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ちょっと不細工なランボ?1990年にモナコで誕生した極めて希少な幻のスーパーカー「MCAセンテナリー」がオークションに!その落札価格は?

2026年10月19日

MCAセンテナリー(MCA Centenaire): 忘れ去られたスーパースポーツカーがオークションに出品された。ランボルギーニ製V12エンジンを搭載したこの忘れ去られたスーパースポーツカーは、カーボンモノコックを採用した初の量産車だった。その名もMCAセンテナリーだ!

カーボンモノコックを採用した初の量産車を製造したのはどのメーカーか?まるでクイズ番組の質問のようだが、これは真剣な質問だ。フェラーリ、マクラーレン、ジャガー、それともパガーニ?意外な答えは、挙げられたメーカーのどれでもないということだ。実は、MCAという超小規模メーカーが、大手メーカーに先駆けてこれを実現したのだった。これが、ほとんど知られていない「MCAセンテナリー」の物語だ!

MCA?聞いたことがない?それは、あなただけではない。今日、このモナコ発の超小規模メーカーは完全に忘れ去られてしまっているからだ。MCAは「モンテカルロ オートモービル(Monte Carlo Automobile)」の略で、1985年にレーシングドライバーのフルヴィオ マリア バラビオ(Fulvio Maria Ballabio)によって設立された。そのデビュー作のために、バラビオは著名な人材を招き入れた。

フェラーリをF1コンストラクターズタイトル初制覇に導き、「アルファロメオ33ストラダーレ」の伝説的なV8エンジンを手掛けたことでも知られる、イタリアの伝説的エンジニア、カルロ キティ(Carlo Chiti)が、この野心的なプロジェクトの技術責任者を務めた。しかし、このプロジェクトは彼にとって最後の仕事となった。

一時期、このMCAセンテナリーは青色に塗装されていたが、現在は再びオリジナルのカラーである「アイボリーホワイト」に戻っている。

1990年5月、「センテナリー」が初めて一般公開された。これにより、MCAはジャガーに先んじることとなった。というのも、ジャガーが「XJR-15」を公開したのは同年11月になってからだったからだ。なぜこれが重要なのか?モナコ自動車クラブ(Automobile Club de Monaco)の創立100周年を記念して名付けられた「センテナリー」は、これにより、カーボンモノコックを採用した初の「量産車」となったのだった。この技術は、それまでモータースポーツでのみ使用されていたものだった。

伝えられるところによると、16台が製造されたという

古いエキゾチックカーによくあることだが、外観が「ランボルギーニ カラ(Lamborghini Calà)」と「デ トマソ グアラ(De Tomaso Guarà)」を混ぜ合わせたような「センテナリー」に関する情報も、極めて乏しい。その第一が生産台数だ。伝えられるところによると、1996年までに、このモナコ製のスーパースポーツカーは計16台が手作業で製造されたという。

「ランボルギーニ」のロゴが刻まれ、ランボルギーニの魂が宿る: 5.2リッターV12エンジンはランボルギーニから供給されたもので、カウンタック5000 QVに搭載されていたものと同じだ。

しかし、当初の仕様で製造されたのはわずか5台だったと言われている。その後、長年にわたりこの車は絶えず改良が重ねられ、さらには「モンテカルロGTB」という新しい名称まで与えられたからだ。1994年、アイクサム(Aixam)がMCAを買収した。この買収をきっかけに、数年後には「メガ モンテカルロ(Mega Monte Carlo)」が誕生したが、これもまた失敗作に終わり、現在では事実上知られていない。

ランボルギーニ・カウンタック搭載のV12

「MCAセンテナリー」も成功とは言い難かった。「ランボルギーニ カウンタック5000 QV」から流用された455馬力の5.2リッターV12エンジンでさえ、その状況を変えることはできなかった。ちなみに、このイタリアの老舗ブランドとの提携は、バラビオ氏自らが手配したものだった。そして、MCAには情熱が欠けていたわけではない。1993年には、このモナコを拠点とするメーカーは、伝説的なル・マン24時間レースに2台のレースカーを投入した。確かに、これらのマシンは目立った成績を残すことはできなかったが、ミュルザンヌ ストレートでは最高速度354km/hを記録したとされている。

車体全体にランボルギーニのロゴや文字が散りばめられている。MCA側はこの提携を非常に誇りに思っていたようだ。

かつては失敗作と見なされていたが、生産台数が少ないことから、MCAは将来的にコレクターズアイテムとなる可能性がある。オークションハウス、「ブロード アロー オークションズ」は、まもなくこの希少なモナコ製スーパースポーツカーの1台をオークションにかける予定だ。出品されるこの1台は、1990年に完成し、その後展示やテスト用に使用された、史上2台目に製造された車両であると言われている。1992年、アイボリーホワイトに塗装されたこの「MCAセンテナリー」はランボルギーニに引き渡され、リヤにV12エンジンを搭載していることから、同社の博物館に展示された。

最高速度320km/hまで表示されるスピードメーターには、36年経った今でも走行距離がわずか1,560キロメートルしか記録されていない。つまり、このMCAセンテナリーはあまり走られてこなかったということだ。

博物館に約10年間展示された後、創設者のバラビオ氏がこの車を買い戻し、青色に再塗装させた。その後、2014年に「センテナリー」は現在の所有者であるフランスのコレクターの手に渡った。この所有者は、455馬力を誇るこのスーパースポーツカーを部分的に修復し、オリジナルカラーに再塗装したが、明らかにほとんど運転していなかったようだ。というのも、発表から36年が経過した今でも、ランボルギーニのロゴが入ったスピードメーターにはわずか1,560キロメートルしか表示されていないからだ。

この希少車がもたらす可能性

10月9日、この忘れ去られたスーパースポーツカーは、ベルギーで開催された「ザ ゾウテ コンクール オークション2026(The Zoute Concours Auction 2026)」の一環として競売にかけられた。推定落札価格は90万~120万ユーロ(約1億6,560~2億2,080万円)だったが、最終的な落札価格は821,875ユーロ(約1億5,122万円)と推定価格をやや下回った。無名のスポーツカーにしては高額だ。ちなみに、「MCAセンテナリー」の初期の所有者には、ロジャー ムーアやクレイ レガッツォーニの名前も挙がっているという。

結論:
私は1990年代から2000年代にかけての、あまり知られていないエキゾチックカーに目がないため、この「MCAセンテナリー」にも強く惹かれている。とはいえ、この車が私にとって821,875ユーロ(約1億5,122万円)の価値があるかどうかは、正直なところ分からない。

Text: Jan Götze
Photo: Broad Arrow Auctions