【ひねもすのたりワゴン生活】コットンテントの誘惑 その5
2021年6月26日
ついに、コットンテントがやってきた。
空前のブームで、各地のキャンプ場はカラフルなテントで埋め尽くされています。そのほとんどは軽くて強靭な最新素材だけれど、コットンの魅力に惹かれる人々も…。私もそのひとりで、十代の半ばに出会って50年近く…今も、この少し手間のかかるパートナーをクルマに積み込んで、至福のひとときを過ごしています。
コールマンドームと遊んでいた時代、月刊誌の編集長を務めていて、コールマンの公式サイトで連載のエッセイも担当するようになっていた。私のようなぐうたらキャンパーに、声をかけてくれたことに驚いたが、あの先達から受け継いだ世界観を文字に連ねるのはとても楽しかったし、世の中に伝えていくのも嬉しかった。それが、この遊びに導いてくれた彼らへの恩返しのように思え、自分の務めのような気もしていた。
そして、キャンプへの想いや歩みを文字にしていくと、それまでは好き勝手、思うがままに続けてきたさまざまなことが、徐々にひとつのスタイルとしてまとまっていった。…いや、自覚するようになったというほうが近いかもしれない。
不思議なもので、そうなっていくといろいろなメディアから取材を受けるようになって、イベントの企画を手掛けたりもした。とはいえ、あいかわらず、自己満足でぐうたらなキャンプだったけれど…(笑)。
そして、四半世紀近く籍を置いていた出版社を辞めた頃、あのコットンテントが復刻されるという話が耳に入った。国内でもその手の商品が認知されるようになってはいたが、当時のそういった類のマーケット規模を考えると、ずいぶん思い切ったことをやるものだと驚いた。でも一方で、心の中では快哉を叫び、さすがだなぁ…と感服した。
ビジネスではあっても、舞台は遊びの世界。リスクだのロスだのと、理屈と計算ばかりをこねていては、面白いことはできない。あんなことやっちゃって大丈夫?…なんて冷やかしは、遊びの世界では最上級の褒め言葉だ。損得勘定は一旦置いて、本当に面白いと思えること、熱くなれることを形にした時、人は心を揺さぶられる。
まぁ、勝手な思い込みかもしれないけれど、オアシスの復刻を聞いた時、そんなことが頭を過って、心が躍った。あのセールの不甲斐ない思い出からずいぶん経っていたし、歳も重ねていたので、そろそろいいかも…なんて想いが、どこかに芽生えていたのかもしれない。クルマもミドルサイズのBXから、同じシトロエンのXM Breakに変わっていて、全長5m近いフルサイズのワゴンだったから、収納力も格段に上がっていた。すべてが揃い始めていた。
そして、縁あってそのひと張りが私の元へやってくることになった。運送屋のお兄さんが両手で抱えて玄関に運んできたのは、大きな黒いバッグふたつ。畳まれていてもやっぱり大きくて、重くて、迫力があった。道具部屋に運び込むと、ずいぶん前からそこに居たかのように馴染んだのが不思議だった。
ずいぶん遠回りしちゃったなぁ…と思いつつ、不思議な安堵感に包まれたのを覚えている。そして、試しに張ってみると、なんだか懐かしさのようなものがこみ上げた。十代の半ばに衝撃を受けたあの世界が自分のものになる…そう思ったら、胸が熱くなった。
オアシスの脇にXM Breakを置いてみると、ベルトーネデザインが創り出すあの未来的で、アバンギャルドな雰囲気と、クラシックなコットンテントのコンビネーションが思いのほかマッチした。
オアシスの心地よさは想像を超えていた。何よりも驚いたのは、そのすがすがしさだった。ひと言でいえば、室内がさらりとしているのである。なんのことかと首を傾げる方もいらっしゃるだろうが、そのありがたみは、真夏のキャンプ場で一泊でもしたことのある方なら、頷いてくださるのではないだろうか。この点において、コットン素材が後塵を拝することはない。いや、圧倒的な優位性を見せる。これは、あの雑誌の記事では触れられていなかったし、伝わってもこなかった。
日本の夏は、湿気や暑さとの闘いだ。1日を気持ちよく過ごせるのは、関東周辺なら高地を除けばせいぜい5月半ば過ぎまで…。梅雨に入れば雨が厄介なのはもちろんだけれど、そこから晩夏までの蒸し暑さは、明治維新後にやってきた西欧の外交官たちが、生命の危機だと本国に訴え、奥日光に次々と避暑施設を作らせたのも頷ける。こと、近年の猛暑は論を待たず、エアコンで難を逃れている私たちにとって、熱気と湿度は不快なことこの上ない。
もちろん、キャンプ場の多くは、林を抜ける山風や、川面を疾る涼風の恩恵を受けることができるし、そのために出かけて行くわけだから、そこで過ごす時間の大半は街なかに比べればずっと心地よい。
問題はテントの中である。夜が更けていけば暑さも和らぎ、心地よい眠りにつくことができるだろう。しかし、日が昇り、夏の朝日がテントを照らし始めると、室内の温度と湿度はみるみる上がり、それがこもってくる。おそらくは日の出から2、3時間もすれば、その蒸し暑さに眠りが浅くなったり、目を覚ましてしまうはずだ。
もちろん、すべての窓を開放し、風が通るようにしておけば難を逃れることはできる。しかし、一夜を通してそうするのは夜明け前の思わぬ涼しさに体調を崩すこともあるので、あまりお薦めはできないし、私自身は避けていた。蒸し暑さを感じた段階で開ければよいのだけれど、結局1度は目覚めることになってしまうのである。
もちろん、これはいつまでも寝ていたい私のようなぐうたらの話で、夜明けと共に起きて活動を始めるアクティブなキャンパーには無縁な問題ではある。でも、とにかく夏のテントは暑い…。オアシスはそんな朝の蒸し暑さを遠ざけてくれた。
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。