42台中42台目のディアブロ!特別な「ランボルギーニ ディアブロ 6.0 SE」の至極の12気筒を堪能
2026年5月23日
ランボルギーニ ディアブロ 6.0 SE(Lamborghini Diablo 6.0 SE):全42台中第42台目の特別なランボルギーニ ディアブロSEを走らせてみた。ランボルギーニの歴史において、約2,900台が製造されたディアブロは特別な位置を占めている。アウディの指揮下で、このモデルはムルシエラゴへの移行期を象徴するものとなった
伝説の「カウンタック」から「ディアブロ」への、技術面での飛躍的な進化を理解するには、40年以上も遡る必要がある。
当時の子供部屋ならどこにでもポスターが貼られていたような「カウンタック」は、その外観とは正反対の走りを見せた車だった。つまり、ひどく乗り心地が悪かったのだ!16年に及ぶ生産期間を経て、その走行性能はもはや時代遅れとなっていた。
スポーツカーメーカーとして真剣に受け止められ続けるため、ランボルギーニは「プロジェクト132」、すなわち「ディアブロ」の開発を決断した。その要件は明確だった。最高速度において、「ディアブロ」に匹敵する車は世界に存在してはならない、というものだった。

「ディアブロ」は重い責任を背負って登場した。それまでの「カウンタック」の輝きは、あらゆるものを凌駕していたからだ。そして1990年、ついにその姿を現す。「カウンタック」の生みの親であるマルチェロ ガンディーニが「ディアブロ」のデザインも手掛けた。当初、5.7リッターの12気筒エンジンは492馬力を発揮した。1993年からは、「VT(ビスカス トラクション)」と呼ばれる四輪駆動システムが初めて採用された。そして1997年からは排気量が6.0リッターに拡大され、出力は最大640馬力にまで向上し、2001年まで生産された。
ディアブロ SE、42台限定のうちの42番目
我々は、549馬力の6リッターV12エンジンを搭載した最後の「ディアブロ」の一つ、「ディアブロ SE(スペシャルエディション)」を運転する機会を得た。しかも、ただの「SE」ではなく、42台限定のうちの42番目である。
テストドライバーのマリオ ファサネット(Mario Fasanetto)と共に、私はこの黄金の芸術作品に乗り込み、エンジンを始動し、1速に入れた。というか、まずはそうしようとした。アイドリング状態からだと、トランスミッションがかなり頑なな反応を見せるからだ。そのため、通は2速を経由するという回り道を選ぶ。そこからなら、1速がはるかにスムーズに噛み合うからだ。

| ランボルギーニ ディアブロ 6.0 SE | |
| エンジン | V型12気筒 |
| 排気量 | 5992cc |
| 最高出力 | 404kW (549馬力)/7100rpm |
| 最大トルク | 620Nm/5500rpm |
| リッター馬力 | 92hp/L |
| トランスミッション | 5速マニュアルトランスミッション |
| 駆動方式 | 全輪駆動 |
| タイヤサイズ(F-R) | 235/40 ZR18 – 335/30 ZR18 |
| 全長/全幅/全高 | 4460/2040/1100 mm |
| ホイールベース | 2650mm |
| 車重 | 1650kg |
| 燃料タンク/トランク容量 | 100/120L |
| 0-100km/h | 4.0秒 |
| 最高速度 | 330km/h |
| 価格(2001年) | 285,000ユーロ (約5,270万円) |
前夜、写真家のココ(Coco Beutelstahl)が一つ願いを口にした。ブドウ畑の中でこの車を撮影したいというのだ。歴史部門の責任者であるエンリコは、その直後に短い電話をかけた。電話はごく短いものだったが、その後に待っていたサプライズはそれ以上に大きなものだった。出発し、左ウインカーを点けて北へ向かう – そして間もなく、私は自動車の極楽へと舞い上がった。
わずか数km走っただけで、12気筒エンジンがいかに堂々とパワーを発揮しているかがわかる。低回転域でのトルクは、まるで非現実的とさえ思えるほどで、最大620Nmに達する。しかしまずは、「ディアブロ」をしっかりと暖機運転させることが先決だ。そして、その走りそのものは、かつて誰もが想像していた通りのものだ。ダイレクトで、正確で、要求が厳しく、そして走り続けるたびに、1メートルごとに報いてくれる。操作の重みが感じられ、メカニズムとの正直なつながりがある、真のドライビングだ。ラジオ?もちろんオフのままだが、アルパイン製だ。実に「ディアブロ」に相応しい。
ブドウ畑とレースの物語の間で
ラ ピアナ ワイナリー(La Piana winery)に到着し、最初の写真を撮影していると、突然小さな配送用バンがやって来た。オーナーが簡単に自己紹介をしてくれ、我々が少し話している間、ココはブドウ畑の間に「6.0 SE」を置いて撮影していた。「ええ、私もディアブロとは大いに関わっていますよ!」と、その男性は言った。ほどなくして、彼は2011年のイタリアF3チャンピオン、セルジオ カンパーナ(Sergio Campana)であることが判明した。「ありえない」と私は心の中で呟いた。彼が先週末、キミ アントネッリとバレンティーノ ロッシと一緒にカートに乗っていたと語るのを聞きながら。「リミニでね、ドクターが住んでいる場所だよ!」

レースに関する逸話や、詳細なワークショップ見学を終えると、もうすぐ出発の時間だ。最新の「ウルス」で先導してくれるエンリコ(Enrico)のおかげで、無線で予期せぬ事態を事前に知らせてくれる、頼もしい先導役がついている。
そして、天気がさらに良くなったことで、当時の「ディアブロ」が競合車に比べてどれほど異次元だったかを実感することになる。道路状況が許す限り、ウルスとの間隔を少しずつ広げていく。2速に入れて、アクセル全開! 3速、4速・・・。
メカニズムの饗宴
四輪駆動がなければ、所々ぬめっている路面では、おそらくこんな運転はできなかっただろう。当時のスポーツ「ディアブロ」のほとんどは純粋な後輪駆動で提供されていたとはいえ。コーナーを攻めた時のあのサウンド、ペダルからのフィードバック、シフトチェンジ・・・、まさに技術の饗宴だ。

工場に近づくにつれ、私の心には奇妙な「ティム ターラー(Timm Thaler)」のような気分が広がっていく。もしかすると、引き返すべきだったのだろうか? 残念ながら、それは選択肢にはなかった! 私は「ディアブロ」を工場の前に停め、マリオがもう一度手を振ってくれた – 喉に何かが詰まったような感覚を覚えた。忘れられない体験だ。グラッチェ ミッレ、ランボルギーニ(ありがとうランボルギーニ)!
結論:
「気楽に味わう」なんてとんでもない。「ディアブロ」は私の期待をはるかに上回った。鋭くエレガントなフォルム、12気筒のサウンド、そして圧倒的な走行性能。イギリス人ならこう言うだろう。「What a machine!(なんというマシンだ!)」と。私も同感だ!
Text: Philipp Tonne
Photo: Coco Beutelstahl

