真のクルマ好きにとって、新生Evo IIは夢のような存在だ!「HWA 190 E 2.5-16 Evo II」プロダクトモデルに初試乗
2026年8月26日
1990年代のポスターを飾ったヒーローが、いま復活を遂げる。HWAがEvo IIを現代によみがえらせたのだ。ついに納車されたプロダクトモデルの初試乗は、時代を一気に駆け抜ける強烈なタイムトラベルとなった!
これは、ほとんど歴史的な意味を持つファミリーリユニオンだ。これほど狭い空間に、これほど濃密な進化の歴史が集結することはめったにない。少なくとも、メルセデス色の眼鏡を通して世界を見るならば、そう言っていい。
「ザ ロー コレクション」創設者のフリートヘルム ロー(Friedhelm Loh)は、1990年にメルセデスがベビーベンツの保守的なボディイメージを一掃するために送り出した「メルセデス・ベンツ 190 E 2.5-16 Evo II」の1号車と500号車を所有しているだけではない。さらに、このモデルのホモロゲーション取得を目的として、当時シュトゥットガルトのメーカーが計502台を生産したDTMレーシングカーも所有している。
2台の黒いクラシックカーと、伝統的なソナックスカラーをまとったクラウス ルートヴィッヒ(Klaus Ludwig)の1992年優勝マシン、ゼッケン3号車。その隣には、オリジナルとほとんど見分けがつかない3台の―そう、新しいクルマが並んでいる。
AMGの共同創業者であり、「Evo II」の生みの親のひとりでもあるハンス ヴェルナー アウフレヒト(Hans Werner Aufrecht)が、1990年代のポスターヒーローを復活させたのだ。そして、わずか100台限定で製造されるうちの最初の1台が、ローのもとへ納車された。
さらに過去と現在のバランスを取るかのように、ローの息子のために製作された最初のプロトタイプも持ち込まれた。加えて特別ゲストとして、2026年5月にニュルブルクリンク北コースで24時間レースデビューを果たしたHWA Evoのレーシングカーまで姿を見せている。
初試乗には完璧な舞台
ナショナレス アウト ムゼウム「ザ ロー コレクション」(Nationales Automuseum – The Loh Collection)が、このファミリーリユニオンを夏の間、小規模な特別展示として公開する前に、1号車を初めて走らせるためのわずかな時間が残されていた。
ディーツヘルツタール=エーヴァースバッハまでの長い道のりを、つい先ほどまで恨めしく思っていたはずなのに、いまでは突然、この場所の辺鄙さに感謝したくなる。「ロー コレクション」はフランクフルトとドルトムントのほぼ中間、人里離れた場所に位置している。
ここには豊かな景色があり、その中を細く、交通量の少ない道が縫うように走っている。縁石もグランドスタンドもないが、どこかニュルブルクリンク北コースを思わせる。つまり、このクルマを走らせるには完璧な舞台なのだ。

まず、このクルマがいったい何者なのかを明確にしておく必要がある。
HWA Evoは、1990年代の「190(W201)」をベースとしているものの、クラシックカーではない。一方、部品の大半は2026年製でありながら、新車とも言い切れない。残されたのは車台番号とホワイトボディのほか、数個のヒンジとワイパー程度だ。
アファルターバッハでは「再解釈」という表現を好んで使っているが、この「Evo」を最も的確に表現するなら、古いアイデアを現代の技術によって再構築した「レストモッド」ということになるだろう。
新生Evoの完成まで4週間
理想的な条件が整えば、約300人のHWA従業員は4週間でボディを完全に解体し、防錆・保護処理を施し、新しいカーボンファイバー製パネルを装着する。そして、カウンターテーブルほどもある巨大なリアスポイラーを取り付ける。
もちろん、それだけではない。古いエンジンを降ろして新しいエンジンを搭載し、クラシックカー愛好家だけでなく、プレイステーションとともに育ったクルマ好きにも響くインテリアへと仕立て直す。言うまでもなく、サスペンションも一新される。

昨日か今日か? オリジナルか偽物か? 冒涜か、それとも抗いがたい誘惑か?
ドイツを代表する生粋のペトロールヘッドであるフリートヘルム ローが、スターリングシルバー製のミニカーをかたどった、ずっしりと重いイグニッションキーを手渡し、彼の最新コレクションでヴェスターヴァルトを走ってこいと言った瞬間、そんな議論はすべてどうでもよくなる。
身体を包み込みながらも快適なレザーシートへ深く腰を下ろし、腹の前でレーシングハーネスを締める。そして、心地よいほど控えめなデジタルメーターが点灯する。
このメーターは未来的に見せかけようとはせず、オリジナルのW201のコックピットを意図的に再現している。それはまるで、「プリティ ウーマン」や「ダンス ウィズ ウルブズ」といった1990年代の映画を、約30年後にIMAXで、あるいは卓球台ほどの大きさを持つ家庭用4Kスクリーンで再び観るような感覚だ。
センターコンソールに残された古いパワーウインドウスイッチの隣にあるスタートボタンを押し、エンジンを始動させた瞬間、あの時代のヒット曲が再び聞こえてくる。
当時のナンバーワンヒットは「Verdammt, ich lieb’ dich(くそっ、君を愛している)」だった。もう少し国際的な趣向を持つ人なら、フィル コリンズの「Another Day in Paradise」を思い出すだろう。その一方で、ニュースからはベルリンの壁崩壊からわずか数カ月後、ドイツ再統一に向けて国民を導こうとするコール首相の声が聞こえてくる。
ベビーベンツから筋肉質なボディビルダーへ
当時も激動の時代だった。そして、今日もまたそうだ。ただし今回は、まったく別のエンジンがその鼓動を刻んでいる。
アファルターバッハのエンジニアたちは、かつては刺激的だったものの、いまとなってはやや鈍重に感じられる最高出力235馬力の2.5リッター4気筒エンジンを引退させた。そして代わりに、隣人であるAMGの旧43モデルと設計思想を共有する、3リッター直列6気筒ターボエンジンを搭載した。
ただし今回はドライサンプ潤滑方式を採用せず、最高出力も367~390馬力ではない。標準仕様で450馬力、さらにアファルターバッハパッケージを選択すれば500馬力を発生する。そして組み合わされるのはオートマチックではなくマニュアルトランスミッション、駆動方式は4MATICではなく後輪駆動だ。
なぜなら、これは「フルカバーの保険」に頼るような精神の持ち主ではなく、自らの運命を自分の手で操りたい人のためのクルマだからだ。
とはいえ、現在では最低限のセーフティネットとして、安全・運転支援システムも備えられている。もちろん、それが古典的な4本スポークステアリングの向こう側に座るドライバーの腕前を代替してくれるわけではない。それでも、このクルマの価値を守るためには役立つはずだ。
なにしろ、当時の価格が約11万5,000マルク(約1千30万円)だったのに対し、現在の請求額は約85万ユーロ(約1億5,700万円)に達するのだから。

エンジン出力はかつての2倍以上に高められているが、それでもEvoの車重は1,400kg未満に抑えられている。したがって、パフォーマンス向上の効果は二重に現れる。
ベビーベンツは、鉄拳を持つ筋肉質なボディビルダーへと変貌した。エンジンは静かに、そして滑らかに回転を高めていく。しかし、3,000~4,000rpm付近でターボが本格的に働き始めると、腹を殴られたような衝撃が襲い、思わず息をのむ。
550Nmのトルクがリアタイヤを激しく引き裂く。白煙も黒いタイヤ痕も残さずに路面へ伝わった力がEvoをわずか4.0秒で0-100km/hまで加速させ、その直後には最高速度270km/hで地平線へ向かって放り投げる。
「おお、美しきヴェスターヴァルト」などと言っている場合ではない。いまサイドウインドウの向こうに見えるのは、緑と茶色の筋だけだ。
未来よりも本物らしい
もちろん、「究極の羊の皮をかぶった狼」という基本思想を除けば、「HWA Evo」はオリジナルとほとんど共通点を持たない。
当時、「Evo II」はベビーベンツとして驚くほど過激な存在だった。しかし、最高出力235馬力、最大トルク245Nm、0-100km/h加速7.1秒、最高速度250km/hという性能は、今日ではかなり穏やかに感じられる。
「HWA Evo」はアナログで、攻撃的であり、少なくとも正直なセッティングが施されている。シートを振動させ、スピーカーからV8サウンドを響かせることでオールドスクールを装う、アファルターバッハ製の電動スポーツカー「Mercedes-AMG GT 4-Door Coupé」よりも、はるかに本物らしい。
一度でも新生Evoのステアリングを握った者なら、メルセデスが現在「明日」と呼んでいるものなど知りたくなくなるだろう。電動化され、未来への対応を保証されるくらいなら、過去に取り残されたほうがいい。

残念なのは、この喜びを味わえる人がごくわずかしかいないことだ。
厳密に言えば、このクルマは走らせるにはあまりにも貴重すぎる。ローは学者肌のコレクターらしい口調でそう説明する。彼が考えているのは、ベビーベンツ コレクションの価値や、修理にどれほど長い時間がかかるかということだけではない。当然ながら、ミュージアムと来場者のことも考えている。夏の間、このファミリーリユニオンを可能な限り円滑に、そして邪魔されることなく開催したいのだ。
しかし、彼自身もそれを保証することはできない。
1990年代、ローはオリジナルEvo IIの誘惑に負け、数千kmを走った。そしていま、彼の右足は再びうずき始めている。ハインヒャー ヘーエや、故郷に広がる数多くのカントリーロードが彼を呼んでいるのだ。
「結局のところ、こういうクルマは眺めるためだけにあるのではない。走らせるためにあるのだ」
教授の顔を見せていたローは、そう言った瞬間、ひとりのペトロールヘッドへと戻った。
この初試乗を終えたいま、彼の言葉に同意するほかない。
「その通りだ」
ベビーベンツが博物館で過ごす時間なら、この先いくらでもあるのだから。
Text: Thomas Geiger
Photo: Nationales Automuseum The Loh Collection

