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「ランボルギーニ ムルシエラゴ」の誕生25周年に捧げるラブレター 少年時代の夢の車をドライブ!

2026年9月18日

ランボルギーニ ムルシエラゴ(Lamborghini Murciélago)の誕生25周年を迎え、AUTO BILDエディターのヤン ゲッツェ(Jan Götze)が少年時代の憧れだった「ポスターカー」をドライブ。極めて個人的な愛の告白である。

金髪の少年は「ルノー ラグナ」のサイドウインドーに鼻を押しつけ、信号待ちで隣に止まったUFOのような物体が何なのか、身ぶり手ぶりを交えながら父親に懸命に説明しようとしている。その4輪のUFOとは、黄色い「ランボルギーニ ムルシエラゴ」だった!

これまで「ポスターカー」を最も多く生み出してきた自動車ブランドは、ランボルギーニだと言っても、おそらく異論はないだろう。ある人にとっては「ミウラ」、またある人にとっては「カウンタック」、そして私にとっては「ムルシエラゴ」である。

「ディアブロ」の後継モデルは、2001年9月にフランクフルトで開催されたIAAで発表され、アウディ傘下で開発された最初のモデルで車名は19世紀に実在した伝説的な闘牛の名前に由来する。デビューから25年を経た今も、ルク ドンカーヴォルケ(Luc Donckerwolke)がデザインした「ムルシエラゴ」は、その魅力をまったく失っていない。それどころか、むしろ輝きを増している。

2001年のIAAで発表

この憧れのクルマを前にすると、私は客観性などすべて投げ捨ててしまう。現在ジェネシスのデザインを率いるドンカーヴォルケは、「ムルシエラゴ」という傑作を生み出し、自らの記念碑を打ち立てた。私にとって「ムルシエラゴ」は、史上最も美しいクルマの1台であり、いや、もしかすると史上最も美しいクルマそのものかもしれない。

誕生25周年を記念し、ランボルギーニは3台のムルシエラゴを用意した。

舞台はサンタアガタ ボロニェーゼ。ランボルギーニが用意してくれた3台の「ムルシエラゴ」を、私は畏敬の念を抱きながら何度も見て回る。その端正なラインに見入り、年式による違いを細かく観察した。

初期モデルがすでに25年前のクルマで、正式なクラシックカーとしてヒストリック車両登録(Hナンバー)が可能になるまで、あとわずか5年しかないという事実が、私にはどうしても実感できない。全幅2.06m、全高わずか1.14mのムルシエラゴは、せいぜい5年前に登場したクルマのように見える。

ムルシエラゴは時代を超越している

そのデザインは紛れもなくランボルギーニだが、独自の方法で時代を超越している。後継モデルと比較すると、「ムルシエラゴ」には不要なエッジや折り目、スポイラーがなく、驚くほど控えめにさえ見える。

もちろん、鮮やかなオレンジ色のランボルギーニを「控えめ」と表現するのは少々おかしいかもしれない。しかし、「レヴエルト」や「フェノメノ」のようなスペシャルモデルを見れば、「ムルシエラゴ」のほうがはるかに抑制の利いたデザインであることがわかる。

LP650-4ロードスターは極めて希少

私が無数のディテールに見入っていると、エンリコが姿を現し、私の手にキーを押し込んだ。わずかに手を加えたアウディのキーは、世界でわずか50台しか製造されなかったとされる「ムルシエラゴ LP650-4ロードスター」のものだ。ここサンタアガタで生産された、最後期のムルシエラゴの1台である。ただし、計画された50台のうち、実際に製造されたのは31台だけだったともいわれている。

LP650-4ロードスターは公式には50台限定と発表されたが、専門家によれば、実際に製造されたのはわずか31台だったという。

これまでカーウォッチングを続けてきたなかで、私は数え切れないほど多くの「ムルシエラゴ」を見て、そして何より、その音を聞いてきた。しかし、実際に乗った経験は「LP640ロードスター」の助手席に3分間座っただけだ。

そして今日、ついにその日がやってきた。少年時代に憧れた、もう1台のドリームカーを自ら運転できるのだ。

シザードアがあってこそ本物

シザードアを跳ね上げる―それ自体がひとつの見せ場だ。幸いソフトトップはすでに取り外されているため、乗り込むのもまったく苦にならない。

ちなみに、2005年から販売された「ムルシエラゴ ロードスター」は、まさに究極の晴天専用車である。ソフトトップはクルマの美しいラインを台無しにするだけでなく、取り付けるのが非常に面倒なうえ、装着時の最高速度は160km/hに制限される。イタリアの天候が安定していて本当によかった。

特別仕様車の「LP650-4ロードスター」には、Eギアと呼ばれる自動変速式マニュアルトランスミッションのみが組み合わされた。控えめに配されたオレンジ色のアクセントはLP650-4専用だ。

シートベルトを取ろうと手を伸ばすが、そこには何もない。そうだった。「ムルシエラゴ」のシートベルトは、左右シートの間、車体中央側に取り付けられている。初心者らしい失敗だ。

キーをイグニッションに差し込み、始動位置まで回すと、アナログメーター内の警告灯が一斉に点灯する。数秒後、それらが消えたところで背後の6.5リッターV12エンジンを始動する。鳥肌が立った。

自然吸気V12こそ、このクルマの心臓部

初期型「ムルシエラゴ」は、社内呼称「LP580」と呼ばれ、最高出力580ps、最大トルク650Nmを4輪に伝える6.2リッター自然吸気V12エンジンを搭載していた。

2006年のフェイスリフトで登場した「LP640」では、伝説的なビッザリーニ製V12の最終進化形として、排気量が6.5リッターへ拡大された。その結果、最高出力は640ps、最大トルクは660Nmに達した。トランスミッションは、オープンゲート式シフトを備えた6速MTと、自動変速式マニュアルトランスミッションの「Eギア」から選択できた。

6.5リッターV12はシート後方に搭載され、ムルシエラゴ ロードスターでは補強材も追加されている。650psを発生するこの仕様は、シリーズで2番目に高出力。これを上回るのはLP670-SVだけだ。

先ほど述べたように、私が運転しているのは「ムルシエラゴ LP650-4ロードスター」で、トランスミッションはEギアのみだった。2003年に発表された弟分のガヤルドとは異なり、「ムルシエラゴ」にはオートマチックモードがない。

そこで、この特別仕様車では鮮やかなオレンジ色に仕上げられた右側のパドルを引き、1速に入れる。そして車重約1,700kgのランボルギーニを発進させるには、アクセルペダルをしっかり踏み込まなければならない。ちなみに、クラッチは小刻みな取り回しをひどく嫌う。

右を見ると、ランボルギーニ博物館のガラスに、闘牛にちなんだ名を持つ「ムルシエラゴ」が映っている。この瞬間になって初めて、自分の身に何が起きているのかを実感した。

しかし、状況はさらに非現実的なものとなる。私はほかの2台の「ムルシエラゴ」と隊列を組んで走っているのだ。

2台の「LP580」はエミリオの所有車である。自らをランボルギーニ狂の男、「ランボルギーニ クレイジーガイ」と称する彼は、「ムルシエラゴ」のほかにも複数の「ディアブロ」や「カウンタック」、さらには「ガヤルド GT3レーシングカー」まで所有している。私が25周年記念の記事を計画していると聞くと、すぐに2台を貸し出すと申し出てくれた。

独特なドライビングポジション

「ウルス」を先頭に、3台の「ムルシエラゴ」は隊列を組み、サンタアガタ ボロニェーゼ周辺の田園地帯へ走り出した。

ほんの数メートル走っただけで、独特なドライビングポジションに気づく。ステアリングホイールとペダルがわずかに右へずれているため、私はステアリングの真正面にまっすぐ座ることができない。身長1.83mの私の場合、頭はすでに完全に風の中へ突き出している。

操作系はいずれも驚くほど大きな力が必要だ。「カウンタック」や「ディアブロ」のドライバーなら、こんな話を鼻で笑うのだろう。しかし、「アヴェンタドール」と比べると、「ムルシエラゴ」の動きは明らかに荒々しい。まさに私がランボルギーニのフラッグシップに期待していたドライビング体験である。

3台の「ランボルギーニ ムルシエラゴ」が一堂に集結。黒とオレンジのクーペは初期型の「LP580-4」で、右手前の「LP650-4ロードスター」は「ムルシエラゴ」の最終進化形だ。

さらに、ここでしか味わえない眺めがある。ルームミラーにはガラス製エンジンフードが映り、サイドミラーを見れば、V12へ追加のフレッシュエアを送り込むためのサイドウイングが自動的に開く様子を観察できる。

「ムルシエラゴ」がスペイン語で「コウモリ」を意味するというのも、実にふさわしい。もっとも、前方以外の視界はあらゆる方向で大きく遮られ、決して良好とはいえない。しかし正直なところ、この瞬間の私にとってはどうでもいいことだった。

コルサモードの出番

私たちの隊列は山道へ到着した。センターコンソール上の、やはりオレンジ色に塗られたスイッチでコルサモードを選択する。2段シフトダウンし、初めてアクセルを床まで踏み込んだ。

12気筒エンジンを高回転域に保ってさえいれば、背後のV12が猛然と押し出す加速は凶暴そのものだ。最大トルクは6,000rpmで発生し、7,000rpmを超えたところから、そのV12は文字どおり別格の存在となる。

台形のテールパイプから放たれるサウンドは、ただただ息をのむほど素晴らしい。「ムルシエラゴ」は工場出荷状態のままでも、見事なまでに荒々しい音を奏でる。

フェイスリフトによってリアまわりは大幅にモダナイズされた。特徴的な点灯パターンのテールランプ、新デザインのエプロン、中央に配置されたXXLサイズのテールパイプなどが採用された。

特にシフトダウン時の音は強烈だ。トランスミッションの話をすれば、Eギアは市街地、なかでも細かな取り回しでは決して優秀とはいえない。しかし負荷をかけて走らせると、この自動変速式マニュアルトランスミッションは驚くほどよく機能する。

シフトチェンジの瞬間にアクセルをわずかに戻せば、変速は明らかに滑らかになる。それでも私は、Eギアよりも特徴的なオープンゲートを備えたマニュアルトランスミッションを選びたい。

MT仕様は人気が高く、価格も高騰

その後、昼食の席でエミリオは、MTを搭載する黒い「ムルシエラゴ」のほうが、彼のオレンジ色の個体よりもはるかに運転しやすく、ドライバーとの一体感も高いと教えてくれた。

ただし残念ながら、MT仕様は極めて希少で、特に「LP640」はクーペがわずか88台、ロードスターに至ってはさらに少ない16台しか存在しないとみられている。そのため人気は非常に高く、米国では工場出荷時からMTを搭載しているムルシエラゴに、100万ドル(約1億5500万円)を大きく超える価格がつく。

もっとも現在では、EギアからMTへの後付けコンバージョンを提供するチューナーも複数存在する。

上昇を続けるムルシエラゴの価格

価格といえば、「ムルシエラゴ」の人気は欧州でも高まり続けている。25万ユーロ(約4,625万円)以下の個体を見つけることはできない。

「LP640」は約30万ユーロ(約5,550万円)からで、希少な「LP650ロードスター」には現在、65万ユーロ(約1億2,025万円)の値札が掲げられている。

そう考えると、私が署名した貸与契約書に記載されていた、走行距離わずか3,500kmのほぼ新車同然の個体に対する評価額30万ユーロ(約5,550万円)は、あまりにも低く思える。

ランボルギーニのV12フラッグシップに、シザードアは欠かせない。乗り降りすることさえ、ひとつの特別な体験となる。

驚くほど扱いやすい

数字の話はもう十分だ。ドライビング体験に話を戻そう。私にとって最大の驚きは、「ムルシエラゴ」のハンドリングだった。

正直に言えば、全長4.61mのランボルギーニが、曲がりくねった山道でこれほど生き生きと走るとは思っていなかった。車重1.7トン弱の「ムルシエラゴ」は、予想していたよりもはるかに俊敏である。

想像に反して車体の位置を驚くほどつかみやすく、標準装備の4WDによって常に十分なトラクションを確保する。しかも、前後30:70という後輪寄りのトルク配分のおかげで、穏やかなパワースライドまで許容してくれる。

夢が現実になった。初期型「ムルシエラゴ」との忘れられない出会いから20年以上を経て、少年時代のポスターカーを自ら運転することができた。

そして、「ムルシエラゴ」には独特のオーラがある。もちろん、私はひいき目で見ている。

それでも帰路、イタリアの小さな村を通り抜けていると、ひとりの少年が歓声を上げながら店から飛び出し、こちらに向かって手を振った。その姿を見て、私は「ルノー ラグナ」に乗っていた金髪の少年を思い出した。

2004年、父とイタリアを旅行していた、あの少年こそ私だったのだ。

Text: Jan Götze
Photo: Jan Götze / AUTO BILD