【ビートルで2万kmの夢の旅】女優のマリア エーリッヒはメキシコで製造された最後のVWビートルで恋人とアメリカ大陸を横断した
2026年8月16日
フォルクスワーゲン ビートルでの夢の旅。マリアはアメリカ大陸を2万km横断した。女優のマリア エーリッヒ(Maria Ehrich)は、メキシコで製造された最後のフォルクスワーゲン ビートルを中古で購入し、恋人のマヌエルと共にニューファンドランドまで旅をした。
「ビートル」は走り続け…、あれ?一体どうしたんだ?突然、北米のどこかのガタガタ道で、「フォルクスワーゲン ビートル ウルティマエディション」が止まってしまった。完全に動かない。ウインカーさえも点かない。
ドイツ出身のマリアとマヌエルは、困惑して顔を見合わせた。さあ、どうする?
「原因を探すのにずいぶん時間がかかったよ」とマヌエルは言う。しかし、ふと「待てよ、ウインカーが点かない…ということは、電源が入っていないってことだ。バッテリーが原因か?」と気づく。二人は後部座席の荷物を全て降ろし、シートを持ち上げると…ビンゴー!バッテリー端子が、揺れで緩んでいただけだったのだ。それは「ビートル」のせいではない。元に戻してしっかり締めればオーケー。再出発だ。
ドイツ出身のマリアとマヌエルは、困惑した表情で顔を見合わせた。ドイツ人女優とその恋人がメキシコ製の「ビートル」で2万kmキロの旅をした中で、故障したのはこれが唯一の出来事だった。いや、実はもう1つ故障があったのだが – それについては後ほど詳しくお話ししよう。

マリア エーリッヒが世界旅行に出かけた理由
それまで、彼女はそれほど旅行をしたことがなかった。1993年エアフルト生まれのマリア エーリッヒは、10歳の頃からカメラの前に立ってきた。『Ku’damm 56』、『Das Adlon』、『Chantal im Märchenland』、『Ku’damm 77』などに出演している。
そしてある時、彼女は旅への憧れを抱くようになった。休息、壮大な冒険への憧れ。彼女は24歳だった。そして、当時28歳だった恋人、マヌエル ヴェリングがいた。彼は映画監督であり、世界中を旅する旅行家で、車好きだった。
まだ「フォルクスワーゲン ビートル」での旅など考えていなかった。とにかく、どこかへ行きたいという気持ちだけが強かった。「10歳で演技を始めたんです」と、マリア エーリッヒは言う。「『やらなきゃいけない』という言葉しか知らなかった。自分が何者なのか、何を望んでいるのか、分からなかったんです」。夫となったマヌエルに、彼女はこう言う。「あなたも、ハムスターの回し車から抜け出したかったんでしょう?」
彼女は自問した。「自由って何? 私たちにもわからなかった。人生に何を求めているの? 私はそれを『クォーターライフ クライシス』と呼んでいた」。彼女にとって、答えは明確だった。「このまま続けるか、それとも自由になるか。でも、現状維持では中途半端な幸せしか得られない」。女優としてのキャリアが終わってしまうかもしれないという不安を抱えながらも、二人は思い切って行動を起こした。
旅と映画『リービング ザ フレーム』
二人は目的地のない旅に出た。世界中の人々にインタビューを行い、それを映画『リービング ザ フレーム(Leaving the Frame)』にまとめた。詳しくは後述する。

そして、彼らの旅の中で最も楽しい行程は、「フォルクスワーゲン ビートル」とルーフトップテント、そしてメキシコからニューファンドランドまでの2万kmの道のりだった。「ビートル」は移動手段だっただけでなく、「しばしば扉を開けてくれる存在でもあった」とマヌエル ヴェリングは語る。「ビートルのおかげで、多くの人が私たちに話しかけてきたんです」。
ベルリンでジンジャーティーを飲みながら花柄のサマードレスを着た、繊細な若い女性、マリア エーリッヒに会うと、これまでの道のりを想像するのは難しい。
マリアは出発直前に運転免許を取得したばかりで、しかも一度不合格だった。運転経験はゼロ。それでも二人は世界を旅する旅に出た。
こうして彼らはフォルクスワーゲン ビートル アルティマエディションに出会った
メキシコで車が必要だった。マヌエルには現地に知り合いがいて、彼が助けてくれるはずだった。しかし、メキシコでさえ、「ビートル」は街中で見かけることがほとんどなくなってしまった。「典型的な緑色のビートルタクシーは、もはやほとんど見かけません」と彼らは言う。3週間も探し続けた。「何十台ものビートルを見て回りました」とマヌエルは言う。「どれもガラクタでした」。
そしてついに、彼らはそれを見つけた。ショーウィンドウに飾られていた。ハーベスト ムーン ベージュの「フォルクスワーゲン ビートル アルティマエディション」。製造年は2003年、走行距離はわずか1,900km。エアコン付き!しかもアラームシステムまで付いている!

値段は?「9,000ドル(約148万円)くらいだったかな」とマヌエルは振り返る。「最初のオーナーはフォルクスワーゲンのエンジニアだったの」とマリアは言う。「当時、彼がこの車をしっかり確保したのよ」。ドイツでは、今なら同じような車は1万8,000ユーロ(約342万円)以上する。
フォルクスワーゲンはメキシコで最後の「ビートル」をわずか3,000台しか生産しなかった。半分はパステルブルー、残りの半分はベージュだった。そのうちの1台が、今マリアとマヌエルの所有車だ。一番新しい装備はCDラジオ。
ビートル「ハイジ」で、メキシコからニューファンドランドまで2万kmの旅へ
「ビートル」は単なる車ではない。だから彼らは「ハイジ」と名付けた。地元の整備士が「ハイジ」のファンベルトの交換方法を教えてくれた。そして、彼らは出発。メキシコを横断し、北へ向かう。
危険な麻薬密売地帯を抜けて
マヌエルがルートを計画した。「後になって、私たちが危険な麻薬密売地帯を走っていたことを知ったんです」とマリアは言う。「メキシコのナンバープレートをつけた、荷物を満載した車でカリフォルニア国境まで行ったんです」。ベルリン出身の二人は、その時どんなことがあっても覚悟していた。長時間の尋問、「ビートル」の徹底的な捜索。しかし、何も起こらなかった。「アメリカの国境警備隊はパスポートを見ただけでした」とマリアは言う。
ルーフトップテントとキャンプ用品を積んでアメリカを横断


ロマンチックに聞こえるかもしれない。しかし、2月のロサンゼルスでは、ルーフトップテントの中は凍えるほど寒く、風が下から吹き込んでくる。
一方、デスバレーでは、セールスマンが力説していたように、「ビートル」に本当にエアコンが付いているのか疑問に思った。マヌエルは「顔に吹き付ける風は、せいぜい2度くらいしか冷えていなかった」と語る。

丸みを帯びたボンネットの下にあるトランクは、彼らのワードローブ代わりだ。後部座席には、カメラバックパック、寝袋、キャンプ用品を詰め込んでいる。
親切な人たちは、よく彼らのフォルクスワーゲン ビートルについて声をかけてくれる
朝、まだ少し寝癖のついたままテントから外を覗いていると、陽気なアメリカ人がすでに車の前に立っていて、「すごい!素敵!」と声をかけてくれることもある。ある時は、年配の夫婦が、自分たちもかつて「ビートル」でアメリカ横断をしたことがあるという理由で、彼らを家に招いてくれたこともあった。その後も彼らとは連絡を取り合っている。
マリアとマヌエルはシャワーを浴びたい時は、キャンプ場に立ち寄る。そこでは、それぞれが別の車を牽引している、市バスほどの大きさのキャンピングカーの隣に駐車する。「ハイジ」のような小さな車ではない。
穴ぼこ、燃料不足、そして警官

Photo: Maria Ehrich
「最悪の道路状況はメキシコとニューヨークにあった。マンハッタンのど真ん中にひどい穴だらけの道路があったんだ」とマヌエルは語る。
平均燃費はリッターあたり10~12.5kmで、ルーフテントは空気抵抗を増やすどころか、むしろ悪化させている。
またしても高速道路でガス欠に。メキシコナンバーの「ビートル」で、アメリカ中西部で立ち往生するのは、まさに最悪の事態だ。すると、パトロール隊員が彼らの後ろに停車した。青いライトを点滅させ、拡声器でアナウンスを流す。まるで映画のワンシーンのようだ。幸いにもハッピーエンド。パトロール隊員が助けを申し出てくれたのだ。「ビートル」には、警官でさえ「ノー」とは言えないのだろう。

3ヶ月半のロードトリップを経て、彼らはアメリカ北東部のニューファンドランド島に到着した。旅の終わり。そして、どこか新たな始まり。「ビートル」は、彼らの関係の象徴だ。
メキシコ製のビートルがドイツへやってくる
2003年に数百台の「ウルティマエディション」がヨーロッパに輸入された。そして今、さらに1台が加わる。モントリオールからブレーマーハーフェンへと向かう「ビートル」。船旅の費用は約2,000ユーロ(約38万円)。さらに10%の関税と19%の輸入付加価値税が加算される。
「厳密に言えば、これはクラシックカーです。ABSもエアバッグもありません。通常、これは歴史的車両登録をしていないと認められないのですが」とマヌエルは言う。しかし、当時この車はまだ新しすぎて登録できなかったのだ。結局、「ビートル クラブ」の助けと少しの幸運のおかげで、彼らはベルリンで車の登録を済ませることができた。
「今ではビートルはもう持っていません。長距離旅行には、今は幼い娘を連れて、フォルクスワーゲン パサート ヴァリアントTDI、B8型を使っています。3歳の娘はプレイモービルのビートルを持っていて、ビートルをすぐに認識できるんです」とマヌエル ヴェリングは誇らしげに語る。
| テクニカルデータ | VW ビートル アルティマエディション |
| エンジン | 空冷4気筒水平対向エンジン |
| 排気量 | 1584cc |
| 最高出力 | 37kW (50hp)/4100 rpm |
| 最大トルク | 97Nm/2200rpm |
| 0-100km/h | 22.5秒 |
| 最高速度 | 130km/h |
| 駆動 | 後輪駆動 |
| 全長/全幅/全高 | 4060/1550/1500mm |
| ホイールベース | 2400mm |
| トランク | 前140L/後127L |
| 燃費 | 12.8km/L |
| 燃料タンク | 40L |
| 車重 | 810kg |
| 価格 | 13000ユーロ(約240万円)/2003年ドイツ価格 |
あの長旅で何が残ったのだろうか?
旅は彼女を変えたのか?「間違いなく、ずっとリラックスできるようになりました」とマリアは言う。「以前はいつもお金を貯金に回していました。今はあまり残っていませんが、素晴らしい経験をたくさん得ることができました。」
振り返ってみて、旅から他に何が残ったのだろうか?マリア エーリッヒはこう言う。「自分たちの限界が分かりました。何でも自分たちでやろうとして、誰の助けも借りようとしなかったのは間違いでした。今は自分が何を望んでいるのかが分かっています。そして、もう簡単には怖気付きません。」
そして、とても実用的なこともある。マリアは運転免許を取得したのだ。

Photo: Ullstein Taschenbuch
彼らの旅を描いた映画『Leaving the Frame』は、本稿執筆時点でApple TVやGoogle Playなどのプラットフォームでストリーミング配信されている。同名の書籍は14.99ユーロ(約2,850円)。また、この旅は、ベルリンのフォルクスワーゲン グループ フォーラム「Drive」(フリードリヒ通りとウンター デン リンデン通りの角)で開催中の、「Iconic Travel」展の一部として、2026年末まで展示されている。入場は無料。
Text: Holger Karkheck and Frank B. Meyer
Photo: Manuel Vering

