【ひねもすのたりワゴン生活】コットンテントの誘惑 その4
2021年6月13日
オアシスの存在感に圧倒され、ドーム型をパートナーに…
空前のブームで、各地のキャンプ場はカラフルなテントで埋め尽くされています。そのほとんどは軽くて強靭な最新素材だけれど、コットンの魅力に惹かれる人々も…。私もそのひとりで、十代の半ばに出会って50年近く…今も、この少し手間のかかるパートナーをクルマに積み込んで、至福のひとときを過ごしています。
その日、新たなパートナーとして連れて帰ったのは、オアシスの隣に展示されていたコールマンドームだった。その後、仲間から“プラネタリウム”なんて陰口を叩かれることになる巨大なもので、一辺が3m50㎝もあって、充分過ぎる室内空間だった。むしろ、木枠などで区切られたキャンプ場だと、当時のスペースでは張る場所を捜すのに難儀することもあった。高さは220㎝で、オアシスには10㎝及ばないが、これも余りある数値だった。このサイズ…現在では珍しくないが、当時は稀有な存在で、どこのキャンプ場でも好奇の目で見られた。もちろん、細いポールと薄くて軽いナイロン生地の本体は、軽量&コンパクトで、とても合理的に設計されていた。
しかし、私には、その優等生が面白みに欠けた。雑誌で見たあの光景のように、そこに在るだけで周囲の空気を変え、ひとつのストーリーを生み出してしまうような強烈なオーラを感じなかったからである。心を揺さぶられなかったと言ったほうがいいかもしれない。…にもかかわらず、セール会場ではそれを選んでクルマに積み込んだのだった。
ひとことで言えば、オアシスを持ち帰る勇気がなかった…初めて目にした実物の迫力に気圧されてしまったのだ。甲斐性がなかったと言ってもいい。1970年代にきら星のごとく雑誌を飾っていたアウトドアの先達が選び、愛用した逸品のテイストそのままの復刻モデルをパートナーとする自信がなく、自分がそれにふさわしいとも思えず、腰が引けたのだった。
テントごときで何を大げさな、と笑われてしまうかもしれないけれど、遊びだからこそ、趣味の世界だからこそ…あまりに憧れが強かったからこそ、そんなこだわりが足を引っ張ったような気がする。だから、オーラを感じなかったコールマンドームが身近に感じ、気楽な存在に思えたのである。
その頃は、シトロエンのBXのTRiに乗っていて、Break(ワゴンモデル)ではなかったから、「こんなテントは、クルマへの積み下ろしも、収納スペースも大変…」なんて自分に言い聞かせ、実際に使うなら軽くてコンパクトになるドームのほうがいい…などと、無理やり納得したのだった。それが単なる言い訳であり、逃げだったのはいうまでもない。
まもなく、同じBXのTZi Breakに乗り換えたのだけれど、仮にあの時、それだったとしてもオアシスは買わなかっただろう。今になって思えば、言い訳のネタにされたTRiが気の毒でしかたない。
でも、その巨大なドームテントはしばらくの間、文句も言わず私の休日を楽しく演出してくれた。220㎝という高さは、長い釣竿を持ったまま入ることができたし、大きなベッドを入れて、さらにテーブルやチェアも呑みこんでくれた。雨が降っても、その中で1日楽しく過ごすことができ、その快適さに満足した。
たまにコットンテントのことを思い出すことはあったけれど、自分の中では気持ちを切り替えた…つもりでいた。
【筆者の紹介】
三浦 修(Shu Miura)
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。