軽トラ日和 「スズキ キャリー」に見た軽自動車はニッポンの誇り
2026年2月17日
日本を支えているのは軽トラだ!と軽自動車(Bonsai Car)を愛して止まない大林晃平がちょっと古い軽トラに乗って2026年の新年を祝う。
大げさでもなんでもなく、日本人として世界のすべての国に自信をもって誇れるクルマ、それは軽自動車のトラック、軽トラだと思う。もちろんジムニー、ランドクルーザー、マツダ ロードスターだって世界に誇れるし、エルフやハイエース、レクサスLFAとかN-BOXなんかも胸を張ってメイドインジャパンと唄える車には間違えないが、そんな中でも値段と耐久性と、そしてこの国を支える働き者として心から尊敬しているのは軽トラと軽のバンなのだ。
牛乳配達から現場への物流積載、農業の友から様々な層の移動の足としてまで徹頭徹尾こき使われながら文句も言わず動き続ける信頼性抜群のモビリティ、それが軽トラだ。いつの間にか愛して止まなかったスバル サンバーも、とにかくエンジンが魅力的だったホンダ アクティも、ちょっと格好良いデザインだった三菱 ミニキャブもオリジナルモデルはなくなってしまい、今やスズキ キャリィとダイハツ ハイゼットの二択のみとなってしまっているのは寂しい限りではあるが、それでも改良を施されながら、最近ではカラーバリエーションさえ増やされながら愛され続け、作り続けている軽トラは、まさにメーカーの良心がギュッと詰まった車種といえる。
なにしろ素晴らしいのはとにかくシンプルで安価なことで、確かに昔に比べれば高価にはなったものの、エアコンや各種安全装備などの装備の充実ぶりや世の中の物価高騰のカーブと比べればまだまだ懐に優しい価格といえる。
安いからと言って安かろう悪かろうな車ではないことは、田舎などでもう出汁を出し切って出がらしになっても壊れずに酷使されている姿を、散歩中の柴犬と同じ頻度で見かけることでも確かだし、必要とされ日々頼られているという観点から考えれば、これほど「愛車」という言葉がぴったりな車種はない、ともいえる。

そんな軽トラを以前から欲しい、欲しいと思いつつも、私がなかなか購入できない理由は、軽トラを買ったところで畑仕事もせず薪を買っても燃やすことのできない比較的都市部(横浜)に住んでいることと、働き者ではあるが二人乗りの自動車を増車することのできない状況なためである。
二人乗りという意味ではマツダ ロードスターだって二人乗りなわけだし同じようなものじゃないか、といわれりゃその通りではあるが、一応ロードスターはかなり遠方まで行こうと思えば高速道路を使って軽やかに行けるし、それなりに快適に長距離移動をこなすことができるという部分では勝っている。もちろん言うまでもないことだが荷物の積載とか、とにかく細く狭い道路での移動や駐車スペースの少なさでは圧倒的に軽トラの勝ちなわけだが、まあそんなこと比較してもしょうがないことではある。

とにかくいつかは軽トラを買おう買おう、軽トラ欲しい欲しい、と言っていたら近所に住んでいるガチの農家の方が「そんなに好きで良いっていうのなら、一週間くらい乗ってみたらいいっぺ」と豪胆にも貸してくださることになった。この太っ腹な方は、実は大学の教授もやっているジェントルな方で、30キロほどの通勤もこの車でこなし、大学では「軽トラ男爵」(と勝手に僕が命名)と呼ばれているお方なのだが、もしよかったら乗ってみてください、とキーを渡してくれたため、1週間の世を忍ぶ軽トラオーナー気分を遠慮なく味わってみることにした次第である。
今回お貸しいただいたスズキ キャリーは令和2年モデル、ということは5年落ちの3速オートマティックトランスミッションを持つモデルで、二輪駆動の標準的な仕様である。オプションはゼロ。モノラルスピーカーを持つAM/FMラジオも標準なら、ナビもETCもドライブレコーダーもなく、しいて言えば納車のサービスとしてついてきたと思しきゴムのフロアマットとドアバイザーがついているのみ、である。

走行は13,884キロ、ということは年間2,000キロちょいな使われ方で、少ないとは思うがこれくらいの走行距離で淡々と年月をこなすパターンの車両は世の中に数多くあると予想される。走行距離の割には145/R12 6プラのタイヤはそろそろ賞味期限切れで、ここだけは個人的には絶対に交換したい部分だが、これも世の中のヘヴィへユーザーの多くは、こんな感じで使っているのだろう、と推測している。
まったく容赦なく使われているものの錆は一切なく、ちょっとだけこすった傷のあるボディも、車内に放置された色あせたちびまる子ちゃんの昔タオルだったはずの雑巾もいい感じの使われ方感で、気分はもう完全に「こっち側のヒト」になって走りだす。
シャーンと回るエンジンを軽いアクセルを踏んで走り始めると、なんというかものすごく新鮮で楽しい。もちろんそれはこういう自動車に乗っていないが故のひいき目な感情によって生まれる新鮮さかもしれないが、とにかくひとつひとつがピュアで軽くて自動車を運転しているという喜びが確かにそこには存在していると感じられるのである。

前述の減っているタイヤにも関わらず乗り心地は空荷でも決して荒くなく、薄っぺらい座椅子のようなシートにもかかわらず乗り心地だって悪くはない。むしろこれよりもドタドタ落ち着かず凹凸を拾ってしまう上級車種をいくつか知っているが、それからしたらこの乗り心地は望外な快適さといえる。
ちょっとすいた246号線を60km/h程度でゆるゆるっと走っていたら、かつて吉田匠氏が911を評した時に使った「60キロで走っても官能的」という台詞が頭に浮かんできた。
と褒めすぎのようなインプレッションになってしまったので、ちゃんとマイナスポイントも記しておくと、やはり全体的にブレーキはフィーリングも含めプアな感じで心細いし、やはり減りまくったタイヤのせいなのか直進安定性には欠けて落ち着かないことも事実である。
防音にはきっとあまり気を使っていない設計のためか、速度を上げるのに正比例してノイズも遠慮なく室内に入ってくるし、官能的な60キロを過ぎると、あっという間に気分はマッハを突破するテストパイロットのように緊張の度合いが高まっていくのがわかる。
電動パワーステアリングの感覚もあっという間に頼りなくなるし、丸腰に近いADAS装備だから周囲の高性能SUVや大型トラックが急ブレーキを踏んだら避けることは困難だ。
そう、これ以上の速度で走ったら、何かあった時に天国に直行しちゃいますよ、と車が語り掛けてくる速度領域がものすごく低い。でもそんなこと当たり前のことだし、そういう使い方をしている僕がイケナイわけで、それがいやだったら速度を落としてのんびり走るか、走っている道路を変えるか、をするべきで、クルマに責任はないと断言できる。
結局この愛するべき自動車と過ごした時間はなんとも楽しく、幸せな日々であった。乗るたびにいいなぁと欲しくなったし、最近のモデルではADASも充実し、追突防止ブレーキなども充実したものとなっている。今後はさらに安全装備などの進化も予想されるが、一足飛びに電動化(BEV)されることもあり得るだろう。

もちろん現段階では価格をはじめ、著しく高い基準が要求される耐久性などなどクリアしなくてはいけない部分は多いことと思うが、BEVになったほうが良いと思われる利点も数多くあるため(自宅で給電することでガソリンスタンドまではるばる行かなくともよい、オイル交換などメンテナンスが少なくて済むなど)、個人的には日本が誇る軽トラはどういうパワーユニットとなっても継続し、私たちの生活を支えてほしいと願ってやまない。
やっぱり軽トラ欲しいなぁ、それにはあと数年で定年退職だからどこかに畑でも買わなくっちゃいけないかなぁ、とまったく土いじりなどできないくせに車の夢想だけしてしまう自分がなんとも恥ずかしい。のんびりゆっくりと冬の夕方の日差しを浴びながら、細い田んぼのあぜ道をいつもよりもずっと低速で走らせた。返却する農家の大きな家の軒先は、もうすぐそこである。
Text&Photo:大林晃平

