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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その12

2024年8月8日

蕎麦を目当てに訪ねた城下町出石。
柳行李の匠との思いがけない出会い

 翌日は、神戸に向かう流れだった。とはいえ、やはり夕方に着けばいいので、行程は気分次第。神戸でお世話になる義姉宅へ何か手土産を用意したかったが、せっかく城崎に来たのだから、新鮮な魚介を手に入れようと目論んだ。前夜の夕食時に、シェフにそれとなく尋ねると、彼の店の仕入先を薦めてくれた。「あそこなら間違いないですよ」と、またまた照れくさそうな笑顔で店名を口にする。それなら安心…彼のお墨付きとは心強い。以前、北海道の小樽でカニを買ったら、店頭に並んでいたのとは比べ物にならない品が届いて憤慨したことがあり、観光客ねらいの詐欺まがいはなんとか避けたいと思っていたのだ。

おけしょう鮮魚。前夜のレストランのシェフが薦めてくれた

 そこは、温泉街から城崎温泉駅に向かう道沿いにあった。周りには定食屋や派手な店構えの蟹料理店が何軒か並び、観光客をいざなっている。教えられた先はちょっと大き目だが、ごく普通の鮮魚店。様々な魚介が入った発泡スチロールの箱がずらりと並んでいて、少し前までは、どこの街にもあった、あの素朴な雰囲気を漂わせている。中にはエアレーションと共に生きたまま収められているのもあって、心が躍った。さっと眺めると値段は良心的で、彼が薦めたのもよく分かる。

 岩ガキ、サザエ、ズワイガニ、干物 etc…その晩集まるはずの6人に充分過ぎる量と種類を頼んで1万円に届かなかったのには驚いた。この先、神戸に持参することを伝えると、保冷ケースで丁寧に梱包してくれ、城崎温泉のエピローグは文句なしの大団円となったのである。

店内には新鮮な魚介が並び、目移りする。値段も良心的だった。さざえや大ぶりな岩牡蠣を含め、6人分の魚介をたっぷり買って1万円でおつりが来たのには驚いた

 城崎温泉から神戸に向かうには、北近畿豊岡自動車道経由で日本海から瀬戸内海方面へ、本州をほぼ縦断するルートになる。直行すればおよそ3時間だろうか。すると、豊岡市の出石町で蕎麦を食べていこう…と、連れのリクエスト。以前、親戚と訪ねたことがあるらしい。繰り返しになるが、私は麺料理なら1週間に8日食べてもいいほどの麺好きなので大歓迎…特に蕎麦は好物だが、せいぜい信州までで関西方面の蕎麦はそれほど経験がない。まして長浜の一軒で、旅の目利きは任せたほうがいいと心得たから、これには二つ返事でOKした。

 出石へは、円山川沿いに伸びる円山川リバーサイドラインで向かうことになった。これは兵庫県道3号線や国道312号線など同川沿いを走る道路の総称で、カーブやアップダウンも少なく、川に沿った美しい風景を愛でながらドライブを楽しむことができる。約20㎞、1時間弱で到着した。

 そこは、きれいに道路が交差する典型的な城下町だった。昨今の観光人気に呼応してか、観光客向けの店も多いが、全体としては素朴ですっきりとした街並みである。お目当ての蕎麦店に向かうと、かなり離れたところからでも目に入るほどの人だかり…。人気店はネットで検索され、大混雑らしい。2、3軒回ったけれど、名の知れたところはどこも店の前はごった返しで同じようなものだった。そうでないところは呼び込みが煩わしいし、困ったものである。順番待ちで無駄な時間は費やしたくないし、これだけの軒数があるのだからほかにも美味しいところはあるはず…と、ちょっと意地になって歩き回ってみたら、呼び込みもおらず、それとなく老舗感のある一軒にたどり着いた。

 出石で人気の観光スポット、辰鼓楼のすぐ脇だし、結構な大店だし…と、一瞬不安が過ったが(笑)、中から目が合った店員の笑顔が自然で、軽く会釈された頃には店に入っていた。この店は、平成22年10月に秋篠宮殿下・紀子妃殿のご来臨を賜ったようで、その光景を伝える写真が掲げられていたけれど、他の設えは仰々しくなく、好感が持てた。

 さて、ここで出石蕎麦の背景にちょっと触れておこう。江戸時代中期の宝永3年(1706年)に出石藩主松平氏と信州上田藩の仙石政明がお国替えとなり、仙石氏が信州から伴ってきた蕎麦職人の技術が導入され、生まれたのだという。

 特徴のひとつが出石焼の小皿に盛られることで、屋台で便利だったことから、幕末の頃にこのスタイルが広まったと伝えられている。現在では、5枚一組を一人前とし、徳利に入ったつゆと、ねぎ、わさび、卵、とろろ、大根おろしなどの薬味と共に供される。40軒ほどの蕎麦屋が腕を競っており、全国に名を知られるようになった。

 私もそのベーシックな出石蕎麦を頼んでみた。5枚食べたあとは、1枚単位で追加できる。出石では箸を立てた高さまで皿を積むことができれば一人前の男として認められるらしいが、それはちょっと難しそう(笑)。

(左)にしんを肴に蕎麦を待つひと時…嗚呼、甘露甘露(右)大根おろしでいただくぶっかけのような蕎麦も見目麗しい

 とりあえず、鰊の甘露煮をつまみながら蕎麦が出るのを待つ。前夜、イタリアンを楽しんだ舌が、今度は甘辛い魚料理を喜んだ。店の女性スタッフは、きびきびと身のこなしが軽く、蕎麦の説明も手慣れていて分かりやすい。街のおばちゃんの雰囲気そのままの応対が温かで、どの客も穏やかな表情で蕎麦を手繰っていた。

 私は、どちらかといえば、細くて白くて喉越しのいい更科系が好みだが、やってきた蕎麦の見た目はやや違うタイプ…。しかし、手繰ってみたら、のどから鼻に抜ける蕎麦の香りに箸が止まらなくなる。つゆは思ったよりもしっかりしていて、コクが深い。蕎麦の太さ、風味とバランスもよく、いつのまにか小皿を1枚ずつ平らげていく楽しさ、心地よさに身を委ねていた。岩手のわんこそばも同じような楽しみなのだろうけど訪ねたことがないので、蕎麦を皿のリズムで楽しむ経験はここが初めてだった。あっという間に5枚を平らげて、追加で3枚。もう少し食べられそうだったが、満腹になって、この先のドライブで眠気が襲ってきても困るので、断念(笑)。全国の蕎麦好きが支持するのも、遠路を訪ねてくるのも、素直に納得である。思いつきの提案に乗ってみたら、出石蕎麦の至福に酔うことができたが、東京を発つ時、こんなひと時が待っているなんで想像もしなかった。だから、クルマ旅は楽しい。

出石で人気の観光スポット、辰鼓楼のすぐ脇にその蕎麦屋はあった

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。