【ひねもすのたりワゴン生活】コットンテントの誘惑 その10
2021年9月4日
たまたま六本木を訪ねていた人々にも伝わったコットンテントの心地よさ
空前のブームで、各地のキャンプ場はカラフルなテントで埋め尽くされています。そのほとんどは軽くて強靭な最新素材ですが、コットンの魅力に惹かれる人々も…。私もそのひとりで、十代の半ばに出会って50年近く…今も、この少し手間のかかるパートナーをクルマに積み込んで、至福のひとときを過ごしています。
さて、1年目の話に戻ると…。ゲートから入ってきた若い女性の3人組が、オアシスの前で足を留めた。不思議そうな顔で怖々覗き込んでいる。「どうぞ…中に入ってみてください」そう言って促すと、笑顔になって足を踏み入れた。
「すごい!部屋みたい!」そんな声と笑い声が響いた。そして、コットに横になると、「ウチのベッドより気持ちいい!」と、その感触、寝心地に驚きの声をあげた。折り畳みで小さくなること、そしてスプリングもクッションもなく、生地の張り具合とフレームのわずかなしなりでその心地よさが生まれていることを伝えると、「信じられない!」と目を丸くした。
3人組の後にも、似たようなグループや若いカップルが数えきれないほどやってきて、ほとんど同じ反応を見せた。
彼女たち、彼らは、そこでしばし寛ぐと移動していった。前記のとおり、会場内には、さまざまなアウトドア関連ブランドのブースも並び、カクテルを供するバーや、BBQやヨガ、ハンドクラフトなどの教室、そしてステージではライブが楽しめたからである。
しばらくすると、ひと通り回った3人組が戻ってきた。そして、再びオアシスに入ると、ごろりとコットに横たわって“やっぱりココ、涼しい!”と声を上げた。日が高くなって、会場は真夏のような暑さになっていた。
彼女たちは、テントの蘊蓄も知らないし、オアシスへの想い入れなど微塵もない。私も、素材がどうだの、湿気がこもらないだの、なにひとつ説明はしていなかった。それは彼女達が肌で感じた本音そのものだったのである。
「このテント、気持ちいいよね…」と微笑む1人は、「むっとしないんですよ。さらっとしてて気持ちいいから、このまま寝ちゃいそう…」と、私たちがこのテントに惚れこむ真意を代弁してくれた。
「やっぱり、この快適さは誰でも感じるんだよなぁ…」。遊び仲間が傍らで呟いた。
同じようなことを口にした中には、近所に住む有名な芸能人夫妻もいた。散歩で通りかかり、面白そうなことをやってる…と入場したらしい。キャンプの経験はないものの、初めて見るコットンテントの心地よさに惚れこんでしまい2日間で3度もやってきた。マンションのルーフバルコニーでこの空間を楽しみたいという。
この日の経験が、私のコットンテントへの想いをさらに深くしたのは言うまでもない。
面白い思い出はほかにもある。若い女性達が異口同音に「かわいい!」と連発したことだ。どちらかといえば、私がこういったセットに抱くイメージはその反対。この世界に憧れたきっかけだって、男くさいシーンだった。しかし、彼女たちはテントを見て、ディレクターチェアの帆布を指差して、コットに掛けられた年代モノのラグをめくって、「かわいい!」を連発する。水玉模様でも、花柄でも、キャラクターものでもない、アースカラー系の無骨でシンプルな品々だ。コールマンのN部長が顔を見せたので「これのどこがかわいいんですかね?」と声を掛けると、彼も不思議そうに微笑んだ。
しかし、翌日の終わり間近にやってきたモデル風情の女性のひと言が、謎を解決してくれたのである。彼女もひと通り眺めると、「これってクールですね。ゆるカフェみたいでもあるし…」と言って、スマホで撮りまくった。なるほど…そんな捉え方もあるんだなぁ…と合点がいったついでに、件の「かわいい」について聞いてみると「同じようなことですよ。きっと」と微笑んだ。この単語にそんな意味やエッセンスがあることを知ったのも、このイベントのいい思い出だ。
また、翌年の大阪会場での出来事も深く記憶に残っている。ここでも、ダイニングスペースをセットしてゲストを迎えていたが、2日目になると、会場に入るなりそれを指差してやってくる若い女性が増えたのである。キッチンやミニバー、鍋やテーブルクロスをスマホで撮影している。ウイリアムズソノマのホーロー鍋や銅のミルクパンを手に取ったり、カラフルな香辛料のボトルが並んだキャンピングキッチンや、タータンチェックのランチョンマットに見入ったりしている。聞けば、初日、私のブースをインスタグラムにアップした方がいたようで、それを見て興味を持ったのだとか。「こんなかわいいキャンプがあるんですね!」と満面の笑顔だ。ここでもまた「かわいい」が…(笑)。
もちろん、みんなキャンプの未経験者だった。同じようにその場からインスタグラムにアップしている。
こんな時代なんだなぁ…と感心もしたけれど、前記したフォトジェニックな演出が身を結んだのを実感した。どんなきっかけだろうが、この遊びの世界に興味を持ってくれれば嬉しい。
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。