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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その13

2024年8月28日

蕎麦の街を散歩したら、皇族御用達…柳行李の匠に出会った

 蕎麦を満喫して、外に出たらさらに人の流れが増えていた。駐車場に戻るだけとはいえ、人混みをかき分けて進むのはストレスがたまるので、ちょいと遠回りでも、裏道でのんびり帰ることにした。規則正しい町割りだから、超方向音痴の私でもなんとかなりそうだし、時代劇のワンシーンのような光景に出会えそうな雰囲気だったからである。

 しかし、この思いつきが、まったく予想していなかった出会い…この旅のハイライトに導いてくれたのだった。

 あっちブラブラ、こっちキョロキョロ、蕎麦で膨れた腹を抱えて歩いていたら、進む先の右手に巨大な赤い土蔵が現れた。裏のほうはかなり古風で一部土がはがれ、竹の支柱がむき出しになっていたりもするが、それが不思議な美しさを漂わせていて廃墟には見えない。そして、圧倒的な迫力に目を見張る。

 さらに進んでいくと、その威容はやはりただ者ではなかった。傷みは、長年風雨に晒されていたことをうかがわせるが、多くの部分は修復され建物が現役であることを教えてくれる。いったい何の蔵なんだろう…興味津々で近寄ると「楽々鶴」の三文字が目に入った。酒蔵だ。城下町に古い酒蔵…考えてみればなんの不思議もない組み合わせである。

巨大な土壁の蔵。道路に面した部分はきれいに仕上げられていたが、風雨にさらされ傷ついた面もあり、歴史を感じさせた

 と、その時、左手の空き地に止まる1台の軽トラックが目に入った。蔵の存在感に目を奪われ、周りが見えていなかったけれど、蔵の向かいに小さな店があったのだ。軽トラックはその脇に止まっていて、女性がひとり、荷台に積まれたアシのような植物を降ろしている。なんだろう。思わず声を掛けた。 

軽トラックからアシのような植物を降ろす女性の姿が…

 「コリヤナギなんですよ」。優しそうな微笑みで答える。初めて聞く名前だが、思い当たる節があって問い直した。「ひょっとして柳行李を作るヤナギですか?」
 「そうです。ウチはコリヤナギの栽培から行李の製造までやってるんです」と言って、その小さな店に顔を向けたのだった。店の外壁にはクルマから降ろした枝を、乾燥のためか大量に立てかけてあった。近年、私達の生活から姿を消しつつある柳行李だが、かつてはいろいろなものを収納する和風バスケットとして、暮らしに深く根差していて、現在でも、歌舞伎界や相撲部屋では使われている。「ちょっとお店を見せてもらえますか」と確認すると、また優しく微笑んだ。

アシではない…笹のようにも見える(左)その脇で壁に立てかけ、干しているようだった(右)

 店の表には「たくみ工芸」と「豊岡杞柳細工」の銘が掲げられていた。中には、所狭しと作品が並んでいて、奥の小上がりが工房の作業場になっている。お世辞にも広いとは言えない店内だが、客席から舞台を眺めるような雰囲気があって窮屈さは感じない。むしろ、粋なアトリエの香りさえ漂っていた。店主や夫人の穏やかな語り口は、老舗の誇りと自信にあふれていて心地よかった。

こぢんまりとした建物は工房のようで…

 柳行李の専門店と思っていたが、クラシックな大正バスケットや旅行用鞄、インテリア小物までさまざまな工芸品が並んでいて目移りする。釣りのビクやワインバスケットなど、小粋な品もさりげなく展示され、時代や世情に合わせた商品開発が重ねられてきたことをうかがわせた。店主を取材したさまざまな雑誌や写真集も並んでいて、多くのメディアで取り上げられたことを伝えている。

まさかここが皇室も愛用の老舗だとは

 豊岡杞柳細工として、この産業が発達した背景には、原料のコリヤナギが円山川の荒れ地に自生していたことがあったらしい。その後、地場産業として発達していったが、江戸時代になり領主が栽培と技術の振興を進めたことによって、全国にその名を知られることとなった。現在ではコリヤナギの栽培から加工、商品製作、販売まで一貫して行なうのは、このたくみ工芸だけになってしまったというが、私が外で見かけたのは、まさにその工程のひとつだったのである。さすがに何十万円というトランクや鞄には手が出なかったけれど、洗練されたデザインの一輪挿しに心を奪われ、購入することにした。

バスケットや行李がただならぬオーラを発していた

 たくみ工芸の作品は、皇族にも愛されてきたという。店内の古い写真には、同店のお弁当バスケットを手にした徳仁親王(今上天皇)が映っていた。「ナルちゃんバスケット」と呼ばれ、お気に入りだったと伝えられている。

現代にもマッチするさまざまな作品が並んでいて、目を楽しませてくれる

 さまざまな商品に圧倒されていると、年季の入った取手付きに籠が目に入った。よろい編みという技法で作られる大正バスケットで、現在でもオーダーを受けているという。芸術的な編み目の美しさと、それを叶える超絶技巧に想いを馳せたが、この大正バスケットとの出会いが、今回の旅を締めくくる神戸の夜で、さらに驚きと喜びをもたらしてくれるとは、この時、思いもしなかった。まさに旅はサプライズの連続だ。

店の奥には作業スペースが。美しい

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。