【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その10
2024年6月21日
城崎温泉外湯巡りの至福。
でも、温泉街の外食事情に夕食がピンチ!
城崎温泉に着いたのは夕方だった。とはいえ、日暮れはまだ先で、街は明るかった。この温泉街は、中心を流れる大溪川に沿って伸びていて、主要な旅館はその両岸に連なっている。木造の三階建が多く、それが独特の風情を醸し出していた。この日の宿は、川の上流エリアにある「つたや」。予約が直前だったため、いくつかの宿で断られ、ようやく部屋を確保できたのだが、そこが偶然にも江戸時代末期、禁門の変で敗走した、長州藩の一員である桂小五郎(木戸孝允)が身を隠した宿だったのである。やはりここも木造の三階建て…昔の建物なので、エスカレーターはなく、高齢者には不適な宿かもしれないが、古風な部屋の窓から眼下の通りを眺めながら桂が活躍した時代に想いを馳せるのはなかなかロマンチックだ。館内には、彼に由来するさまざまな収蔵品や資料が展示されており、歴史好きにはたまらないだろう。
さて、城崎温泉の魅力のひとつに外湯巡りがある。個性豊かな七湯…鴻の湯(こうのゆ)、まんだら湯、御所の湯、一の湯、柳湯、地蔵湯、さとの湯が、徒歩で僅か15分ほどの範囲に散在しているのである。多くの宿では、これら外湯のフリーパス券を渡しているので、宿泊者は自由に湯浴みを楽しむことができる。七湯それぞれ魅力的な温泉で、アイランドホッピングのように巡っていくのが城崎の魅力だが、浴衣姿のままで川沿いに連なる古風な宿々を眺める散歩がこれまた楽しい。カフェやビアホール、軽食店もあるので、立ち寄りながら回るのも一興だ。温泉好きを自認する私だが、外湯巡りというとなんとなく面倒くさくて、これまでは回ってもせいぜい1、2ヵ所だった。しかし、ここではなんだか胸が躍って、気がつけば5湯を訪ねていた。おそるべし城崎温泉。
締めくくりは御所の湯で、外に出た時には18時近くになっていた。さすがに疲れを感じて、ここで外湯めぐりを終えることにしたのだが、実はこの日、私たちは大きな問題を抱えていたのである。夕食の目途が立っていなかったのだ。前記のとおり、間際になって予約を入れたものだから、食事付きプランが残っておらず、この日は素泊まりとなった。私たちの旅ではそんなことは珍しくなく、いつものようにブラブラしながら行き当たりばったりで目についた店の暖簾を潜ればいいのだけれど、それに黄色信号が灯っていたのだった。
さかのぼること2時間ほど前、外湯巡りに出かけようと宿の玄関に降りると番頭さんが現れたので、「湯巡りの後、夕食をとりたいのですが、お勧めってありますか」と声をかけてみた。すると、「城崎温泉は食事付きでお泊りのお客様が多いので、外食のお店はあまり多くないんですよ」と、少し困ったような顔になる。川沿いを走ってきたとき、軽食を出すような店は目に入ったけれど、せっかく城崎に来たのだから日本海の幸など地元の滋味を楽しみたいと思っていた。しかし、老舗宿の番頭さんが漏らしたひと言にそんな想いが揺らぎ始めたのである。
これは困った…まさか夕食難民になるとは…。
私の狼狽を見て気の毒に思ったのか、「ビール専門店の割引券なんですが、よかったらお使いください」とハガキほどの紙を差し出した。
で、外湯巡りの道すがら、目に入るそれらしい飲食店に尋ねてみたが、予約で満席。やはり数が少ないから競争率が高いようだ。仕方がないので御所の湯を出た後は、件のビール専門店のドアを開き、まずは、喉を潤して作戦を考えようという算段になった。
広々と解放的な店内はレストランというより、西海岸のカフェといった風情。和風な城崎温泉のイメージではないが、賑わっているのだから美味いのだろう。さっそくクラフトビールを頼み、フードメニューに目を移す。やはり、並んでいるのは、ピッツァなどビールと相性のよさそうな軽めの品ばかりだ。その中で目にとまったのが兵庫産である但馬牛のたたきで、これもビールにも合いそうだ。近江八幡からのロングドライブ、そして5軒の外湯巡り…疲れた身体にクラフトビールが染みわたる。いやぁ旨いのなんのって……但馬牛もほどよく冷やされた皿で供され、なかなかのもの。料理は期待薄だったので、そのギャップもあって舌が大喜びするが、これだけで城崎温泉の夜を終えたくはない。まぁ、どうにもならなかったら、コンビニで何か買って宿の部屋で乾杯!(笑)。外湯めぐりがことのほか楽しかったのだから、そんな夕餉も受け入れられそうな気がする。
その時、ふと思い出した。2湯目の鴻の湯に向かう時、妙に気になる店構えがあったのである。ガラス張りで中が覗けたのだが、カウンターバーのような設えで、せいぜい8、9席。あとは4人掛けの小さなテーブルがひとつというコンパクトな店だったが、カフェかスナックに居抜きで入ったような雰囲気だった。表には「TERME」と表札のようなシンプルな看板。イタリア語で温泉という意味らしいが、ランチ営業を終えた後で店内に人影はない。いったい何の店なのか気になりながらも、外湯巡りに気が急いて、そのまま後にしたのだった。で、ビールを飲みながら店名をネットで調べてみたら、“ワイン酒場”となっていて地元の食材をイタリア料理をメインとして楽しませてくれるらしい。虚飾を配した店の作りといい、地元食材&イタリアンというコンセプトといい、興味が湧いてきた。
とはいえ、もう19時近く…席数も少ないから、おそらくダメだろう。期待薄だったが、藁にもすがるような思いで電話をかけた。しかし、返ってきたのは、「2名様ですか。ちょうど空いてますよ。ほかのお客様も7時半くらいにお越しになりますので、そのあたりでいかがでしょう」という嬉しい返事。首の皮1枚つながった…コンビニ飯を回避できたのである。
Text&Photo:三浦 修
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。