特注二升炊き羽釜で炊いているのだった。もちろん、食器も地元産。甘みの強い米を噛み締めながら、しみじみ旅を振り返った。

銀俵の定食。この旅を締めくくる逸品だった

 9日間、2000㎞のぐうたら旅。2人と1台の長旅は、終わってみればあっという間だった。スマホに収めた画像はあまりにも多くて整理するのも溜息が出る。あれもこれもと欲張ったことだけは確かで、還暦の身には負荷オーバーな部分もあったかもしれない。
 しかし、211のステーションワゴンは、私たちが旅の足に求めるすべてを充分に満たしてくれ、相棒としても心強い、気の置けない存在だった。彼に身を委ねる旅は至福のひと言だった。

振り返れば、あっという間の9日間。ワゴン旅の醍醐味を満喫した

 このところ、“次は九州まで行こうか…”なんてことを本気六割、冗談四割で口にしたりしているけれど、それはもちろん、この相棒が元気でいてくれてのこと。ほかのクルマで行くなんて想像もできないし、行きたくもない。
 とはいえ、それまでも温泉巡りだの、果樹園遊びだの、釣りだの、キャンプだのと働いてもらわなくっちゃ…いや、一緒に遊んでもらわなくっちゃならない。ひねもすのたりワゴン生活は、まだまだ続くのである。

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。