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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その7

2024年5月8日

商人の街、近江八幡の素顔に触れる。
美しい運河は絶好の散歩コースだった。

 繰り返しになるけれど、広島までクルマの長旅をした時、最初に立ち寄ったのが近江八幡だった。その折は、ランチをとって土産を買っただけ…そこから奥琵琶湖経由で湖を半周して夕方には大津に入ったので、ゆっくり楽しむ余裕はなかったが、運河の美しい風景や和洋折衷の古風な街並みが心に残り、いつか再訪しようと心に決めていたのである。

江戸時代にタイムスリップしたような風景。

 で、今回の旅。長浜訪問という予期せぬプログラムが初日に滑り込んできたので、近江八幡の街並みを散歩するのは2日目、午前中の出発前…ということになってしまった。でも、思いつきの予定変更は私たちの旅では日常茶飯事だし、とりあえずその日のうちに兵庫県の城崎温泉に着けばいいという程度の緩い計画だから大きな問題ではない。要は、その日その日、いや、その時その時でいちばん楽しそうなことにすり寄っていけばいいのである。

商人、あきんど…この街の出自を示す道案内(左)近江八幡の基礎を整えたのは豊臣秀次だという(右)

 朝、ホテルをチェックアウトして、八幡堀と呼ばれる運河や古い街並みの残る新町あたりに向かう。平日で早めの時間帯なのが奏功して、駐車場もガラガラ。行き来する観光客も少ない……いや、ほぼ皆無だ。商店や観光施設も始業の準備中で、軒先を掃き掃除していたり、看板を引っ張り出したりと、忙しそう。時おり、通りかかるクルマさえ無ければ、ちょんまげ帯刀が現れそうで、江戸時代の住民になったような気になる。そんな素顔の近江八幡に触れることができたのは嬉しい誤算、思いがけない収穫だった。

朝早い街並みは人の気配もなく、人気観光地の素顔に触れることができる(左)魚屋が軒を並べた一角も…(右)

 この清々しい時間帯に八幡堀を歩いたらどんなに気持ちいいだろう…そう思って向かってみると、ここでも周遊船が出発前の準備作業(笑)。客の座布団を両手に抱えた船頭が船に乗り込んでいく。水辺に降りて運河沿いに進むと、朝の柔らかな光を浴びた岸の樹々が水面に映えて美しい。石組みの護岸や船着き場、荷揚げ所なども昔の姿を残していて、江戸時代の風情が濃く漂っていた。そのためだろうか…テレビや映画の時代劇でも、“これ、近江八幡の運河でロケだよね?”というシーンを度々目にするが、実際、よく使われているらしい。ちなみに八幡堀は、1585年に八幡山に築城し開町した豊臣秀次(秀吉の甥)が、水路で琵琶湖と繋ぎ、湖上で物資や人を運ぶ船を城下内に引き込むために整備されたという。

琵琶湖を行き来する船が入ってきたという八幡堀

 さて、八幡堀の水辺を日牟禮八幡宮近くまで来たところで、石段を上って一般道に戻る。このエリアは、和菓子店「たねや」が営む近江八幡日牟禮ヴィレッジがある人気観光地で、バームクーヘンなどのクラブハリエは女性観光客で賑わう。再び新町方面に向かって、のんびり進むと、大きなメンタームの看板が目に入った。近江兄弟社の資料館だ。蚊に刺されても、すっ転んで擦り傷を作っても、汗もが痒くても、しもやけで痛くてもメンソレータム…昭和世代には懐かしいあの軟膏を製造販売していた近江兄弟社は、その名のとおり1920年にこの地で産声を上げた。現在は同種の塗り薬、メンタームを販売する。

観光船で堀を周遊することもできる(左)結婚式の前撮りにも人気の風景(中)明治10年に八幡東学校として建築された白雲館。その費用は近江商人たちの寄付で賄われたという(右)

 昼に近づいて、ほとんどひと気のなかった街並みも少しずつ賑やかさを取り戻してきた。ガイドブックやパンフレットを手にした観光客が行き来する。名産や土産を扱う店も開き始めたが、私たちはそろそろ次に向けて発つ頃合いだ。

かつてメンソレータムを製造販売していた近江兄弟社は現在メンタームを販売する

 2時間にも満たない近江八幡の散歩は、人気観光地の素顔を垣間見せてくれた。次は日本海へ…。まだ朝食をとっていなかったけれど、前夜の飽食で空腹をおぼえないから、道すがら、身体と相談して何か見つければいい。なにせ、思いつきの気まま旅なのである。

滋賀の人気キャラクター「とび太」。往来のあちらこちらで目にする(左)とび太は、さまざまなキャラクターグッズとなって店頭を飾る(右)

Text&Photo&Movie:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。