自動車専門翻訳家がゆくドイツ自動車博物館の旅 その15
2025年7月19日

6日目 2月22日
スタートして1秒84後には4速181km/hに達している。4秒64後、4速193km/hから2速98km/hに落として最初のきついコーナーをクリア。すぐさま6速までシフトアップ。車速249km/h。その後、4~6速を使い分け、180~240を保って緩いコーナーの連続を抜ける。49秒後、7速で340km/h超。ブレーキングの際は、モーターが「ヒュイーン」と唸る。7速フラットアウト、瞬間的に330。先の見えない複合コーナーではコース幅一杯を使う。どのコーナーでもターンインからエイペックスのクリア、コーナー脱出まで、ひたすら理想のレーシングラインを辿る。2分12秒後、前方から直射日光が差し込み視界を遮るが、委細構わずスロットルを踏み続ける。3分6秒後、カラッチオラ カルッセルのヘアピンに備えて6速280から電光石火の速さで2速97km/hまで落としてここを慎重に抜ける。

スタートしてから4分が経過し、集中力が薄れるところだが果敢にスロットルを践む。5速を多用しながら高低差のあるコースを走る。この区間はほとんどがブラインドコーナーだ。4分24秒後、2つの左コーナーを4速170km/hで抜けると、いよいよディッテンガー ヘーエから始まるノルトシュライフェ随一の高速セクションに差し掛かる。7速332km/hから瞬く間に車速が上がり、4分49秒後、369km/hを計測、このタイムアタックでの最高速が出た。その後も7速360km/h台後半をキープしながらゴール地点を目指す。5分14秒後、ゴール手前のコーナーで2速まで落として加速したところでフィニッシュ。5分19秒54。新たなコースレコードタイムの樹立だ!
移動はバスで
前日、インゴルシュタットをあとにした私たち一行は80km北にある古都ニュルンベルクを訪れた。城壁に囲まれた旧市街を散策し、レストランで昼食を楽しんだ。静かな水を湛えた堀が窓から見える。ひとときを寛いだ気分で過ごしたのち、再びバスへ乗り込む。目指すはフランクフルト、約3時間を要する230kmの長距離移動だ。
「高層ビルが立ち並ぶ街はドイツでもフランクフルトだけです。ドイツの大都市にはそれぞれの役割があります。政治の中心はベルリン、自動車産業の中心はシュトゥットガルトとミュンヘン。ここフランクフルトは経済・金融の中心地です」。フランクフルトの街並みが近づくと、アレックスが説明してくれた。
なるほどバスの窓から望むフランクフルトの空は高層ビルの輪郭が区切っている。こういう風景はほかの街では見なかった。今回の旅行で私たちが最初にドイツの地を踏んだ街フランクフルトに戻って来た。市の中心にあるモダンなホテルの部屋に落ち着き、21日の日程を終えた。
明けて2月22日、私たちを乗せたバスは西へ約170km離れたニュルブルクの町に向かった。そう、目指すは世界に名だたるレースコース、ニュルブルクリンクだ。ニュルブルクリンクはノルトシュライフェ(=北コース。全長20.832km)とGPコース(全長5.1km)の2つのコースの総称だが、とりわけノルトシュライフェは世界最長にして、世界有数の難コースとしてつとに知られる。数多くの自動車メーカーが試験走行を行うことでも有名で、ここの周回タイムは高性能を立証する1つの評価基準になっている。今日の日程はそのニュルブルクリンクの探訪。ドイツ4大ミュージアムの見学を昨日終えた私たちにとって、この旅唯一の「屋外アクティビティ」だ。
この稿の冒頭に掲げたコースレイアウト図は、同サーキット内で配布しているRINGTAXI(これについては後ほど触れる)のパンフレットを撮影した。それに続く「実況中継」はYouTube (https://www.youtube.com/watch?v=KsLi7HgSuhI)を見ながら、私が書いた。2018年6月29日、ティモ ベルンハルトがポルシェ919ハイブリッドEvoをノルトシュライフェで走らせたときのオンボード映像で、5分19秒546は今のところ(2025年5月現在)無制限車両のカテゴリーでの同コース最速周回タイムだ。これがどれほど速いのかは1周の平均時速233.8km/hが物語る。
走行はできなかったのだが
私たちが訪れたこの日、ニュルブルクリンクはレースのオフシーズンを利用したコース路面補修作業の最中で、車両の走行はできなかった。それだけに普段は入れない施設まで見学できたのは収穫だった。
サーキット敷地内に入るまえ、私たちを乗せたバスは、スタートから16km地点のブリュンヘン(Brunnchen)コーナーを見下ろす広場に立ち寄ってくれた。ご覧のようにコース幅は意外なほど狭く、エスケープゾーンもほとんどない。ブリュンヘンは下りコーナー、直線、上りコーナーと見どころ満載の人気の観戦スポットだ。


以降、写真をご覧に入れながら、私たちが訪れた施設を紹介していく。











残念ながら、おもに財政面の問題から、F1ドイツGPは2019年のホッケンハイムを最後に、現在中断の状態がつづいている。ニュルブルクリンクで開催されたのはさらに2013年に遡り、このときはレッドブル ルノー駆るセバスチャン フェッテル(Sebastian Vettel)が勝っている。
この日、ニュルブルクリンクを見学した私たちは、ここのGPコースはいつでもF1を開催できるだけの安全性を完備した、最新鋭のサーキットだという印象を得た。近い将来、この由緒正しいサーキットで、ドイツGPが開催されることを期待したい。
ニュルブルクリンクの敷地内に並ぶ付帯施設やアトラクションも魅力的だ。なかでも最初に紹介したいのがリンクタクシー(RingTaxi)である。RingTaxiにはRingTaxi Co-PilotとRingTaxi Pilotの2種類がある。前者はいわゆる一般的なサーキットタクシーで、プロのレーシングドライバーが操縦するマシンに同乗する体験走行。ただしマシンが別格にすごい。992型ポルシェ911GT3 RSを筆頭に、AMG GTブラックシリーズやマクラーレン720Sが用意されている。
もう1つのRingTaxi Pilotはあなた自身がマシンを駆る体験走行。「70を超えるコーナー、刻々と変わる路面状況。ノルトシュライフェの魅力にどっぷり浸かろう」とパンフレットは謳う。コーナーの数からおわかりのように、リンクタクシーはノルトシュライフェの1区間を使って行う(全体ではコーナーは172ある)。助手席からは経験豊富なインストラクターが適宜アドバイスしてくれるので、能力に応じた走りができるだろう。マシンはBMW M5 CS、991型ポルシェ911 GT3 RS、ポルシェ ケイマンGT4と、これまた贅沢な布陣。

私ならまず同乗走行のRingTaxi Co-Pilotを選ぶと思う。ただし「お手柔らかにお願いします」というドイツ語を覚えてからだ。なにしろ彼らプロドライバーはリヤタイヤがヌルヌルと横方向のグリップを失いかけているというのに、鼻歌交じりでスロットルを踏み続けるのだから……。パンフレットには「20.832km pure adrenaline!」とあるが、私には恐怖のあまり絶叫しないでいられる自信はない。
シナリオの決まった遊園地のアトラクションにはもう飽きた。欲しいのは予測不能の辛口スリルだと言うあなたはRingTaxi Pilotに挑戦するといい。ブラインドコーナーの先に現れる未知のコースをどう攻略するのか。問われるのはもっぱらあなたの腕と度胸、そしてインストラクターのアドバイスに耳を傾ける冷静な心構えだ。
ニュルブルクリンク敷地内の各種付帯設備の充実振りにも目を見張った。大型旅客機すら楽々と収容できそうな巨大な格納庫クラスの建物に収まるリンクアリーナ(Ring Arena)には、高級ブティックやドライビングアカデミーのレセプションなどが軒を連ねている。広いフロア面積を誇るサーキットグッズショップは、ブツ欲を刺激するアイテムがこれでもかとばかりに並んでいて、大きな買い物袋を抱えて店を出ること請け合いだ。日本では最近すっかり手に入り難くなったニュルブルクリンクのコースを描いたステッカーもここなら選り取り見取り。私も1枚購入した。




有名なニュルブルクリンク24時間レースは、ドイツが一番麗しい季節を迎える6月に開催されるのが通例だ。とにかく24時間レースは長丁場。観戦に疲れたら、ホスピタリティ溢れるホテルに戻り、バーでカクテルを飲むのもよし、ショップでお土産探しをするもよし。充実した滞在を楽しめるに違いない。
ニュルブルクリンクは一流のレースコースであると同時に、モータースポーツに関連するあらゆる施設を完備する、それ自体完結したエンタテインメント複合施設なのだった。
午後遅く、私たちはニュルブルクリンクを離れ、往路と同じ170kmの道のりをフランクフルトへと戻った。泊まるのは昨日と同じ、市内の中心に位置するモダンなホテル。実際、このホテルはとても快適だった。貧乏性の私など、一人で1部屋を使うには広すぎるほど。一旦外に出て、旅の一行の皆さんと一緒に夕食のテーブルを囲んだあとは、早めにベッドに潜り込んだ。しかしその日の夜はどういうわけか寝付けなかった。早いもので明日は旅の最終日。そう思うと寝てしまうのが惜しい気がしたせいかもしれない。日付が変わるころになっても緊急車両のサイレンが鳴り響くあたり、フランクフルトの街はニューヨークのマンハッタンに似ている。カーテンを少し開けて外を眺めると、闇のなかで高層ビルのシルエットが黒く浮かび上がっていた。
Text:相原俊樹
Photo:相原俊樹ほか
【筆者の紹介】
相原俊樹:自動車専門の翻訳家・著述家。月刊の自動車専門誌向けに海外のロードインプレッションや新車情報などを翻訳。自動車関連の翻訳書多数。現在の愛車はポルシェ・ボクスター。趣味は60年代のカンツォーネと藤沢周平の時代小説。