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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その11

2024年7月18日

奇跡の出会い…温泉街のワイン酒場
そこは、銀座のソムリエが開いたイタリアンの魔窟

 城崎といえばカニ料理…冬になれば、至高のズワイガニを求めて全国から食通が押しかける。この時は季節を過ぎていたのでカニを諦めてはいたものの、やはり城崎の海の幸は楽しみだった。歴史ある温泉街だから、老舗の美味しい店もたくさんあるのではないかと期待していたのである。しかし、前回触れたように、まさかのピンチ!酒を楽しめる夕餉の店が多くないなんて思いもしなかった。

日が暮れると、宿の灯りが川面を彩る

 半ばあきらめ気分…番頭が気を遣って渡してくれたクーポンで、湯上りのビールを楽しんでいた時、日暮れ前に見かけた一軒の店を思い出したのだった。小体なレストラン…いや、カウンターバーのような設えは、シンプルだったけれど、美味い料理を出す店に共通する何ともいえない雰囲気があった。とはいえ、もう日は沈んで、気の早い呑兵衛なら盃を傾けている時間である。席が取れるとは思わなかったが、宝くじだって買わなければ当たることもない。ダメ元で電話を掛けてみたのが幸運を呼んでくれた。店の雰囲気そのままで饒舌ではない店主に事情を話すと、まさかの最後の2席が転がり込んできたのだった。

(左)たくさんの若いカップルが浴衣で外湯巡り…(右)昭和な雰囲気の射的場が大賑わい

 席数が少ないせいだろうか…「ほかのお客様も7時半くらいにお越しになりますので、その頃でお願いします」と言う。一斉開始のコースオンリー?それともいろいろな縛りがある店?注文の多い料理店?(笑)…頭の中を疑問が渦巻いたけれど、あの空間で夕食がとれるのだから文句はない。とにかく一度離れていった運を戻してくれた縁に感謝である。訪ねたこともないのに、至福の夕餉が約束されたような気がした。

 指示された時刻に出かけてみると、あのカウンターに4人の女性が座ってすでに盛り上がっていた。漏れてくる話から大阪のグループらしい。ボーダー柄のTシャツにニットキャップというカジュアルな姿のシェフは、ちょっとはにかんだような表情で迎えてくれる。経験上、こういう笑顔の店は外れだったことがない。接客も料理も身のこなしが実にきびきびとしていてとても心地いい。地元の食材とお酒の組み合わせをコンセプトにしているとのことで、まさに捜していた一軒…出会った幸運に心が躍る。どうやら、一斉スタートでもコース料理のみでもないようす。先客はシェフのお任せにしたようで、料理が現れるたびに嬌声を上げている。

 メニューは大学ノートにボールペンでびっしりと書き込まれていた。ページごとに日付けが入っていて、毎日変わるらしい。その筆跡にシェフの想いと情熱が溢れていて、眺めているだけで嬉しくなってしまう。うん、やっぱりここはいい店だ。

こういうのに弱いんです(笑)

 「春の山菜のフリット 山椒味噌添え」というのが気になった。イタリアンに山椒味噌?という声も聞こえそうだけれど、近年ヨーロッパでは日本の抹茶、柑橘や香辛料が取り入れられているというから、シェフの目論見に身を委ねてみたくなる。
 お通しは、たっぷりとチーズを振りかけた生のマッシュルームだった。粋なスタートに期待が膨らむ。

お通しはマッシュルームにオリーブオイル、パルミジャーノ

 やがて運ばれてきた皿には、3,4種類の山菜が薄い衣に包まれて、品よく盛られていた。フキノトウを口に運ぶと、さくりと軽快な歯応えの後に、あの苦味と鮮烈な青い香りがやってくる。外湯巡りで疲れた身体が一気に覚醒して、食欲が湧いてきた。

山菜のフリット。山椒味噌との相性は抜群だった

 さて、次は山椒味噌をちょいと纏わせて…。香りと香りが喧嘩するかと思ったのだがあにはからんや、余韻に深みが増して後を曳く旨さになる。まいりました。これはもはや、何料理などとカテゴライズする話ではない。旨い………それだけでいいんだ。シェフが勧めてくれた丹波のスパークリングワインは揚げ物との相性もよく、この先が楽しみになる。

シェフが薦めてくれたワインたち。お見事!

 次は、「ホタルイカのアヒージョ」。風呂上りのビアレストランで但馬牛を楽しんだので、ここでは魚介を選ぶことにした。オイルに溶けだしたホタルイカのコクが口いっぱいに広がって、バゲットを追加したのは言うまでもない…悶絶。これまたワインを呼ぶわけで、まんまとシェフの術中にハマってしまったのである。

日本海といえばホタルイカ…旨いのなんのって

 この日のお薦めを尋ねると、牡蠣がいいと言う。メニューを開いたら、「久美浜産真牡蠣の蒸し焼き ジンライム風味」とあった。15㎞ほど離れた久美浜湾の産といえば、まさに地元の味。でもジンライム風味というのは未体験だ。開高健翁の真似をするわけではないが、ラフロイグくらいなら背伸びして垂らすことはある。しかし、シェフは「牡蠣とよく合うんですよ」と、顔を崩した。そりゃ、抗えない…この笑顔に抗えるはずがございません。

 思い返せば、あの晩のハイライトはこの蒸し焼きだった。熱々の牡蠣から立ちのぼるジンとライムの香り…口に入れれば牡蠣の濃厚な旨みとライムの爽やかな酸味が喉の奥まで広がっていく。シェフの言葉に偽りはなかった、生牡蠣にレモンやライムを合わせたことはあったけれど、蒸し焼きにジンライムがこれほど合うとは思いもしなかった。驚きというほかない…彼のセンスにひれ伏すのみである。

蒸し牡蠣にジンとライム。珠玉のひと品

 1週間に8日、麺を食べていたいほどの麺っ食いなので、パスタが気になる。で、「あさりと木の芽、タケノコのペペロンチーノ」を頼んでみた。またまた山椒だけど、この組み合わせは確信犯だろうから、どうしても味わいたかった。想像していたのは、あさりとタケノコの上にアクセントとして振りかけられた山椒の姿…。しかし、やってきたのは、皿を緑色に染めてしまうような大量の山椒だった。これはもはや脇役や香りづけのハーブ、スパイスといったレベルではない。パスタを支配する堂々たる存在で、その大胆さに目を見張った。

青々とした山椒をたっぷりと。鮮烈な料理でした

 それは2時間ほどの至福だった。料理のどれもがワインとの相性を巧みに計算されたものだったけれど、何よりも食材に真摯に向き合うシェフの心意気が溢れていた。いったいいつからここで、こんな空間を供してきたんだろう…そんな素朴な想いをぶつけてみると、その前歴に合点がいった。
 「銀座でソムリエをやっていたんです。でも、いい食材を捜して近々、別の場所に移ろうと思っているんです」、そう言って、またあの照れくさそうな微笑みを見せた。さすが老舗の温泉街。こんな隠し玉、いや珠玉の空間を潜ませていたなんて…。

仕上げに一杯呑みたくなってブラブラしたら、こんな一軒に遭遇
城崎温泉の夜は、英国な空間で仕上げました
炭火日本料理の「さんぽう西村屋本店」。次回は早めに予約して…(笑)

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。