【ひねもすのたりワゴン生活】コットンテントの誘惑 その6
2021年7月13日
Lサイズワゴンの快適さを教えてくれたXM Breakのこと
空前のブームで、各地のキャンプ場はカラフルなテントで埋め尽くされています。そのほとんどは軽くて強靭な最新素材だけれど、コットンの魅力に惹かれる人々も…。私もそのひとりで、十代の半ばに出会って50年近く…今も、この少し手間のかかるパートナーをクルマに積み込んで、至福のひとときを過ごしています。
少し話が戻るけれど、前回書いたように、シトロエンのXM Breakが我が家にやってきてから、仕事はもちろん、キャンプの楽しみ方も大きく変わった。
XMは、同社のフラッグシップであり大統領車としても活躍したCXの後継車という重責を担って登場すると、ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、注目された。…とはいえ、当時の日本では決して大衆受けするブランドではなかったから、見かけることは稀だった。話題になったのは、その頃首相だった細川護熙さんの愛車だったことくらい(笑)。
そんな存在だったから、さらに少ないワゴンモデルは言うに及ばず、その価格を考えれば人々がドイツやスウェーデンのブランドに向かうのは当然だった。
BXに不満があったかと言えば、そんなことは毛頭なくて、真夏にエアコンを最強にしたら送風口から氷の粒が飛んできたとか、高速道路でサンルーフが外れそうになったりとか、笑い話のようなトラブルもあったけれど、すべてが初めての経験だったから、そんな時間も楽しむことができた。何より、父親の肩車で散歩に出かけるような優しい乗り心地が、ドライブを何倍も快適なものにしてくれた。
BX Breakという身の丈にあった相棒がいながら乗り換えようと思ったのは、ある晩の出来事がきっかけだ。ある写真家の個展のパーティーに出かけたら、知り合いの服飾デザイナーと顔を合わせた。彼は釣りやキャンプなどへの造詣も深く、当時人気だった国産アウトドアブランドも手掛けていた。
彼は私がBX乗りだったことを知っていたので、「クルマの調子はどう?」なんて話しかけてきて、シトロエン話に花が咲いた。すると、彼も愛車を買い換えたのだという。
「XMにしたんだよ…」と微笑んだ。驚いた。もちろん、日本に導入が始まったのは聞いていたけれど、超ニッチな存在だったから、身近にそれを手にした人がいるとは思いもよらなかったのである。
もともと、彼が欧州車乗りだったことは知ってはいたが、まさかXMに来るとは…(笑)。その理由を恐る恐る聞いてみると、彼は顔をくしゃくしゃにした。
「事務所で金曜に日付が変わる頃まで仕事しててさ、くったくたになっちゃって、ちょっとリフレッシュしたいなぁ…なんて思ったりした時、そのまま好きな青森の温泉までひとっ走りしちゃおうかな…って気になれるんだよね」。ちょっとキザで、上から目線な言い回しで、BX乗りにとっては、ちょっと気に障ったけれど、同じように昼夜問わずの仕事をしている身にはその感動が分かるような気がした。むしろ、数多の欧州車を経験した彼がそこまで惚れる世界への興味がはるかに上回ったのである。
そして、彼はXMの乗り心地や魅力を語り続けた。特に強調したのが、初めて搭載されたハイドラクティブと呼ばれるアクティブサスペンションの素晴らしさ。フランス車独特のしなやかな乗り心地のままで、高速でコーナーに入っても常にフラットな姿勢を保ってくれるのだという。ほら、ゲームセンターにあるエアホッケーみたいな感じだよ…と笑った。
それからというもの、頭の中からその名が消えなくなり、何が何でも乗ってやろうという気になっていった。しかし、本国では発表されているワゴンモデルがまだ導入されておらず、日本デビューを待たなければならなかった。
やがて、出入りしていた横浜のディーラーからBreak到着の報が…。ショールームで会ったXMは圧巻のオーラを放ち、直線と平面を基調にしたボディーはベルトーネらしさにあふれていた。値段はBXの倍くらいしたけれど、抗えなかった。
こうして、私の許へ3台目のシトロエンがやってきた…。
彼が言う快適さは真実だった。高速での優れた直進性と、フラットな乗り心地。東名高速の、追い越し車線にひょいと出てくるトラックがいやで、関西取材に向かう時も、アップダウンとコーナーが繰り返される中央高速を選ぶことがあったが、まったく疲れることはなかった。
琵琶湖に出かけて取材をして東京に戻り、写真を選び、原稿を完成させ、デザイナーに渡して、また琵琶湖に向かう……そんな、月曜から金曜の間に滋賀を2往復…そして八郎潟へ…なんてことも辛くなくなったのである。
唯一不満だったのは、BXまで続いてきたフランス車独特のシートではなくなっていたこと。ホールド性を確保しながらもソフトタッチだったシートがドイツ寄りの味付けになっていたこと…まぁ、時代の流れなのだろうと自分に言い聞かせた。
自動車雑誌に携わっていた知り合いが、布団か棺桶を乗せるのには役立つと毒を吐いた巨大なカーゴスペースは圧倒的な収納力で、コールマンドームをベースとする大掛かりなキャンプスタイルを後押ししてくれた。そして、どれだけ荷物が増えても乗り心地が変わることはなかった。
そんな蜜月時代は10年ちょっと続いたのだった。
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。