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運転が好きになる小型車「スズキ スイフト」

2024年5月24日

2023年12月に発表された新型の「スズキ スイフト」はドイツのアウトビルトでも評価が高い(https://autobild.jp/35547/)。そんな新型「スズキ スイフト MZ」に、小型車を愛する大林晃平が1000㎞ほど試乗した。

「やっぱり紙のカタログってとっても大切だと思うんですよ。スズキ自動車ではやめるっていう予定はありません。自動車という商品を買っていただくためには、エモーショナルな紙カタログって絶対に必要だと思っています」

新橋の一角にあるスズキ自動車株式会社広報部に、今回お貸しいただいたスイフトをピックアップしにいった際、東京広報課の井門さんは嬉しそうにそう言った。実際に昨今、自動車の紙のカタログは廃止方向にあり、トヨタ自動車でさえも今年いっぱいで辞めると聞く。数年前にとある輸入車ディーラーで名刺大のQRコードを渡されながら「うちはカタログ廃止しましたので、これで」と言われたときには軽いショックさえ受けたものだ。

前後のオーナーハングが短いことがよくわかるサイドビュー。

子どもの頃からカタログを飽きずに眺め、今でも寝酒代わりにカタログを見るような人間にとって、やはりカタログがなくなるという事実は後頭部を軽く殴られるくらいの衝撃である。いや、僕だけのハナシではなく、カタログが自動車を買わせた、あるいは最後の後押しをしたという思い出は皆さまにもあるだろうし、スマホもタブレットも苦手な方は自動車の購入をそろそろ諦めなさい、ということではないだろうけれど……

と、ちょっとダラダラ長く語ってしまったが、立派な「紙媒体」の中綴じの本カタログとオプションカタログ、そして「いちいち諸元表を指で拡大するのは大変でしょう」と、これまた井門さんがプリントアウトしてくださったプレスリリースが入ったスズキの封筒を受け取りながら、今回の試乗車である、きれいなブルーとブラックのツートンカラーに塗られたスイフト最上位グレードのMZに乗り込む時点で、単純で申し訳ないがこちらの期待値がはかなり上がったことは事実である。

スイフトはボディの剛性感が高く、乗り味もしっかりとしていて薄っぺらな感じはどこにもない。

そんなスイフトに乗り込んでまずおっと感じたことは、立派な大きさとしっかりした作りのシート、完備されたセーフティデバイスの数々、そして昨今珍しくちゃんとセンターコンソールに組み込まれたCD・DVDのスロットである。世の中すべての人が、音楽をUSBメモリーやスマートフォンに入れ替えて聴くことができるわけではないし、この配慮は還暦前のプチジジイには本当にありがたい。

スイフトのインテリアはチープなところが一切ない。

さらにその上のエアコンコントローラーもタッチパネルではなく物理的なスイッチだし、メーターパネルにも液晶ディスプレーではなく、水温計も燃料計にもちゃんとしたプラスチックの針が並ぶ。針の形がもうちょっと繊細だったらBMWあたりに移植してあげたいような設えだが、自動車にとって物理的でブラインドタッチができるスイッチ類や、反時計回りではないメーターがどれだけ大切か、今さら言うまでもないだろう。

時代遅れかもしれないし、保守的な考えかもしれないが安全やユニバーサルなデザインという観点から考えた場合、僕はこちらの方向性を100パーセント支持する。そしてそれは最初のカタログの一件ともつながるのではないだろうか。

大柄なフロントシートを見ると、スイフトがグローバルカーであることがよくわかる。

さて今度のスイフトの誉め言葉に、よく「普通にイイ車である」という表記が用いられることが多い。まあ一度乗ってみればその言葉の意図するところは良く分かるのだが、果たして普通とはなんだろうかと思いながら新橋の路上を走り始めた瞬間、その言葉の意図することが分かった。

パリッと糊のきいたようなしっかりした剛性感を感じながらも、どこかふわっと優しく軽いこの乗り心地、そしてどこにもいい加減さや緩さの感じられないしっかり感。このクラスの他社のライバルに多く見受けられる、どことなく薄く頼りなく、ペラペラな感じがこの車にはない。そんな他社のベーシックカーに乗るたびに、こんな車に乗せられていては運転が嫌いになっちゃうよなぁ、というあの感じがスイフトにはない。井門さんの「開発した担当者は運転大好きな人なんですよ」という言葉を思い出した。

軽量化の影響によりリアシートの乗り心地が犠牲になっているように感じた。

1.2リッターマイルドハイブリッドに今回はCVTが組み合わされた、二輪駆動モデルだったが、CVTにありがちなエンジン回転だけが先行して上がってしまうような不自然なしつけもなく、極めて自然体にドライバーの意図する加減速をしていくことが実に心地よい。新開発3気筒Z12Eマイルドハイブリッドは、発進時にアシストを感じないほどマイルドな効きではあるが、そこは950㎏という車重の軽さが作用し、アシストなどなくとも十分に街中で力強く軽快に走ることができる。それにしてもマツダ ロードスターでさえ990㎏を維持できず1トンを超えたことが話題になっているというのに、こちらはドアが2枚多く、屋根もついているというのにどうしてこれほど軽く作れているのか、一度開発者に聞いてみたいほどではある。

最初はやや固く感じられた乗り心地も速度を上げるとスムーズになり、120㎞/hとなった高速道においてもフラットで安定している。この感じはどこかにあったなぁ、と記憶の糸を手繰ってみると、どことなくゴルフⅡに似ていると感じたのは、ちょっとほめすぎだろうか。

ボンネットの切り欠きが新型スイフトの特徴だ。

あまりにそんな第一印象がよかったため、結局今回は高速道路も山坂道も必要以上に走りまくってしまい、ざっと1000㎞ほどをスイフトと過ごすことになった。その間には5人の大柄な男性を乗せ、荷物満載で結構な距離を走るという過酷な状況もあったのだが、結論から言えば感心し、タイシタものだという言葉が浮かぶばかりで、不満が感じられることはなかった。容赦ない走り方でも総平均で21.8km/lとなった燃費も含め、日本の路上において「普通の」スイフトで足りない場面はほぼないと思う。

もちろん世の中に完璧な自動車など存在しないから、詳細に重箱の隅をつつけばいくつか気になる部分も存在する。例えば、リアシートの形状は実にそっけなく、座り心地もいたって普通である。レッグルームもヘッドクリアランスも十分以上だし、リアのサイドウインドーも下がりきるというのにちょっとこれはもったいない。また、リアシートの上部にはランプもないため夜は真っ暗だったり、正直言うと低速時の乗り心地は特にリアシートでやや荒くもうちょっと乗員に優しいシートであったならば、とは思った。この部分ではライバルのフィットのほうがはるかに上質で広いし、スペーユーティリティーもスイフトをしのいでいる。だがそれは2台を比較すればの話であって、そもそもスイフトとフィットでは狙っているベクトルはやや違う方向だと思うし、あと少しの改善と配慮でスイフトのリヤスペースはより快適なものに改善できるとも思う。スペース自体は広いのだから。

現在、世の中ではスイフトスポーツのスクープ話ばかりが盛り上がっており、遠くない未来に発表されそうな雲行きではある。もちろんスイスポの存在も気にはなるし、乗ってみたい気持ちも期待も高まることは事実ではあるが、それはなによりこの基本となるモデルが、しっかりとしているからこそ、であることは言うまでもない。個人的にはベーシックな小型車が大好きだから、スポーツではない、普通のモデルのスイフトをあえて毎日の友に選ぶこともおすすめしたいし、その場合中間グレードMXに存在するマニュアルトランスミッションなども、なかなか通なチョイスなのではないだろうか。

なんていうことのない小さな実用車なのに乗って楽しく、どこまでも頑張ってくれるこの感じは、前述のようにちょっと昔のヨーロッパ車のようでもあった。それはやや褒めすぎかもしれないがゴルフⅡのようでもあったし、プジョー205のGTIではなくXSとか、フィアット プントセレクタあたりのあの感じでもあり、そういう昔のヨーロッパには掃いて捨てるほどあったあのベーシックで「普通にイイ感じ」の小型車がスイフトである。そしてそういうのを知っている方にもぜひお薦めしたいし、生活自動車として、長年付き合うことのできる普通の足を探している方にもぜひおすすめしたい。自動車の運転とは楽しいものであるということを、多くの人に感じていただきたいからこの車を心から推薦する次第である。

シルエットは先代のスイフトに共通している。

最後に値段の話になるが、今回のスイフトの価格が上がったこと、特に上級モデルでMZで200万円を超えたことを大きく指摘する記事を見たことがある。確かに今回の試乗車は最上級の二輪駆動のMZだったため、全方モニター付メモリーナビゲーションシステムやツートンカラーなどオプションも含めると総額で240万円にはなってしまうが、各種安全サポートデバイスは満載だしその熟成度もなかなかのものである。また中間グレードのXGでも装備は十分以上だし、こちらは200万円を切った価格設定となっており、自動車の魅力を考慮すれば十分に納得の行くものではないだろうか。

むしろ、無理に価格を下げるために基本性能を妥協したり、なにもかもオプション設定にして価格にどんどん上乗せするような売り方よりもはるかに良心的だ。総じてスイフトの価格は妥当なものだと思う。

直接操作できるスイッチ類、CDスロット、紙のカタログ、そして購入しやすい価格……スズキにはそんな風にいつまでも、誰にでも優しい自動車を生み出すメーカーのままでいてほしい。

Text&Photo:大林晃平