このクルマなんぼ? え? この1990年製BMW M3(E30)スポーツエボリューションがこの値段? その理由
2021年2月2日
BMW M3もいつの間にか30歳を超えた しかし根強い人気を誇るM3(E30)の市場価格は依然として上昇傾向にある その例がこの1台だ
信じられない。1990年製のBMW M3(E30)スポーツエボがオークションにかけられて、なんと20万ユーロ(約2,560万円)以上で落札されたのだ! アメリカでは特に人気の高いBMW M3(E30)スポーツエディションが驚異的な価格で販売されていた。いったいこの特別なモデルの価格の高さの理由は何なのだろうか? そのわけを探る。
E30のBMW M3は、1986年にDTMのホモロゲーションモデルとして限定生産され、1991年(コンバーチブル)まで製造発売された伝説的なモデルだ。当初より莫大な人気を博し、最初のM3の需要は予想をはるかに上回っていた。そして現在、このE30トップモデルはコレクターズアイテムとなっている。 今回アメリカでは、希少な「M3スポーツエボ」が、オークションにかけられ、なんと、256,556ドル(約2,700万円)という驚異的な価格で落札されたのだった。
米国のオークションポータルサイト「Bringatrailer」に出品されたBMW M3(E30)スポーツエボリューションは、最終的に256,556ドル(約2,700万円)という金額で落札された。だが、この「ブリリアントレッド」のスポーツエボは、その経歴から考えたならば、お世辞にも良い状態の車両だったとは言えないだろう。オドメーターに38,600キロしかない、この1990年式のM3は、もともとドイツに来る前に、イタリアに納車されていたものだ。今回の売り手は、2020年4月にこのM3を受け取り、その後ミュンヘンの「BMWグループクラシック」で大規模なレストアを受けている。これには、E30がアメリカに輸出される前に交換されたフロントアクスル、ブレーキ、スパークプラグ、タイヤ、さらにさまざまな消耗パーツが含まれる。説明とリストの写真によれば、現在では、この「M3スポーツエボ」は絶対的なトップコンディションにある。しかし、それでもこのスポーツエボリューションの価格の持つ意味はいったいどこにあるのだろうか?
これらがM3スポーツエボリューションの特徴だ
歴史を簡単におさらいしよう。M3(E30)は、1986年の市場導入時、当初は、「2ドアセダン」(サイドウィンドウフレームのためクーペとは呼ばなかった)としてのみ提供されていた。1988年にはミュンヘンを拠点とするメーカーは、モデルラインアップを拡大し、1991年まで生産された「M3カブリオ」を追加した。視覚的には、E30のトップモデルは、フェンダーを板金で広げたことですぐにわかるが、これはDTMマシンのように見えるだけでなく、よりワイドなトレッドを可能にした。それに伴い、スカートやサイドスカートも装備された。また、M3のトランクリッドは軽量GRP(ガラス繊維強化プラスチックス)製となっている。
238馬力の2.5リッター4気筒
M3(E30)はすべて7,000rpm以上の高回転型4気筒エンジン(S14)を搭載していた。モデルにもよるが、2.3リッター自然吸気エンジンは195~220馬力を発揮した。唯一の例外が、1990年1月から3月に生産された、「M3スポーツエボリューション」だ。DTMホモロゲ―ション用にわずか600台しか生産されなかったこの特別モデルは、2.5リッターにボアアウトされた「S14」エンジンを搭載し、238馬力の出力と240Nmのトルクを兼ね備えていたのである。しかし、それだけではない。余分なパワーとは別に、スポーツエボのフロントスプリッターとリアウィングは3段階の調整が可能だった。標準設定に加えて、モンツァやニュルブルクリンクといったサーキット用の特別設定もあり、トップスピードを上げたり、より多くのダウンフォースを得たりもできるようになっていた。また、「スポーツエボ」は、ノーマルのM3よりもフロントアクスルが10ミリ低くなっており、ブレーキシステムも変更されていた。特殊ガラスをはじめとする軽量コンポーネントの採用により、1,200kgへの軽量化を実現し、6.5秒で0から100km/hまで加速し、最高速度248km/hを達成していた。インテリアもスポーツシートやスエード調のステアリングホイール、シフトノブの後ろに特別なバッジを付けるなど、特別なモデルのために特別なディテールが施されている。
それにしてもなぜ今回のスポーツエボリューションは、ノーマルのM3(E30)よりもはるかに高価なのか?比較のために言うなら、オリジナルのM3(E30)でさえ、今では希少価値が高く、5万ユーロ(約635万円)以下では見つけることはできないのが現状だ。しかし、今回のスポーツエボはその4倍以上の値段だ。この限定生産の特別モデルは、通常、市販車よりも高価なのは常識というのが世間一般の通念だ。M3 CSL(生産台数約1,400台)もM3(E46)よりかなり高い値段で取引されているし、E36のM3 GT(生産台数356台)やE9X特別仕様車M3 GTS(生産台数150台)、超限定モデルのM3 CRT(生産台数67台)も同様な扱いを受けている。しかし、これらの車はどれも20万ユーロ(約2,560万円)を超える価格ではなく、一部のクルマは大幅に低価格で取引されている。
この他にも、M3(E30)には特別なモデルが存在する。例えば、148台しか生産されなかった「M3ヨーロッパチャンピオン」、または505台しか作られなかった「M3チェコット(Cecotto)」などがそうだ。しかし、両方のモデルは、すべてが備わったグッドコンディションで提供されている場合でも、10万ユーロ(約1,280万円)以下の価格が設定されている。
M3(E30)スポーツエボの価格は高すぎる?
今回の車に関して私の考えでは、256,556ドル(約2,700万円)という記録的な価格にはいくつかの理由がある。まず、20万ユーロ(約2,560万円)を超えるというのは、スポーツエボといえども異例の高値であることをはっきりさせておきたい。参考までに、2019年末には、10万キロ未満の整備済みの「M3スポーツエボ」がここドイツで、13万4900ユーロ(約1,726万円)で販売されていた。重要な事実の一つは、このM3がアメリカで販売されたということだ。アメリカのクラシックカー市場では、すでに希少なM3(E30)は、さらに多くの愛好家やコレクターたちから求められている。特にコレクターたちは、例外的によく保存された個体に対して、時としてとんでもない価格を支払うことも厭わない。むろん、クラシックカーを投機目的で売り買いする業者も存在する。これは2020年7月のオークションでも証明されていて、このオークションでは、1万3,000km未満のBMW M3(E30)が25万ドル(約3,200万円)という驚くべき価格で落札された。これは、近年、BMW M3(E30)がプロモーション目的で誇大に広告アイテムとして活用されているという事実にも起因している。
ここでは2つの例を紹介しよう。突然、E30は多くのミュージックビデオに登場し、最近では2020年の終わりにBMWは、ニューヨークのストリートウェアレーベル「キス(Kith)」がデザインした2台のショーカーを発表した。キスによるBMW M4デザインスタディとBMW M3(E30)ロニー ファイグ エディションの2台だ。これは「キス」とのコラボレーションによるファッションラインのプロモーションを目的としたもので、短期間で完売し、現在ではその部品さえもが元の価格を大幅に上回る価格で取引されている。
キス(Kith)によるBMW M4デザインスタディとBMW M3(E30)ロニー ファイグ エディションの2台。35年という歳月を感じさせる新旧Mモデルで、感慨深いものがある。
メルセデス190エボIIはさらに高価だ
これらはすべて、BMW M3(E30)の人気を非常に高めているポイントだ。最後に、忘れてはならないことがある。スポーツエボリューションは、M3(E30)の最後の特別なモデルだった。238馬力で最も強力な。近年、あらゆる種類のホモロゲーションモデルが莫大な価格上昇を経験していることは、もはや自動車の世界では秘密でもなんでもない。メルセデスCLK GTRやポルシェ911 GT1などの極端な例がそれを示している。「BMW M3 E30スポーツエボリューション」と、当時の主たるライバルであった「メルセデス190E 2.5エボリューションII」を比較すると、この2つのホモロゲーションモデルは価格的にはそれほど離れていないことにふと気づく。それでも「190エボII」のほうが、より需要が高く、長い間、15万ユーロ(約1,920万円)以下では販売されていない。「メルセデスベンツ190エボリューションⅡ」の非常に少ない走行距離のトップレベル個体は、今では30万から40万ユーロ(約3,840~5,120万円)のプライスタグがつけられている。
では、M3 E30スポーツエボリューションの256,556ドル(約2,700万円)という価格は正当なのか、それとも過剰なのか?その答えは簡単だ。言うまでもなく市場が価格を設定するのだ。238馬力の4気筒を搭載した31年前のBMWが20万ユーロ(約2,560万円)を超えたら、多くの人の目には過剰に映るかもしれないが、ここでも需要と供給の原則は確実に適用されているのだ。そう考えれば今回の価格は市場が必然的につけた価格、と考えることもできよう。人間ほしいものはほしいし、それがいくらであったとしてもその車への情熱があればたいていの場合は価格など後付けなのである。
それにしても今回のM3、確かに格好いいし、E30といえばやはり今までの3シリーズの中でもエポックメイキングな一台であることは確かだが、やはり驚いたのはこの価格である。さらに台数が少ないエヴォリューションモデルというのももちろん高価格の理由である。もう30年以上前のM3ではあるが、その輝きは少しも衰えていないし、この車を見るとDTMで戦っていたあの姿が瞼にうかぶ、そういう人も多かろう。私などはつい、走行がゼロキロといった未使用品ではなく、ちゃんと路上をそれなりに走ってきたM3がもうじき3,000万円という価格というのは、さすがにいくらなんでも、と思ってしまうが、それはこの車に熱い思い入れがまだまだ足りない所以だろうか。
Text: Jan Götze
加筆: 大林晃平
Photo: www.bringatrailer.com