1. ホーム
  2. スポーツカー
  3. 【JAIA試乗会】メルセデスAMG GT63 S E 死神に頸動脈を撫でられた

【JAIA試乗会】メルセデスAMG GT63 S E 死神に頸動脈を撫でられた

2026年2月18日

お金をたくさん払うほど生命の危機に近づく、世にも不思議な富裕層の世界。

新幹線のグリーン車やホテルのスイートルームのように、お金をたくさん払うと手厚いサービスを受けられて快適に過ごせるのが、我々が暮らす世界の基本的なルールである。しかし、規格外の富裕層の皆さんが生きる世界はちょっと様相が違う。宇宙旅行や深海探索をはじめ、お金をたくさん払うにも関わらず、快適でないばかりか自らの生命を危機に晒すような、庶民には理解しがたいサービスが存在する。

高性能スポーツカーの世界も同じである。かつてフェラーリは、標準モデルよりたくさんお金を払うと素早く天国(もしくは地獄)に直行できるF40という怪物を世に出した。電子制御なしのV8ツインターボの478馬力は素人運転手に扱えるものではなく、相当数の事故が起きたと言われている。だが、それでも富裕層のクルマ好きはF40を競って手に入れ、恐怖の重圧に耐えながらアクセルを踏み抜き、凡百のスポーツカーでは味わえない魂が燃えるような体験をした。宇宙旅行に出かけるような富裕層は、きっとこの恍惚の瞬間を求めているのだろう。

そしてメルセデスAMGも、富裕層の世界の理に従って「GT63 S Eパフォーマンス」を作り上げた。GT63 S Eは、宇宙旅行やF40がそうであるように、今際の際にのみ訪れる興奮と恍惚を味わわせてくれるクルマだったのである。

メルセデスAMG GT63 S Eパフォーマンス クーペ(税込3146万円)全長4730mm、全幅1985mm、全高1355mm、ホイールベース2700mm。車重は2150kg。モーターとバッテリー無しのGT63より210kg重いが、それを感じさせない驚異的な加速性能。

816馬力!

日本では2025年に発売が開始されたGT63 S Eパフォーマンスは、SLS、先代GTに連なるAMGのスポーツクーペの最上級グレードである。先代まではV8のみの設定だったが、現行型から4気筒のGT43が追加され、またV8もモーターの有無でふたつのパワートレーンが用意され、大枠で3種類のモデル展開がなされている。

パワートレーンの内容は、GT43が2.0リッター直列4気筒にモーター(スターターとジェネレーター兼用の小型。通称BSG)、GT63が4.0リッターV8(モーターなし)、GT63 S Eパフォーマンスが4.0リッターV8にモーター(駆動用の大型)である。43は後輪駆動、63の2台は四輪駆動となる。

昨年試乗したGT43は、市街地、高速道路、ワインディングのすべてでスポーツフィールを存分に楽しめる、バランスの取れた素晴らしいスポーツカーだった。十分以上に速いが、怖さは感じさせないという絶妙な匙加減の動力性能と、4気筒エンジンがもたらす軽快なハンドリングが印象に残った。ポルシェ911で言えば、ターボやGT3でなく、標準車のカレラの好敵手という位置づけである。

M177の型式を持つV8。AMGの伝統に則り、ひとりの職人が責任を持って組み上げたエンジン。モーターの恩恵でターボラグを感じない上に、全域がトルクバンド(=怖い)

今回試乗したGT63 S Eは、V8が最高出力 612PS(450kW)/最大トルク 850Nm、モーターが最高出力 150kW/最大トルク 320Nm、システム合計で最高出力 816PS(600kW)/最大トルク 1420Nmというハイパーカー並みの動力源を持つ。421PS(310kW)のエンジンに10kWのモーターを組みわせたGT43のほとんど倍の性能である。

「GT43との違いはどれくらいだろうか?」そんなことを考えながら、恐る恐る走り始めた。

上質な仕上げの内装。他のメルセデスと同様に大きなディスプレイが目を引くが、速すぎてこんなものを見ている余裕はない。

ホラー映画の幕が開く

駿河湾を臨む海沿いのバイパスをGT63 S Eは静かに走る。オフホワイトのレザーで彩られた内装は豪華な雰囲気に溢れているし、低く唸るV8のサウンドは何とも言えない気持ちよさだ。硬く引き締まっているけれど、直接的な突き上げやボトミングを許さない乗り心地も素晴らしい。スポーツ性が強調され過ぎることなく、メルセデスらしい快適性が備わっているのである。

だが、それはホラー映画の導入部分のようなものだ。子供が無邪気に微笑む平穏な日常、鳩が羽を休める平和な世界、それらはすべて見せかけに過ぎない。アクセルのひと踏みでGT63 S Eは異次元のトルクを解き放ち、ドライバーを恐怖の世界に引きずり込んでしまう。

制限速度で走行車線を走っていたGT63 S Eはやがてトラックに追いつき、追い越し車線に移って前に出ようとした。その時、それは突然やってきた。

アクセルを踏み込み、V8がグワッと叫びを上げた瞬間に、腰のセンサーが微妙なヨーの変化を感知し、同時にステアリングが左右に取られるような動きをした。大きく滑ることはなかったが、その先に起きる惨劇を想像させるに十分な挙動である。死神に頸動脈を撫でられたような気分だった。即座に、しかしゆっくりとアクセルを戻したのは言うまでもない。

モード切り替えで「コンフォート」を選んで走っている限り、このような状況にはならない。しかし「スポーツ」と「スポーツプラス」では要注意である。アクセルを踏んだ瞬間のトルクの立ち上がりが鋭くなるため、迂闊な操作をするとホラー映画の第二幕が始まってしまう。

フェラーリF40はターボラグが大きく、アクセルを踏み込んだ後に、やや間を置いてから唐突に炸裂するトルクが事故の原因となることが多かったという。GT63 S Eでは逆である。現代の高性能ハイブリッド車は、アクセル操作に即応してモーターが過剰なトルクを繰り出すため、路面温度が低かったり、タイヤが冷えていたりすると、ESCの制御範囲を超えてアクセルを踏んだ瞬間に滑ってしまう。スポーツプラスでは特にトルクのレスポンスが鋭く、テスト目的で少し走った以降は、絶対にスポーツプラスには入れなかった。

英国Top Gearにおいて、FRで740馬力のフェラーリF12を公道で試乗したジェレミー・クラークソンが「ハイパワー車が好きな人間として、こんなことを言いたくないが、もっとパワーを下げた方がいい」とコメントしていたが、その気持ちがわかるような気がした。

公道で気分よくアクセルを開けられるGT43とは全く違う種類のクルマである。

筆者は日頃ミドシップとリアエンジンのスポーツカーにしか乗らないため、後ろが軽いフロントエンジンの高性能車には漠然とした不安を覚える。
……とはいえ、絶対的な後輪荷重は1トンくらいあるはずで、それに打ち勝つ1420Nmのトルクが凄すぎるのだろう。

クルマ好きの希望の星

火山が噴火したような勢いで加速するGT63 S Eは、ドライバーに対して威圧的なクルマである。しかし、その心理的重圧に抗ってでも、816PSを解き放ってみたいと思わせる悪魔的な誘惑に溢れているから困ってしまう。AMGのV8サウンドは、下腹部に思い切りパンチを打ち込むようなバリトンだが、モーターがもたらす血の気が引くほどの加速Gにバリトンの絶叫が加わると、脳内から出た快楽物質であらゆる思考が麻痺してしまう。冒頭に書いた通り、富裕層の世界では、泣き出したいほどの恐怖と魂の燃焼がないまぜになった、興奮と恍惚の瞬間を味わえるのだ。GT63 S Eの魅力はまさにここにある。単に楽しいとか気持ちいいとかでなく、そこに動物的本能を刺激する恐怖感が加わることで、生の喜びが一層強調されるのである。これを味わいたくて、GT63 S Eのドライバーは意を決してアクセルを踏み込むのだ。(今回は法定速度での公道試乗だったが、サーキットに持ち込んだらどれほど刺激的な体験ができるだろうか)

タイヤサイズは前295/30R21、後305/30R21。カーボンセラミックのブレーキは標準装備。回生ブレーキが加勢することもあり、冷えた状態でも普通に効いてくれる。

4気筒で前輪荷重の少ないGT43に比べて、V8のGT63 S Eはステアリングにずっと重厚感があり、今どき珍しいほどに操舵力がはっきりと重い。増加した前輪荷重に合わせてサスペンションが締め上げられているためだろうか、GT43よりもステアリングにソリッドな剛性感があるようにも感じられ、下道を軽く流すような場面でさえ特別な高性能車に乗っているという張り詰めたフィールに満ち溢れている。ステアリングフィールにおいても、GT63 S Eは楽しさよりもある種の緊張感が勝っており、少し乗るだけで全身の細胞という細胞が覚醒するような感覚があるのだ。よい意味で万人向けではないクルマである。

万人に広くお薦めできるのはGT43。GT63 S Eは、そもそも他人に薦められて乗るクルマではない。筆者個人はGT63 S Eがいい(が、買えない)

1677万円のGT43に対して、GT63 S Eは3146万円。2倍に近い価格だが、差額については、その1円に至るまで十分な価値があると思った。GT43は誰もが楽しく気持ちよく走れる優秀なスポーツカーだが、GT63 S Eは別の世界に存在するクルマである。古代ローマ人のように怠惰で快適な日常、うんざりするほどの贅沢に慣れきった富裕層の方々にとって、生命の危機を覚えるほどの刺激がなければスポーツカーに乗る意味などないのだろう。GT63 S Eはそんな異次元の方々にこそ相応しいクルマだが、我々庶民のクルマ好きにとっても、かつてのフェラーリF40がそうであったように、このようなクルマが存在することが人生に希望をもたらしてくれるのである。

Text & photo: アウトビルトジャパン(AUTO BILD JAPAN)