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【国内試乗】BMWアルピナB4 GTグランクーペ 渋滞でも走りが楽しい官能的名車

2025年5月9日

たとえ目を瞑って運転してもアルピナとわかる走りの個性。新車で買えるのは今だけ。

アルピナB4 GTを運転していたら、急ピッチで進む渋谷駅周辺の再開発のことを何故か考えてしまった。

大規模な商業施設が増殖し、その帰結として小さな個人経営の店がどんどん姿を消す渋谷の街は、マイナーながらも独自の個性を持った小規模メーカーが減っていく自動車業界を連想させる。新築の高層ビルに大手チェーンの平凡な飲食店がずらりと入居する現在の渋谷を見ると、漫画「孤独のグルメ」の主人公の井之頭五郎はこの街にはやって来ないだろうと思うし、クルマに情緒や味わいを求めてしまう井之頭五郎のような好き者は、仮に目を瞑って運転したら国籍もブランドも判別不可能な、今の渋谷の街のような大手メーカーの最新型車には満足できないだろうとも思う。

フェラーリですら年間1万3752台(2024年実績)を出荷する現代において、年間生産台数の上限を1700台程度に設定しているアルピナは、昔と変わらず、純粋にカーマニアのためのクルマ作りを行っている。アルピナはニュルブルクリンクのラップタイムを宣伝に使うような真似はしないし、仰々しいオーバーフェンダーやウィングで高性能を誇示することもない。代わりに、偏執狂的な拘りをもって上質な乗り味を作り上げ、その定量化も言語化もできない魅力を理解できる知的な人たちのみを顧客とする。

BMWアルピナB4 GTグランクーペ。車両本体価格1710万円(税込)

BMW 4シリーズの4ドアクーペをベースとするB4 GTは、そのようなアルピナの伝統に忠実な一台である。最新のBMWやメルセデスは、例えば1980年代のE30の3シリーズや190Eのような個性を失ってしまったが、B4 GTには往年の名車を彷彿させる風格と味わいのあるドライブフィールが依然として備わっている。

1978年にBMWをベースにしたコンプリートカーの製作を始めて以降、ボーフェンジーペン家の家族経営のもと開発されてきたアルピナ車は2025年末をもって生産終了となり、2026年以降は、アルピナの商標権を獲得したBMWがアルピナ車の開発を行うことになる。本家本元の最後の作品となるB4 GTを走らせながら、渋谷の個人経営の名店が暖簾を下ろすのを見送るような気持ちになってしまったのである。

エンジンルームには、ボーフェンジーペン家のサインが入ったプレートが付く。中央のサインが創業者のブルカルト・ボーフェンジーペン。

飛ばさずとも溢れる魅力

529PSの3.0リッター直列6気筒ツインターボに四輪駆動を組み合わせたアルピナB4 GTの高速性能は素晴らしいものがある――と、格好いい場面から試乗記を書き始めたかったが、東京から箱根へと向かう東名高速を走るB4 GTは、トラックや軽自動車、不審な動きをするカーシェアのクルマに抜かれつつ、静々と走行車線を進んでいる。もっと飛ばさなくては高性能車の試乗にならない、と理性が訴えるものの、速度は一向に上がらない。

4つある走行モードは、スポーツプラス、スポーツ、コンフォート、コンフォートプラスの順番で快適志向となるが、最も甘口のコンフォートプラスのしなやかでマイルドな乗り心地は癖になる種類のものだ。あまりに心地よいため、スポーツ以上に入れて追越車線を飛ばそうという気にならない。

ALPの刻印が入るアルピナ専用のピレリPゼロ。このタイヤが無ければアルピナの乗り味は得られない。

B4 GTのタイヤが路面を捉えていく際の感触は、とても気持ちのよいものである。

サイドウォールに「ALP」の刻印が付く前後255/35 ZR20、285/30 ZR20のピレリPゼロは、アルピナの専用品。トレッドの中央部が特にしなやかになるよう調整された内部構造、専用のコンパウンド、専用のトレッドパターンと、他のPゼロとは別物のタイヤであり、その恩恵は運転していて体感できるほどだ。指定空気圧は3.4バールのはずだが、タイヤ踏面がやわらかく2.0前後にしか感じない。舗装の細かな不正をすべて吸収し、滑らかにしてしまう寛容な性格である。それでいて、サイドウォールの腰砕け感がない。鋭く突き上げをくらうような路面が荒れた箇所でも、フリクションを全く感じさせないダンパーと、しなやかなサイドウォールが一体となって何事もなかったように通過してしまう。

BMWとさほど変わらないはずなのに、どこか独特の色香が漂うインテリア。ステアリングはアルピナ専用のラヴァリナレザーで、滑らかな手触り。

シートはもちろん、ステアリングを通じて、このタイヤと足回りの見事な動きはドライバーに正確に伝わってくる。下道でも高速道路でも、クルマが走っている時はいつでも、この上質なフィーリングに触れていられるのがB4 GTの大きな魅力である。法定速度で直進しているだけでステアリングの感触が気持ちよく、それ故にスピードを出さなくても満足できてしまうのだ。飛ばさないと楽しくないクルマや、逆に安楽なだけで退屈なクルマは世に数多あれど、高い快適性の中に運転の歓びを見出だせるクルマはほとんどない。その稀有な存在がアルピナなのだ。

さらに言えば、比喩でも極端な物言いでもなく、渋滞でも気持ちよく走れるのがB4 GTである。

渋滞下のB4 GTで好ましいのが、重厚な質感を持つエンジンの唸りだ。重低音だけでなく、ターボのタービンの音なのだろうか、ヒーンという高周波が微かに加わるところがいい。子どもの頃の記憶なのでやや曖昧だが、バブル直前に、公務員だった祖父が退職金で新車購入したE30の320iもこのような高級な音を奏でていたように思う。発進の度に往年のBMWの直列6気筒のようなサウンドに包まれるため、渋滞でもいらいらしない。2000rpm前後で心地よく豊かな音が響くのである。このエンジンはS58の型式を持つ現行のM3/M4のユニットを母体とするが、絶対性能よりも低速域での官能性が強く印象に残った。

かつてCG誌(カーグラフィック)は空冷のポルシェ911を指して「60km/hで流しても官能的」という名言を残したが、空冷911を17年ほど所有する筆者としては、その説に半分だけ賛成したい。911は飛ばせば飛ばすほど刺激的なので、60km/hほどのスピードだと満足感が半分、いらいら感が半分の微妙なところなのだ。日本の都市部でポルシェやフェラーリを所有すると、走りの歓びと同時に強いストレスも感じるというのが筆者の実体験である。

「オロ・テクニコ」と名付けられた専用カラーのゴールドのデコライン。ひと目でアルピナとわかるスタイルを演出する。

B4 GTも飛ばして楽しいクルマには違いないが、ポルシェやフェラーリを低速で走らせている時のようなストレスは不思議と感じない。高性能スポーツカーのオーナーがアルピナに乗ったら、きっと新鮮な感動を覚えるはずだ。箱根の山坂道を駆け巡るわずかな時間だけでなく、都市部の渋滞を含むドライブの全行程で運転を楽しむことができ、気分よく時間を過ごせるからである。ポルシェやフェラーリの中古車の走行距離が伸びていない反面、アルピナの中古車では過走行車をよく見かけるのには相応の理由があるのだ。

アルピナB4 GTは、性能をほとんど使っていない状況でも、心に染み渡るような走りの充実感を味わえるクルマだ。この奥深いキャラクターは、3シリーズをベースとする兄弟車のB3 GTにも共通する魅力である。

クルマ好きが生んだ作品

試乗車は「イモラレッド」と呼ばれるオプションの赤。1980年代のフェラーリの赤、グラスリットの塗装コードで「FER 300/9」以前の暗い赤を思い出した。

箱根の山に分け入ったアルピナB4 GTは、低速域での官能性に留まらない、さらなる魅力を見せてくれた。絶対的な動力性能やステアバランスでなく、何よりもリニアリティに溢れるドライブフィールが素晴らしい。

ステアリングは、スポーツドライブに必要なインフォメーションを伝えつつ、余計な振動を完全に遮断しており、適度なダイレクト感と芸術的な滑らかさを両立させたものである。切り始めからリニアに操舵反力が立ち上がるため、前輪の接地感を探りやすく、コーナーの曲率を問わず自信を持ってターンインできる。その際の反応は、ダルでもなくシャープでもなく、自然そのものだ。911などと異なりフロントエンジンのため、前輪の荷重が常に安定しており、公道レベルの速度ではステアリング操作だけで自由自在に走行ラインを選べるのが美点である。

B4が「GT」に進化する際に、電子制御ダンパーのセッティングが見直され、減衰力の設定がよりワイドレンジになったという。コンフォートプラスは従来よりも柔らかく、またスポーツプラスはさらに引き締められたとのことだ。箱根では最も辛口のスポーツプラスを選んだが、適度なロールが許されているためクルマの挙動を掴みやすく、また乗り心地にも全く不満を覚えなかった。公道に照準を合わせた、実にアルピナらしいセッティングである。

パワートレーンも至極スムーズであり、とても上品である。どこか特定の回転でトルクや音がわざとらしく炸裂することはなく、直列6気筒に相応しい威厳を保ちながら、高回転まで伸びやかに吹け上がっていく。スロットル操作に対するレスポンスも期待以上の自然なフィーリングである。2500〜4500rpmで74.4kgmの強大なトルクを発揮するため、8段ATに任せて走っても十分以上にスポーティだが、回転上昇と共にオクターブを上げるエンジンの歌声を楽しむためにステアリング裏のパドルを使って自分でシフトしてもいい。定評あるZF製ATの変速は迅速かつスムーズである。

四輪駆動システムはリアの電子制御デフと組み合わされ、素人運転手が箱根を走る程度では破綻の兆しも見えない。

敢えて欠点を探すとすれば、1500rpm近辺でパワートレーンから振動を感じたことだが、以前乗った同じパワートレーンのB3 GTではなかった現象なので、試乗車に固有の問題と思われる。

爆発的な刺激を持つポルシェやフェラーリと異なり、シャシーもエンジンも、味付けはスポーツセダンに相応しい上品かつ洗練されたものである。ここで重要な点は、シャシーの性格とエンジンの性格が完全に一致していることで、このふたつが精密にシンクロしてアルピナらしい格調の高い走りが生み出されている。完成度の低いクルマはハンドリングやエンジンなど個別の印象が妙に際立つものだが、アルピナはクルマを構成するあらゆる要素が一分の隙もなくコーディネートされており、全体としての完成度の高さがひたすら印象に残った。不出来なコンソメスープは味にまとまりがなく、煮込んだ材料の内訳をひとつひとつ言い当てられるが、上等なコンソメでは不可能なのと一緒である。

本家アルピナの集大成として登場したB3/B4 GTは、約1年に及ぶ専用の開発がなされたという。従来の495PSから529PSにパワーアップされたエンジン、それに応じて見直された電子制御系のセッティング、フロントに付く空力パーツのカナードが主なところである。B3とB4ではモノコックや空力が異なるため、タイヤサイズのみならず、カナードの形状まで微妙に異なっている。B4 GTは上側のカナードに翼端板が設けられているのだ。

真紅のボディに組み合わされるゴールド「オロ・テクニコ」のホイール。中央には、キャブレターとクランクシャフトをあしらったアルピナのエンブレム。
B4 GTの上側のカナードには翼端板が付き、断面形状がL字型になる。B3 GTは翼端板なし。

ゴールドのGT専用ホイールなど、内外装の特別装備だけでも十分に最終作としての務めを果たせたはずだが、アルピナはB3 GTとB4 GTの作り分けに至るまで手を抜くことがなかった。アルピナ技術陣が苦労の末に達成した性能のすべてを日本の公道で体験することはできないが、彼らが作品に込めた魂は、クルマ好きなら誰もが感じ取ることができるだろう。ここにアルピナの真髄があり、アルピナに乗ることの本質的価値があるのだ。

アルピナは大資本の大企業の大組織が定常業務の中で作った製品ではなく、作り手ひとりひとりの顔が見える少人数チームが生み出した作品である。クルマが好きで好きでたまらない、我々と同じ種類の人たちが情熱を燃やして作り上げたことは、ユーザーの大半は気づかないであろう様々な拘りから窺い知ることができる。数ヶ月前に試乗して感銘を受けたB3 GTと同様に、B4 GTには、カーマニアの心をつかんで離さない特別な何かが宿っていた。

新車を買う最後のチャンス

ゴールドの補強ブレースが目を惹くエンジンルーム。このブレースはB4には従来から付けられていたが、B3はGTに進化してから。標準車の3シリーズのモノコック後部の補強に合わせて取り付けられた。

本家アルピナの生産は、年末の終焉に向けて日々カウントダウンが進んでいる。

輸入元のニコル・オートモビルズによれば、取材日の4月下旬時点で、3シリーズ系ではB3 GT、ディーゼルのD3 Sが注文可能とのこと。ワゴンにもまだ枠があるという。4シリーズ系では今回試乗したB4 GTに加えて、ディーゼルのD4 Sも注文可能。さらにSUVのXB7マヌファクトゥーアにも枠が残されているという。ニコルの努力によりB3/B4 GTの日本市場への割り当てが追加されたため、日本のファンにとっては幸運な状況だが、受注枠は日に日に減っていくため、興味のある方は速やかにディーラーに連絡することをお薦めしたい。

余談だが、B4 GTとノーマルの4シリーズのボディの差は、実はフロントのストラットタワーとラジエターコアサポートをつなぐ補強ブレースだけだという。他のアルピナもボディはBMWと基本的に共通だそうだ。したがって、パワートレーンを別にすれば、アルピナの乗り味の素晴らしさの大半は、専用のタイヤを含む足回りのセッティング領域で作られたものであり、これは走行距離や時間の経過に応じて劣化することは避けられない。よって、アルピナの本当の魅力に触れたければ、鮮度のよい新車を買うのがベストであろう。

落ち着いた色彩のブルーやグリーンなど、アルピナは素晴らしい色が多い。江戸時代の四十八茶百鼠の世界。この赤も深みがあっていい。

アルピナ・グリーンのB3 GTが欲しくてたまらないけれど、経済的に新車に手が届かない筆者にとって、これは残酷な結論である。しかし、世の中にこんなに贅沢で美しい世界があってもよいと思う。簡単に手に入らないからこそ憧れる価値があるのだ。アルピナとはそういうクルマだし、今後もそうあり続けてほしい。

4シリーズの特徴である、大きなキドニーグリル。正統派のB3 GTを選ぶか、スポーティかつエレガントなB4 GTを選ぶか悩ましいところ。

Text and photo:アウトビルト ジャパン