エレガンスを競いあう美の祭典 Concorso d’Eleganza Villa d’Este

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コンコルソ デレガンザ ヴィラ デステ 2015

写真と短いキャプションでめぐる世界最高峰のクラシックカーミーティング
コンコルソ デレガンザ2015: もっとも美しいクラシックカーのショーケース

コモ湖に並ぶ宝石

スペインの黄色いレーサーは、美しさを競うコンコルソ デレガンザ ヴィラ デステの審査委員たちの心を大きく揺さぶり惑わした。しかし、「ベストオブショー(Best of Show)」賞は、魅惑的に美しいアルファがさらっていった。

審査委員たちが最終的な結果を発表したのは日曜日の夕方のフィナーレでのことだった。彼らは、2015年コンコルソ デレガンザの「ベスト オブ ショー」賞にアルファロメオ8C 2300(1932)を選んだのだった。米ビバリーヒルズに住むアメリカ人コレクター、デイヴィッド シドリック氏の所有するザガートの2シーター オープンボディレーシングカーは、8気筒の魅惑的で衝動的な音で審査委員のみならず、多くの観衆を魅了、歓喜の叫び声で迎え入れられた。

毎年5月にコモ湖には、世界中からたくさんの豪華な世紀の名車が集まってくる。このクラシックなミーティングほど名声を博し、エリートで国際的なものは、ほとんど他に存在しない。2015年のミーティングもそのことを存分に証明した。世界各地から選ばれた52台のメタルでできた宝石が、9つのクラスで、その美しさと素晴らしさを競い合った。

豪華なクルマたちによるビューティコンテストの記念すべき第1回は、ここ、コモ湖のほとりにある5つ星ホテル、ヴィラ デステの庭園で、1929年に開催された。そして、毎年ここに集まっている莫大な富を超越して、参加者と観客は、美しく蠱惑的な自動車たちへ魅せられ続けている。

Photo: Hardy Mutschler

コンコルソ デレガンザ ヴィラ デステのセッティングは、これ以上ないほど素晴らしい。 ここで美と富が出会う。そして最も魅力的な古典のいくつかがトロフィーを競いあう。

Photo: Hardy Mutschler

由緒あるグランドホテル、イタリア北部コモ湖にあるヴィラ デステとヴィラ エルバ周辺で、すべてが行われる。 1929年以来、2輪と4輪の最も高級な宝石が世界中からここに集ってくる。この写真からもその裕福な空気が感じ取れよう。

審査委員と観衆による3日間の集中的な評価の後、トロフィーの勝者が決定される。
ローマナンバーのダックテール911と、初期のカウンタックはまだまだ序の口。

最もエキサイティングなデザインの「トロフェオ アウト&デザイン」賞は、オランダ人コレクターのエヴァート ロウマン氏が所有するペガソ クプラ(1952)に贈られた。この高貴な色、美しさ、野蛮さというコンビネーションは、他の車には存在しない。 細部に及ぶ修復には8年かかった。赤いサイドウオールのタイヤとのマッチングも文句なし。

このレーサーの形と色は文字通り壮観だ。強烈な黄色のペイント、赤いタイヤの側面、車内の2つの緑の陰影……ペガソのクーペはかつてスペインのフェラーリと考えられていた。コンパクトで低く、原寸大のミニカーのようだ。

スペインのメーカー、ペガソが1951~1958に製造した乗用車は87台のみだが、クプラはシングルモデルと見なす必要がある。 クプラは1953年にニューヨークのワールドモーターショーに参加し、その後で、当時のドミニカ共和国大統領ラファエルト ルヒーリョが購入して所有した。1980年代、ドイツ人コレクター、ピーター カウス氏がそのクルマを購入し新しいオーナーとなった。リアの湾曲ガラスの透明度(とその中のラゲッジルームのクロームバー)、各部のメッキの輝きなど、自動車というよりも、リーバ パワーボートあたりの細工を思わせる。

ペガソは子どもたちのアイドルでもあった。16歳未満の子どもたちが絶対的なお気に入りとして選んだのもスペインのデザインだった。周囲の子どもたちと比べても、そのコンパクトなことがわかる。それにしても左のサングラスの男の子のイカシてること。

しかし、審査委員たちが「ベスト オブ ショー」賞として選んだのは、このアルファロメオ8C 2300だった。ザガートの描いた美しいスパイダーボディの下で、純粋なレーシングテクノロジーは、8C 2300を当時最も成功したレースカーの1台にした。アルファロメオの中のアルファロメオ、というエンスーも多い一台だ。

188台が製造され、1937年にすでにイタリアからアメリカに輸出販売されていた。2003年にビバリーヒルズ在住のコレクター、デイヴィッド シドリック氏が購入するまで、の51年間(1952年から)、ワンオーナーの下に在った。カリフォルニアは乾燥していることもあり、こういうヴィンテージカーが生息するには適しているが、それにしても程度がよさそうだ。

Alfa Romeo 8C 2300は、自動車史上最も魅力的なクラシックカーの1台と考えられている。右の女性の脚に目を奪われている場合ではない。

Photo: Hardy Mutschler

コンコルソ デレガンザでは、豪華なクーペがランデブーを行った。1956年に作られたザガートボディを備えたこのマセラティA6G 2000ベルリネッタのように。この車は「紳士のレーサー(Gentlemen’s Racer)」クラスの賞を獲得した。ベルリネッタは1947年から1956年まで作られていたが、このザガートは21台しかつくられなかったうちの一台。今では400万ドル以上の価値があるともいわれている。

コンコルソの中心にはビューティコンテストがあり、今年は「抗うつ薬的戦前のスポーツカー」から「ディスコ時代のスーパーアスリート」まで、9つのカテゴリーに分かれている。その中心的カテゴリーにこのBMW 507がいる。かつてエルビス プレスリーも同形の507を所有していたが、そのアメリカンなイメージに似合うかどうかはちょっと怪しい。

Photo: Hardy Mutschler

「紳士のレーサー」クラスに出場したこのフェラーリ250 GT SWBのオーナーは公表されていない。

大規模に復元された、この1979年のロールスロイス カマルグは「スポーティの到着 – 豪華さの解釈」クラスに参加した。当初ピニンファリーナクーペによってデザインされたモデルは、米国に納入され、後にスイスに輸出販売された。ボディワークは、ミュリナー パークワードによっておこなわれた。
編集部追加文: 日本にも当時の輸入車最高価格である3900万円で発売され、俳優の宇津井健も一台を購入。長年愛用していた。

すばらしい物語。ツールドフランスのボディを備えたこのフェラーリ250 GT LWBコンペティツィオーネ(1957)は、スウェーデンのグランプリで優勝し、フィンランド人物理学者が日常の車として使用することになった。日常の使用に250GT、と思ってしまうが、GT(グランツーリスモ)なのだから用途は間違ってはいない。

その学者の先生とフェラーリは一緒に南イタリアまで旅行した。レストアはせず、オリジナルの緑青のままで保存している。オリジナルであることも、歴史上大きな価値を持つのは言うまでもない。

リトアニア人コレクター、サウリウス カロサス氏がコンテストに参加させた、この1933年メルセデスベンツ380は、ベルリンのスペシャリストであるエルドマン&ロッシのデザインしたスポーティなボディを備えている。プリンス マリオ マックス ショーンブルク リッペは、このロードスターを駆って、「ドイツを通る2000キロ」に参加、見事完走した。ちなみにメルセデスの開発番号(W124とか、W211など)で言うと、このメルセデスは、W22である。

1966年、この380は、米バージニア州アレクサンドリアのメルセデス ディーラーで発見され、レストアされたものだ。2015年の「抗うつ薬(antidepressants)」クラス賞を授与された。ライト周囲の質感やフロントグリルのクロームの厚さなど、まごうかたなきメルセデスベンツとはこのこと。

このメルセデスベンツ770Kは、最も重要なロシアのヴィンテージカーコレクションの1台としてヴィラ デステに来た。この「大きなメルセデス」は1937年に工場でコンバーチブルDボディを受け取った。1930年から1943年の間に18台だけが工場で生産された。この車は最初にハンガリーのホルシー提督に納車され、1962年にノースカロライナ(米国)で再び発見された。2005年以降、この豪華なカブリオレはドイツに来て、2012年にフルレストアが完了した。
もちろん当時は王族や国家元首などが主なオーナーであり、一般の人間がこの車に乗るということはあり得ない時代である(まあ今でもそうだが)。ちなみにこのメルセデスのコード番号はW07。ちゃんとナンバープレートがついていることに注目。

ミリオン ギエのデザインによる、印象的なクーペ ド・ヴィルのボディワークにより、チェコ人コレクターであるペトル トゥレク氏が所有するこの1939年製のファーマンA6Bは、コンコルソ デレガンザで「最も保存状態の優れた戦前車」賞を与えられた。1912年にフランスの航空機メーカーによって設立されたファーマンは、1919年に高級自動車の製造を開始した。6.6リッターの6気筒エンジンはすでに108馬力を達成していた。

このイソッタ フラスキーニ8A SSはスロバキアから独自の力で到着し、ヴィラ デステの「最長旅行」賞のトロフィーを獲得した。排気量が7.4リッターの8気筒シリーズは、160馬力を発揮し、かつては最強の生産エンジンと見なされていた。カスターニャによってデザインされたこの豪華なカブリオレは、ミラノモーターショーで発表された後、LAに送られ、アメリカ新聞界の大御所、ウィリアム ランドルフ ハースト氏の子息の所有するクルマとなった。
イソッタ フラスキーニはイタリアの超高級車メーカーとして有名ではあるが、世界で最初の4輪ブレーキ付き自動車を製造したメーカーでもあり、技術的にも高いメーカーであった。

トリノ(ピニン・ファリーナ)でデザインされたフェラーリ212ヨーロッパは6台しか製造されておらず、これはフランスに納入された2番目の車だ。1959年、イギリスの愛好家がこのクーペを購入、クーペは1974年に最初のレストアを受け、赤いカラーリングが施された。1977年に、この212は米国の現在のオーナーのもとへ送られた。コンコルソ デレガンザでは、この212ヨーロッパが「最も丁寧なレストレーション」賞を受賞した。

黄金のトロフィーである「コッパドーロ(Coppa d’Oro)」賞は、フェラーリ166 MMが獲得した。1966年に唯一の2リットルのV12エンジンとともにレストアされ、後にニューヨーク近代美術館やベルリン国立ギャラリーで展示された。
ちなみにMM、とは1948年にミッレ ミリアに優勝したことからつけられた、ミッレ ミリアの頭文字。

1948年からフェラーリによって166は25台作られた。これはその前の年に設立されたばかりのスポーツカーメーカーにとって3番目となるモデルだった。このバルケッタの最初のオーナーはフィアットのボスであった、ジョバンニ アニエリだった。その後、レーサー、オリビエ ゲンデビエンによってレースでも成功をおさめた。この車も本当にコンパクトで美しい。これぐらいのフェラーリが今あったら、と思わずにはいられないサイズである。

1925、ロールスロイスは、最初のファントムを市場にもたらした(写真はファントムIロードスター)。その90周年を、コンコルソ デレガンザで祝った。まさに黄色いロールスロイス、そのもの。それにしても左の女性の洋服が妙に気になってしまう……。

このツーリングセダンは、ジェームス ヤングがデザインしたボディを身にまとう。 1959年から1968年の間に作成されたVシリーズは516台のみだった。この7人乗りは1977年から1992年までは、不動産の大物だったドナルドトランプ氏(現米大統領)の当時の妻であったイヴァナ トランプが所有、愛用していた。フロントのパルテノングリルに飾られた世界各国の有名オーナーズクラブ(たぶん)のバッチが誇らしげである。

BMWとVWでCEOを務めた現在のオーナー、ベルント ピシェッツリーダー氏がコモ湖にこのクルマを持ち込んだ。といっても、この写真は、ピントが女性に合っているため(前ピン、という)カメラマンはそっちを主に写したかったはず。

コンコルソ デレガンザ ヴィラ デステ2015参加車中、最も奇妙な乗り物は、間違いなく、このイギリス製の6輪を備えたカブリオレ、パンサー シックスだった。ロンドンでの最初の登場した直後から伝説となったパンサー。その8.2リッターV8ミッドエンジンはキャデラック エルドラドからの応用で、2つのターボのおかげで約600馬力を発揮した。最高速度は320km/hであったため、パンサーはピレリに特注して特別なタイヤを開発してもらった。現在、2台作られたうち1台だけが知られている。オーナーはオーストリアに住んでいる。このカラーリングは初めて見たが、フカか、さもなければ日本のパトカーみたいである。しかし、タイヤが劣化したらどうするのだろう?

Photo: Hardy Mutschler

毎年、貴金属のコレクターと愛好家は、このランチア アストゥーラ3Aなどの、最も美しいモデル(車も女性も)を自分たちの目で実際に愛でるためにコモ湖への巡礼を行う。ちなみにトヨタ博物館にもアストゥーラはあるが、そちらはティーポ233Cである。(ドアの開き方が違う。こちらは前開き)

コンコルソ デレガンザは、珍しいユニークな車のショーでもある。1965年のマクラーレンM1-Aプロトタイプは、翌年のエルビス プレスリーの映画「スピンアウト(邦題=カリフォルニア万才)」に登場した。(というタイトルからもわかるように、映画は陽気な軽いノリの映画であって、決して「フォードVSフェラーリ」のような熱血レース映画ではない)。エルヴィス プレスリーが陽気に歌いながら展開する、どこまでもアメリカンな映画である。

フェラーリ ディーノ206Sスパイダーにはすべてが整っている。206Sは330P3を小さくしたものといえる。当時の多くのレーシングドライバーによって、数多くのレースで優勝した。

コモ湖を騒がせたものは、その際どい曲線、魅力的なライン、素晴らしいストーリーだ。
黄色いホイールにもレーシーさと華があって素晴らしい。

「ストップウォッチに対する2人乗り(two-seater against the stopwatch)」クラスには、このランチア ストラトスが参加した。今見ても前衛的、そしてレーシー。落っこちたように開いているドア ウインドー(これで正しい)に注意。傍らのエレガントな女性との対比で一層アンバランスな魅力を醸し出している。

その力強さは小さなモータースポーツファンをも魅了した。きちんと革バンドの腕時計をした紳士であることにご注目。

コモ湖でのクラシックミーティングは、美しいものを観るべきお祭りだ。写真はOMシュペールバ 665 SSMM(1929)。(当時の自動車はどれも美しいが、判別が困難なことも事実。どれも同じような表情に見えませんか??)

1980年のBMW M1も登場。今見てもジウジアーロのデザインは均整がとれていて美しいが、当時はスーパーカーとしては迫力に欠けたためか、大きな成功を収めることはなかった(完成度は抜群であったが)。

1953年のクライスラーSS。上品で優雅な色に塗られたこの写真では大きさが判別しにくいが、実際には大変立派なフルサイズの自動車である。

参加車には、1954年にソウチックデザインのボディでコンバーチブルに仕立て上げられたこのペガソ Z-102や、

1937年に発売されたメルセデス540Kなど、常に大きなストーリーを持っている。今やオークションで日本円にして12億円以上で落札されたこともある自動車となった。

審査委員たちは、この1933年ロールスロイス ファントムIIコンチネンタルの「エミリー(マスコットである、フライング オブ エクスタシーのスラング)」など、あらゆるものの詳細まで確認する。

念入りに、丁寧に磨く作業はプレゼンテーションのための、最後の化粧。
(Photo: Hardy Mutschler)

美しいカラーリングのミウラ。ミラーはついていないが、ナンバープレートはついているため公道をたまには走っているのだろう。

ダックテール911のオーナーが嬉しそうにポーズを決める。サンルーフもついている仕様のため、日常にも使えそうな車ではるが、もはやこの年式の911もコレクターズアイテムになりつつある。

この優雅さと余裕。これこそが豊かさ、なのである。しわ一つないドレスシャツにひざにかけたジャケット。そのカジュアルさがなんとも恰好いい。

今まさにキャンバスに描き始めたご婦人。赤いイーゼルと帽子の洒落たコーディネートが粋である。

素敵なサンドレスはもちろんこのイベントのために。

Photo: RM Auctions

ヴィンテージカーショーの隣では、オークションハウスRMサザビーズによるオークションが土曜日に開催された。販売された最も高価な車は、この1952年のフェラーリ212バルケッタだった。672万ユーロ(約8億4千万円)で落札された。

Photo: Werk

「ファントム ストーリー」では、別のコンクールクラス。黄色いホイールはやや不釣り合いでオーバーレストアか。

Text: Thomas Wirth
Photos: @bmwgroup