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【第44回JAIA輸入車試乗会】BMWアルピナB3 GT「タイヤ空気圧は3.4です」「本当に?!」

2025年2月13日

フェラーリよりも特別な自動車メーカー、それがアルピナ。B3 GTはその集大成。

2024年のポルシェ911の出荷台数は5万941台。同年のフェラーリの出荷台数は、全モデルの合計で1万3,752台。ランボルギーニは1万687台。

では、アルピナは?

詳細なデータは開示されていないが、アルピナの生産台数は基本的に年間1,700台である。BMWの本拠地であるミュンヘンの西にブッフローエという小さな街があり、アルピナは1970年以来そこで手作りに近い体制でクルマを生産している。まるでスイスの機械式時計メーカーのようである。1,700台は生産能力の上限なのだろう。

アルピナを取り巻く時間は、今もゆっくり流れているのだ。

当世流行りのBEVで自動運転や車内エンターテインメントを楽しむことを否定はしないけれど、守旧派と言われようが懐古主義と嗤われようが、汗水を流して稼いだお金で買うクルマは、自動車が好きで好きでたまらない人たちが人生を懸けて生み出した作品でありたい。アルピナは、そんなクルマの最右翼である。

カナードと、専用カラーとなるゴールドのホイールがB3 GTの証。

最後の本家アルピナ

今回試乗したBMWアルピナB3 GTは、3シリーズをベースにしたアルピナであり、4シリーズがベースのB4 GTと並んで、ブッフローエで手作りされる最後のモデルとなる。両モデルとも2025年内に生産を終了し、それ以降は、アルピナの商標を獲得したBMWがアルピナの開発を行う予定である。本家本元に拘るマニアはB3/B4 GTの購入権の確保に奔走しており、既に門外漢が買える状況ではない。

それゆえ、本来はB3 GTの広報宣伝を行う必要はどこにもないわけだが、輸入元のふたりの担当者は、試乗前に職務上の義務を超えた熱心さでこのクルマの説明をしてくれた。

「見てください、これがモード切り替えスイッチです。スポーツもコンフォートも良いですが、私のおすすめはコンフォート・プラスです。ぜひ、これで乗って頂ければと思います。フランス車が好きな人でも、この乗り心地には絶対に満足してもらえる自信があります。いま、私の方でコンフォート・プラスに切り替えさせて頂きました」

「タイヤ空気圧は3.4バールです。きっと『この空気圧で、この乗り心地?』と驚きます。それを体験して欲しいんです」

お二方の熱烈な見送りを受けつつJAIA試乗会の会場を後にし、街中、田舎道、ワインディング、高速道路とひと通りのシチュエーションで試乗して、仰る内容が完全に正しいことがよく理解できた。同じ日に試乗したメルセデスVクラスが4tトラックのように身を震わせて走った道を、B3 GTはシルクの生地の上を滑るようにして走っていく。これで本当に空気圧3.4バールなのだろうか。

上等、上質、精緻、清麗、芳醇などなど、乏しい日本語力を駆使して褒め言葉を探してみても、B3 GTの乗り味を表現するには物足りない。ひとつ言えるのは、上下動や振動を廃しただけの表面的な快適性でなく、ドライバーに「このまま走り続けていたい」と思わせる、感性に訴えかける独特の心地よさがあることだ。

正統派スポーツセダンのサイドプロファイル。体育会系のBMW M4と異なり優雅の極み。

かつてのアルピナはダンパーの1本、1本を事前にテストして、個体ごとの減衰力特性を確認してから生産車輌に取り付けていたという。最新のB3 GTがそのような作り方をしているとは流石に思わないが、アルピナはB3 GTのために新たに開発を行い、従来のB3とは異なる専用のシャシーチューニングを施している。すなわち、フロントのストラットタワーと車体の前端部をつなぐ補強部材の追加、リアのスタビライザーの強化、ダンパーのセッティングの見直し、空力特性改善のためのカナードの追加などである。

時代は変わっても、アルピナのクルマ作りへの情熱は変わらない。ステッカーやバッジで外観だけを変えてお手軽な限定車を仕立てたとしても、きっと即座に完売しただろうが、アルピナはそのような道は選ばなかった。素晴らしい本を読むと、行間から作者の想いが滲み出てくるものだが、アルピナも同じである。込められた魂にドライバーが感化されるのだ。

それが凡百のラグジュアリーカーとアルピナの乗り味の決定的な差である。

ラヴァリナと呼ばれるアルピナ独特の最高級レザーの室内。特別契約した牧場の牛皮を使う。

昭和の外車の有り難み

本来はコンフォートやスポーツも試すべきだったが、コンフォート・プラスがあまりに気持ちよく、最後までそれで通してしまった。また法の許す範囲で、エンジンの性能の一端を垣間見る必要もあっただろう。従来のB3の495馬力に対して、B3 GTは529馬力と大幅に出力が向上しているからだ。

だが、上等なシャトー・ワインを一気飲みするような真似はしたくない。

この3.0リッター直列6気筒ツインターボは、アイドリング近辺から重厚な低音を奏で、回転の上昇と共に徐々にオクターブを上げていく。演出された排気音でなく、エンジンそのものが発する重みのあるサウンドだ。高速道路でパワーを解き放つような場面よりも、むしろ一般道を静かに走る時に存在感が際立つエンジンである。赤信号から発進して交通の流れに乗る、そんなありふれた状況でB3 GTは内燃機関の鼓動をドライバーに伝え、自動車を運転することの悦びを存分に味わわせてくれる。

個人的に、このエンジン音はとても懐かしいものだった。筆者が子どもの頃、小学校しか卒業していない叩き上げの祖父が退職金で買ったE30のBMW320iにそっくりである。まだ輸入車が「外車」と呼ばれていた当時、BMWは特別な存在であり、家にあるクルマとはいえ、迂闊に手を触れられない有り難みを感じたものだった。

エンジン左右のシャンパンゴールドの部材は、新たに追加されたフロントボディの補強用。

残念ながら、現代のBMW3シリーズにそのような有り難みはなく、仮に目をつぶって運転したらBMWとわからないくらいに薄味なクルマになってしまった。それに対してB3 GTは、室内のレザーの仕立ても含めて、かつての「外車」の残り香を感じさせる特別な何かが宿っている。一般道を制限速度で流すだけで心に沁み入るような充実感があり、モード切り替えでスポーツを選んだり、アクセルを踏みつけてスピードを出したりするような気持ちにはまったくならなかった。

本家アルピナがなくなってしまう2026年以降の自動車の世界は、一体どうなってしまうのだろうか。車内カラオケ付きの粗製乱造BEVや、ライドシェアで小遣い稼ぎに勤しむ自動運転車が跋扈する時代が訪れそうな気もするが、それだからこそ、アルピナのような自動車メーカーが存在したこと、B3 GTのような素晴らしい名車を作る人たちがいたことを忘れないようにしたい。

試乗前に、アルピナの魅力を懸命に語ってくれた輸入元の方々の気持ちが今はわかる。語り継いでいきたい物語がある、そんなふうに思うのである。

BMWの魅力を極限まで研ぎ澄まし、磨き上げたクルマがアルピナ。一度乗れば虜になる。

Text: Auto Bild JAPAN
Photo: ニコル・レーシング・ジャパン、Auto Bild JAPAN