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【スーパーカー物語】「メガ モンテ カルロ」このフランス製のスーパーカーを知ってますか?1990年代のスーパースポーツカーブームに生まれた1台だ!

2026年1月28日

メガ モンテ カルロ(Mega Monte Carlo):この忘れられたスーパースポーツカーは、見た目がメルセデスに似ているだけでなく、シュトゥットガルト製のV12エンジンを搭載している。

「ランボルギーニ ディアブロ」、「フェラーリ F50」、「ブガッティ EB110」、「ポルシェ 959」、「ジャガー XJ220」、「マクラーレン F1」―そのほかにも数多くのモデルが存在した。1990年代、スーパーカーの世界はまさに空前のブームを迎えていた。当時、50万ドイツマルク(約3500万円)以上をクルマに投じる意思のある者にとって、選択肢は実に豊富だった。

1996年、フランスの小さなメーカーがこのスーパーカー市場に参入しようと名乗りを上げた。これが「メガ モンテカルロ(Mega Monte Carlo)」の物語である。

「メガ モンテカルロ」を聞いたことがない?それも無理はない。私自身も、数多くあるカーカードゲームのひとつで「モンテカルロ」に偶然出会ったのがきっかけだった。そして、いまやほとんど完全に忘れ去られたこのフランス製スーパーカーに、瞬く間に心を奪われた。

モンテカルロは何台造られたのか?

実のところ、「メガ モンテカルロ」に関する情報は極めて乏しい。生産台数という一見単純な問いからして、明確な答えが存在しない。情報源によって、製造された台数は2台から5台まで諸説がある。

4つの小さなテールランプと、高い位置に配置されたエキゾーストパイプ。メガ モンテカルロのリアは、きわめてシンプルな造形だ。
Photo:supercars.net

だが、話は最初から始める必要がある。「モンテカルロ」の背景にある物語は、実に特異だからだ。

1983年、エクサム(Aixam)はアロラ(Arola)を買収した。アロラは主にマイクロカーで知られるメーカーで、これらの車両は運転免許なしで走行できるものだった。この分野は、現在に至るまでエクサムが大きな成功を収めている事業でもある。

メガを生んだエクサム

1990年代初頭、エクサムは新たに立ち上げたサブブランド”メガ(Mega)”の名のもとに、威信をかけたプロジェクトを始動させる。メガという名称は、意図的に選ばれたものだった。目標は、最大かつ最速のスーパーカーを造ること。自社のマイクロカーとは、完全に正反対の存在である。

「メガ トラック(Mega Track)」は1992年に発表された。このクルマは当時としてはあまりにも先進的で、「ランボルギーニ ウラカン ステラート」や「ポルシェ 911 ダカール」といった、現代のオフロード スポーツカーの先駆けとも言える存在だった。「トラック」は最低地上高を最大34cmまで引き上げることができるマッシブなスーパーカーで、メルセデス ベンツ製 V12エンジンを搭載していた。

しかし、当時で170万フラン(1990年頃のレートで約4,500万円)という法外な価格もあり、「メガ トラック」は商業的に失敗に終わる。生産されたのは、わずか5〜6台だったとされている。

フラットなフロントと短いオーバーハング。「メガ モンテカルロ」は全長4.45mながら、全幅は1.99mに達する。
Photo:supercars.net

だがエクサムは、この失敗にひるまなかった。数年後、同社は再びスーパーカー セグメントへの挑戦を決断する。

ここから物語はさらに複雑になる。1994年、メガはモンテカルロ オートモビル(Monte-Carlo Automobiles=MCA)の一部を買収した。MCAは少量生産メーカーで、1990年にモナコ自動車クラブ創設100周年を記念して「センテネール(Centenaire)」というスーパーカーを発表していたが、市場的成功は収めていなかった。

1996年 ジュネーブで発表

この新プロジェクトにおいて、メガは「トラック」よりもはるかにオーソドックスなアプローチを採った。オフロード スーパーカーは失敗に終わったため、「メガ モンテカルロ」では高い最低地上高やブロックタイヤは採用されなかった。1996年のジュネーブ モーターショーで披露された「メガ モンテカルロ」は、「トラック」と同じデザイナーの手によるものだが、印象はまったく異なる。

4灯式ヘッドライトは、「メルセデス・ベンツ E クラス(W210)」や「CLK(C208)」を想起させる。一方で、それ以外の部分は独創的で、現在の視点から見ると驚くほど先見性がある。ジュネーブで展示されたプロトタイプはスチール シャシーを採用し、ボディカラーはシルバーだった。2台目の「モンテカルロ」では、鮮烈なイエローが選ばれ、後にはホイールまでイエローに塗装された。

ジュネーブ モーターショーにおいて、「メガ モンテカルロ」が集めたメディアの注目はごくわずかだった。その理由が控えめなカラーリングだったのか、単なる関心不足だったのかは、いまとなっては判断できない。ただひとつ確かなのは、フランス製スーパーカーが厳しい船出を強いられたという事実だ。

後にホイールはボディ同色に塗装された。最終的に生産されたメガ モンテカルロの正確な台数はいまも不明である。
Photo:supercars.net

メルセデス・ベンツ製 6.0リッター V12

メガは市販化に向けた開発を続け、スチール シャシーからカーボン モノコックへと変更したとも言われているが、期待された成功は訪れなかった。構成要素自体は魅力的だった。ドライバーと助手席の背後には、「メガ トラック」と同じメルセデス ベンツ製 V12 エンジン(M120)が搭載され、標準仕様では6.0リッターの排気量から394psを発生していた。「モンテカルロ」では、ソフトウェアの調整によって最大450psに達したとされる。メルセデス・ベンツとは異なり、トランスミッションは ZF製6速マニュアルが組み合わされた。

最高速 300km/h 超

情報源によって1350〜1500kgとされる車重を考慮しても、モンテカルロの性能値は野心的だった。全長4.45m、全幅1.99mのスーパーカーは、0–100km/h加速を4.4秒でこなし、最高速度は300km/h超とされていた。

メガは実際に「モンテカルロ」のレーシング仕様も製作しているが、公式レースに出場することはなかった。生産は1999年まで続いたとされるものの、最大でも5台という生産規模を考えると、その信憑性には疑問が残る。なかには、製作されたのはわずか2台だったとする説もある。これらの車両の現在の所在は不明だ。

「フェラーリ F50」、「ブガッティ EB110」、「マクラーレン F1」の価値が上昇し続ける一方で、忘れ去られた「メガ モンテカルロ」が、どこかのガレージに2台、あるいは5台、眠っているのかもしれない。

結論:
メガ モンテカルロは当時も、そして現在も注目されなかった存在だ。ひとつの古い車のカードゲームが、この風変わりでありながら魅力的なスーパーカーを思い出させてくれただけである。だからこそ、かつて造られたわずかな個体がいまも現存しているのか、そしてどこに隠れているのかを知りたいと思う。

Text: Jan Götze
Photo: supercars.net