【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その6
2024年4月18日
ホンモロコの握りとヤマトゴイのからすみ。
心揺さぶられる琵琶湖の恵み
ほどよく腹が満ちてきたあたりで再び品書きを開くと、ホンモロコが目に入った。なんとここでは握り寿司のねたとして記されている…。イワトコナマズと同じように淡水魚屈指の美味で、関東ではあまり見かけないが、滋賀や京都一帯では素焼きや南蛮漬け、天ぷらなどで供されることが多く、私も初めて口にしたのは祗園の割烹だった。それは先付で南蛮漬けに仕立ててあり、おいしかったのだけれど、次の訪問時には素焼きで供され、そのさらりとした脂の旨さに心を奪われた。
しかし、握り寿司は聞いたことがなく、尋ねてみると江戸前寿司の代表格であるコハダと同じような下ごしらえするのだという。つまり、塩と酢で締めるというわけだ。いったいどんな味になるのだろう…それにしても、この店は驚かされることばかり…愉しすぎる。ちなみにこのホンモロコ、最近は房総あたりでも養殖が試みられているという。
現れたのは、銀色に輝く美しい握りだった。江戸前の新子のように2枚づけで、そのなんとも艶やかな姿に見惚れてしまう。コハダよりもクセがなく、ほんのりと甘みを感じる。しみじみ旨い。握り寿司として見事に完成した逸品だ。そして説明がなければ、魚名を当てるのは難しいだろう。
その余韻に浸っていると、大将が小皿を手に現れた。「これ、食べてみてください」と差し出したのは薄く切ったからすみだ。ヤマトゴイの卵巣で作ったんですよ…と微笑む。コイのからすみ?これも初耳…おそるおそるそっと噛み締めると、魚卵の濃厚な旨みが舌に広がった。ボラだと深いコクの中に微かなえぐみを感じることがあって、それはそれで酒を誘うのだけど、これには皆無で、さらりとした後味だった。厚みのある旨みと塩味がすうっと広がり、のどを滑っていくのである。これもまた琵琶湖の幸…。日本酒が恋しくなったのでお薦めを尋ねると、地元の旨い酒があると薦められた。
近江八幡市には、水路で琵琶湖とつながっている西の湖という湖があって、そこには珍しい湖上の水田がある。現れたのは、その米で醸造した「権座」という酒だった。湖上水田は陸続きではあるものの、島のような地形のため、田植えや稲刈りは舟で向かうのだとか。そんな話を披露されたら抗えるはずがない。
ヤマトゴイのからすみと権座の相性は言うまでもなく、この地の豊かさ、そして恵みに心から感謝した。
2軒目ということもあって、腹は限界に近くなっていた。しかし、気になる品がもうひとつあって、それを〆にしようと心に決めていた。それは卵焼きだった。カステラみたいなんですよ…と板前が勧めてくれたのだが、その材料を聞いて、また好奇心が頭をもたげたのである。なんと琵琶湖のスジエビとホンモロコをすり身にして卵液に混ぜ、焼き上げるのだという。シバエビや海の白身魚なら聞いたことがあるけれど、淡水の魚介で焼き上げるなんて、またまた初耳。…とはいえ、ここまでの流れで、琵琶湖の幸を見事に昇華させるこの店の情熱と技術に感服していたので、ぜひ味わってみたいと思ったのだった。
カステラとはうまいことを言うなぁ…ひと口食べてそう思った。食感やきめの細やかさ、そして柔らかな弾力は、まさに高級カステラ。品のいい旨みが舌に広がっていくが、それがスジエビとホンモロコだとしたら、琵琶湖産魚介の奥深さと素材としての潜在能力に平伏すしかない。
…と、ここまで琵琶湖の幸を中心に楽しんできたけれど、マグロやタイなど本来の寿司種のラインナップにも唸らされた。品書きに記される産地と時期を合わせれば、大将の食材への想いと深い探求心がひしひしと伝わってくる。この店を紹介してくれた友人もそれを楽しみに大阪から通っているらしい。琵琶湖に寿司を食べに行く…なんて考えたこともなかったけれど、こんな店と出会ってしまったのだから改めなければならない。そして、再訪必至である。
それにしても、近江八幡の夜も刺激が強過ぎた。そして、ここも一泊では足りるはずがない。湖東おそるべし…その魅力は底なしなのである。
Text&Photo:三浦 修
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。