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【ひねもすのたりワゴン生活】コットンテントの誘惑 その2

2021年5月14日

目を奪われた新聞広告の3ルームテント

空前のブームで、各地のキャンプ場はカラフルなテントで埋め尽くされています。そのほとんどは軽くて強靭な最新素材だけれど、コットンの魅力に惹かれる人々も…。私もそのひとりで、十代の半ばに出会って50年近く…今も、この少し手間のかかるパートナーをクルマに積み込んで、至福のひとときを過ごしています。

 大学生になってまもなく……朝、新聞をめくっていたら、ある通販の全面広告で手が止まった。それは、台形を潰したようなシルエットの大型テントで、センターにリビングスペースが、その両側に寝室がひとつずつ設けられた3ルームモデルだった。読んでいくと、日本を代表する家電メーカーのライフスタイル部門が販売するもので、製造元は国産の老舗テントメーカーらしい。雑誌で見たあのテントとはデザインが違っていたけれど、大きさといい、間取りといい、快適さでは負けていないように思えた。
 キャンプにはいろいろなスタイルがある。登山やトレッキングのファンのように1人用の小さなテントでコンパクトに楽しむのも、家族で和気あいあいと過ごすのも、野外フェスなどでカジュアルにエンターテーメントに酔うのも…遊びなんだから、百人いれば百通りの正解があっていいはずで、自分に合ったスタイルを見つけて楽しめばいい。
 私の場合、あの記事を目にした日に、大掛かりなアメリカンタイプのキャンプに心を奪われてしまい、今に至っている。しかし、当時、十代の少年がそういったビッグサイズのテントを手に入れる術はなかったから、ただ妄想の世界に遊ぶだけだった。
 なのに、ある日新聞を開いたら、雰囲気の似通ったテントが現れたのである。いや、似ているのはスケール感だけだったけれど、あの世界に飢えていた私には抗えるはずがなかった。そのページだけ抜き取って自分の部屋に持ち帰り、来る日も来る日も眺め、1週間後だったか2週間後だったか、後先も考えずに買うことを決めた。クルマも持っていないのにどうやって運ぶのか…などと、申し込んだ後で苦笑いしたが、これさえ手に入れれば、大人の世界に近づけるような気がしたのである。
 やってきたのは、想像以上に大きなテントで(例の林間学校の思い出が残っていたのでより強く感じたのかもしれない…)、その満足感といったら例えようもなかった。うまいぐあいに歳上の同級生が免許とワゴンを持っていたので、それで神奈川県の湖のほとりに向かった。中央のリビングスペースは、大人の背丈を超える高さがあって、タープがなくともそこで過ごすことができそうだった。ふたつの寝室は天井が斜めになっていて三角テントのような雰囲気だったけれど、着替えなどはリビングスペースで行なえたから何も問題はない。むしろ、用途によって部屋が分かれる贅沢さに心が躍ったのである。寝室のサイズに合わせて用意されたオプションのマットもいい塩梅で砂利や小石の凹凸を和らげてくれた。

今、見れば、ツッコミどころ満載のひと張りだけれど、あの頃は夢の世界への入り口だった

 日が沈み始めたので、すでに手に入れていたホワイトガソリンのランタンに火を点けた。自宅でテストはしていたものの、人工的な光のない広大な湖畔では、その煌々とした光が一層眩かった。そしてツーバーナーでスパゲッティを作った。
 タープもテーブルも大型クーラーもコット(折り畳みベッド)もなく、ランタンとツーバーナーが助さん角さん役……腰かけたチェアは海水浴用の妙なストライプ柄だったけれど、それでもあの記事に少し近づけた気がした。
 しかし、ビッグだったのはサイズだけではなかった。その価格も大学生には特大で、それから2年間は月々のローンの支払いのため、アルバイトに明け暮れることとなった。ほどなくして自分も免許を取得し、中古のクルマを手に入れて、仲間を誘っては湖や清流脇の林に向かったのだが、その頃には子供の頃、あの小さな三角テントで抱いたキャンプへの違和感や不満はすべて消え去り、この遊びの楽しさや心地よさにどっぷりとハマっていた。

なんとも昭和な雰囲気に笑ってしまう40数年前のワンカット…。でも、本人たちは結構満足(笑)

 しかし、そういった時間を重ねれば重ねるほど、雑誌で目にしたあのテントへの憧憬も募っていった。なぜなら、使い続けていくと、やはり似て非なるものだったからである。雑誌を飾っていたのはコットン製で、太いフレームが外側にむき出しになるタイプだった。その無骨な感じがなんとも男っぽく、当時流行った「ヘビーデューティー」なんて言葉が似合った。一方、私が使っていたのは薄いナイロン製で、骨組みを組み立てて、上からかぶせる構造だった。フライシートは、半透明なビニールシートでどことなくビニールハウスの雰囲気が漂った。室内空間が大きく、3部屋に分かれているのがウリだったけれど、やっぱりどこか違う…。
 相棒には申し訳ないが、心のどこかであのテントへの想いが膨らんでいくのを止めることはできなかった。

【筆者の紹介】
三浦 修

BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。