【ワンオフ物語】67年の時を経てパッカード エクセレンスは唯一無二のクルマとして現実のものとなった そこに秘められた想いと熱意とは?
2025年10月10日

パッカード エクセレンス(Packard Excellence):この車については、おそらくご存じないだろう。1958年にパッカード エクセレンスは計画されていたが製造されることはなかった。その後、67年を経て、このプロジェクトが現実のものとなった。
自動車史において、パッカードは、豪華さの代名詞だ。1899年にオハイオ オートモービル カンパニーとして設立されたこの米国企業は、1954年に解散するまで、主に大型で豪華な自動車で知られていた。ブランドが消滅してから数十年後、「ベントレー フライングスパー(Bentley Flying Spur)」をベースにした、「ファセル ヴァガ エクセレンス」に由来する、新しいパッカードが登場したのだ。
混乱を招くような話だが、その通りだ。販売台数の減少(経営陣の誤った判断も一因だった)により、伝統あるパッカードブランドをスチュードベーカー パッカードとして救おうとする試みは失敗に終わり、1962年にこのブランドはついに幕を閉じた。

それ以前にも、パッカードに新たな命を吹き込もうとする試みは繰り返し行われていた。1958年に発売された高級セダン、「ファセル ベガ エクセレンス」に独自のV8エンジンを搭載し、パッカードとして販売するという大胆な計画もあった。噂によれば、当時、スチュードベーカー パッカードと契約を結んでいたダイムラー・ベンツがこの計画を阻止したと言われている。そのわずか数年後、パッカードの終焉は決定的なものとなったのだった。
基本コンセプトは1958年にさかのぼる
1999年の「Twelve Prototype」を除けば、この伝統あるアメリカのブランドはここ数十年、静かな存在だった。しかし、その状況は今、一変している。最初のコンセプトが生まれてから67年後、裕福なパッカードファンが「エクセレンス」を現実のものにしたのだ。

この一点ものは、オランダのコーチビルダーの「JB Classic & Bespoke」によって製造され、同社によれば、このプロジェクトには信じられないほどの17,000時間(!)もの作業時間が費やされたとのことだ。第2世代の「ベントレー フライングスパー」をベースに、丹念な手作業によって、現代版の「パッカード エクセレンス」が誕生したのだ。
豪華なフロント
プロポーションや乗員スペースをよく観察すると、ベントレーの面影が確認できるものの、それ以外ではエクセレンスは、より丸みを帯びたフライングスパーとはほとんど共通点がない。縦型のヘッドライトと3つのパーツで構成されたクロームのラジエーターグリルを備えた豪華なフロントは、ベントレーというよりもロールス・ロイスを彷彿とさせる。パッカードとファセル ベガから着想を得たボンネットの先端には、すべてのパッカードのトレードマークである「スピードの女神(Goddess of Speed)」が鎮座している。

横から見ると、ベントレーの血筋がはっきりわかるが、ここでも「JB Classic & Bespoke」がすごく努力したことがわかる。最大の革新点は、ロールス・ロイス風のリヤドアが設置されたことだ。リヤも非常に角張ったデザインで、パッカード社のロゴと文字が誇らしげに刻印されている。
残念ながら、現時点ではインテリアの写真はなく、エンジンに関する情報も不明だ。ボンネットの下には、4.0リッターV8エンジンまたは6.0リッターW12エンジン(いずれもベントレー製)が搭載されている可能性がある。
機密保持のため、この唯一無二の車両の価格も不明だ。17,000時間の作業時間を考慮すると、「エクセレンス」は決して安くないだろう。しかし、パッカードはもともと決して安価な車ではなかったことも事実だ。
Text: Jan Götze
Photo: carscoops.com / JB Classic & Bespoke / Jerome Wassenaar