【第44回JAIA輸入車試乗会】アルファ・ロメオ・ジュリア 458の開発者が生み出した名作
2025年2月20日

アルファ久々のFRセダン、ジュリアの開発には素敵な物語があった。
2023年からアルピーヌのCEOを務めるフィリップ・クリーフは、かつてイタリアの職場で働いていた。英国CAR誌の2015年のインタビュー記事によれば、自動車のシャシーエンジニアだったクリーフは、イタリア時代の2013年4月29日に上役から一本の電話を受けたという。
「これから新しい職場で新しいクルマを作ってもらう。今までと全く違うやり方でだ。仲間を集めてそのプロジェクトについて考えてみろ。2年と2ヶ月の時間をやる」(CAR誌 2015年。編集部にて意訳)
クリーフは開発期間のあまりの短さに驚いたものの、自動車エンジニアが会社からこんなことを言われて嬉しくないはずがない。何しろ、自分がリーダーになり、信頼する仲間と一緒に新しいクルマを作って良いという話なのだから。一生に一度あるかないかの大勝負である。
クリーフは即座にこの話を承諾して新たな仕事に取り掛かるわけだが、彼がここまで会社から信頼されるのには相応の理由があった。イタリアの職場とはフェラーリであり、クリーフは名車458スペチアーレの開発に深く関わった精鋭のエンジニアだったのである。
そして、新しい職場とはアルファ・ロメオであった。
当時のフィアット・グループのCEO、セルジオ・マルキオンネはアルファ・ロメオを再興するためにブランドの原点に立ち返った新型車の開発を検討しており、その重責を任うエンジニアとしてフェラーリのエース級だったクリーフに白羽の矢が立ったのであった。
そう、2013年の電話をきっかけにクリーフが開発を始めた新型車こそ、ジュリアなのである。

Photo: Stellantis N.V.
フェラーリ458に通じる魅力
JAIA試乗会に現れたジュリア・クアドリフォリオは、2023年にフェイスリフトを受けた後期型だった。前期型との違いはS.Z.(ES30)をモチーフにしたと思しきヘッドライト、デジタルになったメーターパネルなどである。
これまでジュリアには二度乗っている。日本導入から間もない2018年に4気筒で200馬力のスーパーとV6のクアドリフォリオ、2022年に4気筒で280馬力のヴェローチェを試乗しており、その度に心が強く揺さぶられたものだった。
特に印象的だったのは最も非力なスーパーである。乾いた音を立てつつ高回転まで軽快に吹け上がるエンジン、気持ちの良いロールを伴ってひらりとコーナリングするアルファらしい足回り、内装のウッドパネルの北欧家具を思わせるシンプルな質感に好感を抱いた。
だがクアドリフォリオの圧倒的な動力性能と、エンジンを掛けた瞬間から全身の神経という神経がすべて覚醒するような刺激にも強く惹かれるものがあり、後期型クアドリフォリオに乗れることを本当に楽しみにしていた。
果たして、抜けるような青空の下で乗った後期型クアドリフォリオは、その限界を振り切るほど高まった期待に見事に応えてくれた。年次改良で細かな完成度は高まっているはずだが、走りの面ではジュリアは導入当初から完成の域にあり、そこに余計な手が加わっていないことに安堵した。昔のイタリア車で弱点とされたボディ剛性の低さ、変速機の古臭さ、ブレーキのタッチを含む右ハンドル化のレベルの低さは、ジュリアについては当初からまったく問題はない。ジョルジオと呼ばれる高剛性のFRプラットフォームの恩恵もあり、ジュリアは動的な質感が高いクルマなのだ。
グレードを問わずジュリアの卓抜したところは、運転している実感がリアルに伝わってくることである。
ドライバーの気持ちを高めるエンジンのサウンド、路面感覚を豊かに伝えてくれるステアリング、交差点を曲がるだけで嬉しくなる切れ味の鋭いハンドリング。飛ばしても飛ばさなくても、ジュリアは活き活きとしたフィーリングに溢れており、ありふれた一般道を流れに乗って走っているだけで楽しく、心まで軽くなってくる。1990年代後半までのヨーロッパの名車にあった素直で自然でダイレクトな運転感覚、思わずドライバーを笑顔にしてしまうあのフィーリングが、ジュリアには確かにあるのだ。
クリーフがジュリアの前に作った458スペチアーレ(高性能グレード)を運転したことはないが、ノーマルのフェラーリ458は海外のサーキットで飛ばしに飛ばした経験がある。まだマニュアルしかなかった時代のV8フェラーリの刺激と官能性はそのままに、動力性能とボディ剛性を現代の最高水準まで引き上げたクルマだった。ネオクラシックと現代車のそれぞれの美点だけを掛け合わせた、試乗後に震えがきたほどの名車である。
ジュリアも458も黄金期の名車の魅力を現代の技術で再現したクルマであり、表面的なドライブフィールに違いはあれど、根本のところではその素晴らしさは同じである。それも当然だろう。ジュリアは、フェラーリ458を知り尽くした男が作ったのだから。

戦後アルファの原点
クアドリフォリオの2.9リッターV6は、最高出力510馬力、最大トルク61.2kgmを誇る。法の許す範囲で、高速道路でアクセルをひと踏みすると、有無を言わさぬ猛烈な加速を見せてくれた。テノールで高回転まで歌い上げるフェラーリの自然吸気V8とは異なり、このV6ツインターボは、轟然たる低音を響かせながら、分厚いトルクの力でレブカウンターの針を一気に高回転まで蹴り上げていく。
この暴力的なキャラクターは四つ葉のクローバーのエンブレムに相応しい。
顕著なターボラグを感じさせず、アクセルの操作に即応して過剰なほどのトルクを繰り出してくるため、アクセルとクルマの動きが完全にシンクロしているような異次元の刺激を味わうことができる。さらに、ドライバーの官能にストレートパンチを喰らわせるような迫力あるサウンドがそこに加わるのだから堪らない。今回は法定速度内での試乗であり、この暴発寸前のV6のパワーを解き放ちたいという誘惑を抑えるのは本当に辛かった。
しかし、法定速度で走るクアドリフォリオが退屈なわけではない。前述したダイレクトな運転感覚に加え、V6ツインターボは常用域でも自然なレスポンスを返してくれるため、日本の狭いワインディングや田舎道を走っても不思議と満足感を味わえるのだ。乗り心地も快適である。乗用車的にやわらかいものではなく、クアドリフォリオを選ぶ人が好むような、適度に硬いが当たりの角が取れた乗り心地である。
クアドリフォリオはニュルブルクリンクの北コースを7分32秒でラップする実力の持ち主だが、ニュルでタイムを出すために常用域の快適性を犠牲にしていないところ、そして運転の楽しさを蔑ろにしていないところに作り手の見識を感じる。これは、458に限らず、フェラーリ全般にも共通する美点である。
アルファ・ロメオは、今のV8フェラーリに相当する戦前の6C、V12フェラーリに相当する戦前の8C、そしてF1の初代チャンピオンマシーンであるアルフェッタ158など、自動車史に名を残す高性能車を多数生み出してきた。第二次大戦後の激動の時代を生き抜くために、初めて一般向けの乗用車を作ったのは1950年のことである。1900と名付けられたそのモデルは、現在に無理やり例えれば、フェラーリが持てるノウハウを注ぎ込んで作ったような上質なスポーツセダンだった。
高級スポーツカー作りのノウハウを持つ者が開発に携わったからだろうか、ジュリアはかつての1900を思い起こさせる品格の高いスポーツセダンに仕上がっている。510馬力と規格外のパワーを持つクアドリフォリオであっても、質感の高さがまず印象に残り、軽薄なところがなく、手間とコストを惜しまず真摯に開発されたことが想像できるのである。
マルキオンネCEOの狙い通り、ジュリアは戦後アルファの原点に立ち返った記念碑的なモデルになったのだ。

チームの作品
2018年に初めて運転した時からずっと感じていたことだが、ジュリアはどこか普通のクルマと違う。簡単に言えば、大企業の製品という雰囲気がないのである。例えば、現行のBMW3シリーズは大企業の製品だと感じるが、アルピナにはそれを感じない。ジュリアやアルピナには、人間の手が介在しているような温かみがあるのだ。
2015年の英国CAR誌のクリーフとマルキオンネCEOへのインタビューは、そう感じさせる秘密の一端を明かしてくれる。クリーフによれば、件の2013年の電話の後、10人の仲間を自分で集めたのだという。メンバーのひとりはかつての部下であり、当時はオーストラリアの他の会社で働いていたそうだ。クリーフがチームへの参加を電話で打診すると、即座にイタリア行きをOKしたという。まだ見ぬ未来のアルファを作るため、クリーフを中心とする、固い絆で結ばれた少数精鋭のチームが出来上がったのだ。
「チームはいつも一緒にいました。我々には沢山のアイディアがあり、大企業では不可能な迅速な意思決定を行うことができました」(CAR誌 2015年。編集部にて意訳)
また、チームは通常のR&Dセンターとは異なる場所で働いていたのだという。マルキオンネはこう話す。「革新的なプロジェクトなので、既存のルールや組織に邪魔されることなく、物事を白紙の状態から始めなくてはいけません。エンジニアが萎縮せず、クリエイティブになれる環境を用意する必要があったのです」(CAR誌 2015年。編集部にて意訳)
まるで、水野和敏氏が率いていた頃のR35 GT-Rの開発チームのようである。才能と能力を持つリーダーを中心に、エース級のエンジニアたちが思う存分に腕を振るう。ジュリアはそのように開発されたクルマなのだ。社規や業務手順書に基づいて作る大企業の製品ではなく、もっと人間くさい、いわば「チームの作品」なのである。
開発者の顔が見える小さなチームで作った、純粋なエンジン車のスポーツセダン。こんなクルマはもう二度と出てこないだろう。10年後や20年後に今を振り返った時に、きっと我々はこう思うのだ。
「ジュリアが新車で買えたなんて、2025年はなんて素晴らしい時代だったのだろう」




Text: AUTO BILD JAPAN
Photo: 江渡裕美、河村東真、AUTO BILD JAPAN