【名車シリーズ】 ポルシェの作ったメルセデス・ベンツ 生まれて早や30年 メルセデス・ベンツ500E物語 レジェンドはいかにして生まれたのか

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あなたはそれを知っているだろうか?もっと正確に言えば、本当に知っているだろうか? メルセデスW124には、希少なトップバージョンである500Eが用意されていたことは誰もが知っている。しかし、このベンツはメルセデス・ベンツであっても、シュトゥットガルト ツッフェンハウゼン、つまりポルシェで製造されたことも事実である。伝説的なストーリーをひも解こう。

誕生20年にして、すでに伝説となり、30年を経た今や神話となっている。
「メルセデス・ベンツ500E」は、1990年11月に生産ラインから出荷されて以来、不屈の精神を持つユニークなヒーローの神話を多く生み出してきた。

W124シリーズセダンの誕生は、伝説的なメルセデスのボスであるヴェルナー ニーファーが、ポルシェに協力するという異例の決断から始まった。
ツッフェンハウゼン(ポルシェ本社)では、80年代初頭、販売危機と財務問題により、存在危機的状況にあったのだ。
ヴェルナー ニーファーは同じシュトゥットガルトに拠点を構えるライバル、ポルシェに開発と生産の協力を依頼した。
ポルシェは、M119エンジン(500SLの5リッター)を搭載したW124セダンの「建設的で実験的な」シリーズ開発を引き継いで完成させたが、そのためには、フロントエンド、エグゾースト、ブレーキシステム、「500SL」のシャシー、そしてエンジン自体の改良が必要だった。
そのために必然的にオーバーフェンダーとなったのである。
歴史的なポルシェ製メルセデスの誕生だ。

メルセデスのコックピットは、こうでなくてはならない。頑丈に作られ、すべてがそこにあり、直感的に操作できる。

これ以上のメルセデスは存在しない

1年半の準備期間を経て、「500E」は1990年春に発表された。
そして、「ポルシェのエンジニアたち」が生産をも委託された。
当時、倒産の危機に瀕していたため、ポルシェはプライドをかけて挑戦的な注文を受けたのである。
まず、最初の4台が仕上げられた後、生産台数は1日に10〜15台、最終的には1日20台を手作業で生産し、1994年までにわずか10,479台が生産された。
メルセデスが引き継いだのは、塗装と販売だけだった。
「ポルシェ・ダイムラー」の不思議なところ?
ポルシェのフィーリングは、メルセデスのエンジンによってもたらされているところだ。

スポイラー内のフォグランプ、フレアフェンダーなど、500Eの特徴がよく表れている。巨大なW124の出番は、高速ストレートだ。

フロントエンド、フェンダー、バルクヘッドなど、異なるパーツはすべてポルシェで組み立てていた。
念のため、塗装はジンデルフィンゲンで行い、「SL」のV8エンジンを含む最終組み立ては再びツッフェンハウゼンで行い、もちろんジンデルフィンゲンを経由してメルセデスのディーラーに納入された。

ポルシェが製造した10,497台の「500E」は、あっという間に、3年先まで完売してしまった。
1990年10月の発売時の定価は最低でも134,520マルク(約900万円)だったが、150,000マルク(約1,000万円)を下回ることはほとんどなかった。

そして、さようなら。500Eは、完璧なまでの控えめさを体現している。知らない人は200Dと勘違いするかもしれないが・・・。

メルセデス・ベンツ500E: 嵐の前の静けさ

5リッターV8には4速オートマチックが組み合わされ、当時のスポーツプログラムが適用された。
そのため、6秒後には100km/hに到達し、最高速度は250km/h(自主制御)に達する。
ウッドやレザーを丁寧に配置したハイエンドミッドレンジのフィーリングの良い雰囲気の中で、時速200kmで地平線に向かって静かに飛んでいく。
長距離走行では、しっかりとした快適なチューニングが施されたスポーティセダンは誰にも負けない。
「ポルシェ・ベンツ」の魅力は、真面目さと過剰さが融合した、ブルジョア的で狂おしいほどの魅力にあった。
当時、誰も気づかない4つのドアと4つのシートを持つポルシェ911を運転するというアイデアのように。

フロントにたくさんのことを詰め込んでいることが、この特別かつ例外的なEクラスの大きな魅力なのだ。

業界紙では賞賛の声が多く、冷静なプロのテスターはこの車を哲学的に評価した。
「車は走るのではなく、浮いている。ただ走るだけの時間を過ごすことができるのが嬉しい」(AUTO BILD誌1990年10月号)。
1991年の初めには、『アウトモトールウントシュポルト(Auto Motor und Sport)』誌が、「トランスアクスル(エンジンを前に、トランスミッションを後に)を搭載していないにもかかわらず、乗り心地の良さ、より正確なステアリング、50:50の完璧なバランスの重量配分をポルシェ・ベンツは実現している」と評価した。
この時に比較テストの相手は、よりによってフロントエンジンの「ポルシェ928S」であった。
“The best or nothing(最善か無か)”、という、当時のあのメルセデスの原則は、このクルマのためにあったのかもしれない。

500Eの歴史

1990年10月のパリモーターショーで、「W124」シリーズのトップモデルとして「500E」を発表。
326馬力の5リッターV8エンジンは、500SLロードスター(R129)のパワープラントをベースに、ツッフェンハウゼンのポルシェで最適化されたものである。
ホワイトボディの製造と最終組み立てもここで行われた。
1992年10月からは6馬力ダウン。
1993年6月、「500E」は「E500」となり、モデルシリーズの正式名称は「Eクラス」となり、出力は変わらず320馬力(235kW)となった。
翌年以降、生産はダイムラー・ベンツのジンデルフィンゲン工場となった。
そのモデルチェンジでは、エアコン、電動調整式フロントシート、助手席エアバッグなどが標準装備された。
1993年3月~1994年11月: メルセデスE60 AMG。
381馬力(280kW)にパワーアップしたこの「E500」は、定価179,860マルク(約1,300万円)でメルセデスのディーラーを通じて販売された。
「E60 AMG」を含む「500E/E500」の総生産台数は10,479台。

テクニカルデータ: メルセデス・ベンツ 500E W124
● エンジン: V型8気筒、フロント縦置き ● シリンダー: バンクごとに2つのオーバーヘッドカムシャフト、シリンダーごとに4つのバルブ、2つの調整式セラミック触媒コンバーター ● 排気量: 4973cc ● 出力: 326PS@5700rpm ● 最大トルク: 480Nm@3900rpm ● 駆動方式: 後輪駆動、トラクションコントロール付き4速オートマチックトランスミッション ● 足回り: フロントウィッシュボーン、ストラット、スタビライザーバー、リアウィッシュボーンアクスル、コイルスプリング、スタビライザーバー ● タイヤ: 225/55R16 ● ホイールベース: 2800mm ● 全長×全幅×全高: 4750x1796x1408mm ● 乾燥重量: 1790kg ● 0-100km/h加速 6.3秒 ● 最高速度: 250km/h(制御値)

プラス/マイナス

シリーズ「R129」の「メルセデス500SL」をセダンに?
その答えが「500E」で、オールラウンドな外観を持つスポーツカーだ。
しかし同時に、贅沢な生活を送るための車でもある。
頻繁に運転する車は、もともとブッシュ類には大きく負担がかかるため、タイヤをカスタマイズしている場合は特に、経年劣化で痛みが出てくるので要注意である。
エンジンは、30万kmをはるかに超える走行距離を想定して設計されており、周辺部(コントロールユニット)で問題が発生し、さらにその先にある燃料系などでも問題が発生する。
また、通常の「W124」フレーム(ジャッキマウント、ホイールアーチ)には錆が発生し、フロントとリアの合わせガラスは空気を吸って乳白色になることが多い。

市場の状況

「500E」はまだ市場に出回っているものの、供給は急速に減少している。
ローダウンされていないオリジナルの状態で、総走行距離が20万キロ以下のモデルに強い需要がある。
最低の価格(つまり走行距離多く、改造のされている程度の悪いもの)でも、16,000~18,000ユーロ(約220~250万円)、場合によっては新車なみの価格になることもある。
当然のように、特別仕様車の「E500リミテッドエディション(500台)」や、12台しか製造されなかった「E60 AMG」などは、要相談となる。

スペアパーツ

また、「500E」は124シリーズであるため、多くの板金部品や消耗部品は比較的多く出回っている。
しかし、エンジンやトランスミッションだけでなく、フロントアクスル、ブレーキシステム、リアアクスルのハイドロニューマチックレベルレギュレーションなど、「500E」専用のスペアパーツは当然高価なものとなるが、ほとんどの部品は1日で入手できる。
しかしボッシュと熱心な愛好家の間では、インジェクションシステム(ECUなども含む)とポンプに注目が集まっている。
それらはなかなか入手困難になりつつあるからだ。
価格は以下の通りだ。
エンジン交換(アタッチメントなし)16,065ユーロ(約216万円)、アタッチメント付き20,825ユーロ(約280万円)、ATトランスミッション(取り付けなし)4,069ユーロ(約55万円)。

おすすめポイント

500E/E500の購入に際しては、できれば信頼のおける供給元で、整備記録の追跡が可能なものが望ましい。
スイスやオーストリアの車は、ドイツの車に比べて走行距離が少ないことが多い。
しかしそんな場合にもメンテナンスが滞っている車両が多い。
だから記録簿・整備記録が揃っていることが大切だ。
8気筒の「W124」については、最も安い買い物は常に最も高いものだということを理解しておくべきだ。

私が長年お世話になっている自動車整備工場で、頻繫に整備や修理を受けている「500E」を見かけることがある。話を聞くと交換パーツやら修理箇所で結構な整備となっているにも関わらず、そのオーナーは「乗るクルマはこれしかない」ということで、20万キロを超えても愛用しているのだという。
「500E」を、歴代メルセデス・ベンツの中で最高の4ドアサルーンと評する人は多く、そういう僕も憧れのクルマの1台である。そんな中でもポルシェの工場からラインオフされた最初のほうのクルマは、逸話も含めて伝説化されていると言ってもよい。
実際、最初の「500E」と後半の「E500」では、乗り味や、トラクションコントロールの効き方などが明らかに違う(らしい)。とはいってもこれはポルシェの工場、メルセデス・ベンツの工場うんぬんかんぬんのハナシではなく、マイナーチェンジによるものと考える方が正解だろう。いずれにしろ、ポルシェの経営不振を救うために依頼した結果、期せずしてこういう逸話が生まれたということは、今となってはなんとも感慨深いものがある。
そんな初期の「500E」を購入していた人が私の周りにも何人かいたため、数回ほど運転させていただいたことがあるが、「Eクラス」のようであって、でも「Eクラス」とは全く別物のクルマであった。それが数年後に「500SL」の乗り味と大変近いということに気が付くのだが、その時の感想は、とにかく安定しきったまま、ひたすら滑らかに地面に張り付くように、スピードメーターの針が嘘のように上がっていく「Eクラス」、というものだった。そしてそんな「メルセデス・ベンツEクラス」は、その後世の中に生まれていない。そしてもう二度とこんな自動車は生まれてこないだろう。
30年経過した「500E」を維持していくことがどれほど大変なことなのかは予想がつく。だがこれ以外かつこれ以上のメルセデス・ベンツはない、とひたすら乗り続けるオーナーの気持ちも大変よくわかるのである。

Text: Karl-August Almstadt
加筆: 大林晃平
Photo: Angelika Emmerling